第2話 出会い、あるいは律条

 天田舜は私立ラビエル学園二年の特別進学クラスに在籍している。しかし成績優秀かというと決してそうとは言えず、ギリギリこのクラスに拾ってもらえただけの運が良い人間だ。高身長とクールな顔つきで、多少見た目には恵まれている自覚はあるが、それも年を重ねれば、大した意味をなさなくなるのを舜は良く知っている。


「なあ、舜。今日も山代先輩かっこよかったなー。あんな演説聞いたら、俺、朝から興奮して、授業中に昼寝も出来ねえわあ」


 確かに生徒会長の山代美里亜の演説は目を見張るものがあった。そのまま政治家を目指したとしても、彼女ならその力強い言葉と、人を惹きつける美しさという魅力で、選挙戦を勝ち抜いてしまうかもしれない。生徒会長である彼女は、そんな人々を扇動する何かを確かに持っていたのだ。


「とかいって、早速朝から国語と化学の授業で連チャンで寝てたのは、どこのどいつだ、カルキ?」


 ハハッと照れ笑いするカルキこと、軽沢響馬かるさわきょうま。カルキというのは小さい頃からのあだ名で、名字と名前の頭文字から取ったものである。ただそうなることが決定づけられたのは、中学校の理科実験後の塩素臭事件からだ。髪の長い舜とは違い短髪ツンツン頭の彼は、目鼻立ちがはっきりしていて、スポーツに関しても万能だから、女子受けも案外良いらしい。本人は空気が読めない体質らしく、それには気付いていないようだけれども。


「でも、何だろう。僕には先輩の魅力っていうのがいまいちわかんないんだよな。確かに人目を引くほど綺麗だし、頭もずば抜けて切れる。その上背筋もピンと伸びて背も高いから何をしても絵になる。でも、何か異性として見ると、何か違和感があるというか……」


「頭が良くて超絶美人で高身長モデル体型。誰にでも優しくて将来医者となることが約束されている。これ以上に男が望む部分が他にあるか、舜? 俺は彼女と毎日登下校出来たら死んでもいいぜ」


 それほどのものなのだろうか。下校くらいで死んでいたら、毎日死亡事件が起こり大騒ぎになる。ただでさえ、最近変な事件が多発しているのに……。


 ――そう、事件だ。


 最近、県内の高校で自殺者が多発しているという。二学期も半ばに差しかかり、特に三年生は、数か月先に控えた受験戦争の真っただ中という時期であるのに、結果を見ずして命を落とす生徒が増えてきているというのだ。もちろん、自殺者は三年生だけというわけでもないが、自殺者がみんなということで、連日ニュースでも取り上げられるようになってきた。ウチの学園だけは関係ないだろうと思っていたが、今朝の緊急全校集会で知らされたのは、ついにこの学園でも自殺者が出たとのこと。それで命を粗末にしないように、そして誰かに誘われても命を絶ったりしないようにと、お触れが出たのだった。


「しっかし、今朝の全校集会で、生徒会も躍起になってたなあ。帰宅部から数人リストアップして、校区内のパトロールを実施して、みんなの安全は守りますとかって。指名された奴の身にもなれっていうの。まあ、俺には部活があるから、とてもそんな暇はないがなあ、舜?」


 そう言いながら、ニヤリと口元を緩めるカルキ。カルキはその一八〇を超える背丈を生かし、バレー部に入っている。全国大会こそ逃したものの、県大会の決勝まで行くのだから、なかなかの強豪だ。そして二年にしてレギュラーなのだから、彼にパトロールをするような時間がないのは明白だ。


「でもまあ、そんなことで自殺がなくなるようなら、こんなにも事件が広まってないさ。ここまで広がる背景には必ず組織めいた何かがある。それも見抜けない大人たちが、みんなを死に追いやっていることにまだ気づかないなんて、異常を通り越して、最早狂気だよ」


 出来るだけ自分に的が当たらないように、話をはぐらかす舜。それは自分が帰宅部なのを、周りの生徒に気づかせないためでもあった。いつだって被る危険はあらかじめ回避するのが最善の策だ。


 ――そのはずだった。


で悪かったわね。天田舜君」


 突如、背後から良く通る女性の声が聞こえた。振り返ると瞬の目の前には、薄ピンクの制服を身にまとった三人の女の子が腕を組んで立っていた。


「うわっ、生徒会長の美里亜様に、七大天使で愛ドールのゆゆ・まりじゃねえか!」


 興奮したように声をあげたのは、親友カルキだった。彼の言う通り、目の前にいたのは、あの山代美里亜と、その他生徒会の女子生徒だった。


「初めましてかな、天田君。生徒会長の山代です。そして後ろの二人が……」


「その生徒を瞬殺してしまいかねないロリ顔ツインテールは、生徒会役員の白石ゆゆさんで、金髪メガネ女子で、山代先輩に負けず劣らずのスタイルは、喜多川茉莉華きたがわまりかさんですよね。あの七大天使で現役愛ドールの! ファンです。握手して下さい!」


 美里亜の言葉を遮るように、カルキが一歩も二歩も前に出る。気が高ぶりすぎて、制御が効かないようだ。ゆゆと茉莉華は苦笑いしながらも、仕方なくといった感じでカルキの手を握る。七大天使に愛ドールとか、アイドルグループか、と舜は溜め息をつく。確かに可愛さはアイドルやモデルと比べても遜色ないレベルではあるようだけれど。


「ごめんね、軽沢君。今日はあなたではなくて、後ろの天田君に用があってきたの。昼休みもあまり時間がないから、手短に用件を伝えたいのだけれど」


「まさか、先輩が俺の名前を? か、感激です! ほら、舜。早く山代先輩がお呼びだぞ?」


 慌てて瞬の腕を掴み、彼女らの前に立たせるカルキ。ただ用件を聞くだけのはずなのに、こんなにも荒だてられるとは、思ってもみなかった。また溜め息をついてしまう舜。


「で、何の御用でしょう。その生徒会の綺麗な先輩方が僕なんか雑草のような存在に」


 少し長い髪をかき上げ、舜は皮肉を込めてそう美里亜に言った。美里亜は不敵な笑みを浮かべ、瞬の視線を真正面から受けたのだった。


「そんなことで、と言ってたわね。さっき天田君は。そんなことで自殺がなくなるようなら、こんなにも事件は広まっていないって」


 聞かれていたのか。軽はずみに大口を叩くべきでないと瞬は後悔した。


「それは……確かに言いました」


 それを否定しては、自分がみじめになるだけだ。それに嘘など彼女には通用しない気が何故か舜にはしたのだった。


「そうよね。あなたは確かに言った。じゃあ、それだけのことが言えるあなたなら、一体どうやって事件を収束してくれるのか、私興味が出てきちゃったの」


「えっ……僕がですか?」


 瞬の言葉ににっこりと口元を緩める美里亜。その表情には彼女の魂胆がはっきりと見えていた。


「天田舜君。生徒会として私、山代美里亜は、あなたを校区内パトロール部隊のリーダーに任命します。これはこの学園の存続にもかかわる重大な任務です。拒否権はありませんので、素直に従って頂くことになりますが、何か異存は?」


 ――はい?


 ないわけないだろう、とすぐに反対したかったが、彼女の出方を窺う意味でも、一度冷静にならなければと瞬は思った。


「それは僕がだからですか、山代先輩」


 そう、このパトロール部隊の候補の基準は、確か帰宅部だとカルキが言っていた。それがもし本当なら、舜以外にも大勢候補となる人物がいるはずだからだ。せっかく手に入れた放課後の自由な時間を、そうやすやすと放棄するわけにはいかない。どんな美人に指名されようが、やはり嫌なものは嫌だ。瞬は美里亜の依頼を何とかして避けようと思った。


 ――でも。


「あはは。そうね。私はね、天田君。本当は帰宅部に拘る必要なんて全然なくて、実際そんなことはどうでも良かったの。要はね、この事件を解決出来るかもしれない、この学園でもっともIQの高い人間たちを選ぼうとしたら、それが一番合理的だったのよ」


 ――何だ、こいつは。


「あなたがもっとも高いというわけではないのだけれど、それでも他のどんな優秀な人間よりも、ことに関してだけは、過去の例を見ても、可能性があると思ったの。わかるわよね、私が言っていることが。あなたは勉学には力を発揮していないけれど、本気を出せば、きっとこの状況を好転出来る。私は、山代美里亜はそう思っているのだけれど?」


 ――ああ。


 艶やかな長い黒髪にアニメや漫画のようにくっきりとした目。艶ボクロのある魅惑的な口元から発せられるその声は、瞬の冷めきっていた心を、今確かに掴み、赤く紅葉させたのだ。


 ――これが山代美里亜か。


 この人は、人をその気にさせるのが本当に上手い。それでも舜には断るだけの自信はあったが、今回だけはそれに乗ってみるのも有だなと思った。そうすれば、この美里亜という存在をずっと近くで見られるような気がしたのだから。


「少し考えさせて下さい」


 「考えるのかよ!」と、すぐにカルキからツッコミと肘打ちがきた。そしてすぐにヘッドロックされるのは、休み時間の高校生男子のありがちな光景だろう。


「流れ的には、間違いなく参加だろうが、この馬鹿舜め! 早く言え、はいって。先輩たちに」


 ――やはり回避不可能か。


 舜は、焦らすのを諦め、すぐに、いや半ば無理やりに頷くのだった。こうして、高校二年の天田舜は、学園を恐怖に陥れる一つの難事件に関わることになったのだった。


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