第21話 ずっと近くにいた
「誰かが愛さんの名前を語っているということですよね。常識的に考えて」
「それしかないよね。でも、あの動画の存在を知ってて、しかも所持をしてるなんて、舜君。相手は普通じゃなくない?」
確かにそうだ。でも、もし、動画を誰でも手に入れることが出来るとしたら? 今の時代だ。ネット上を探せば、一つくらいファイルがアップロードされているかもしれない。
「ねえ、茉莉華先輩。この動画は、一般人が誰でも入手可能だったりするんですか? それこそネットにあったり、レンタルショップにあったり」
もし、そうなら犯人を絞ることは不可能かもしれない。誰だって情報さえ手に入れられれば、出演者の彼女を、特定出来るかもしれないのだから。
「それがね、ちゃんと市場に流通する前に、警察が押収してくれたから、他人が入手することはもちろん、近しい人が見たこともなかったと思う」
「でも圧縮したものかわからないですが、データを持っている人間がいたんですよね。それで脅されたと」
「うん……そういうことだね」
警察からその手のビデオが流出することは皆無だろう。だとすると、可能性は一つしかない。
「茉莉華先輩、DOOLの事件の証拠として、誰かがそのビデオを持っていたことはありませんか? もしくはみんなで一つずつデータをコピーしていたりとか」
舜の問いに病室の天井を見上げながら、思い出そうとする茉莉華。もしかしたら、そこに犯人に辿り着く糸口があるかもしれない。
「あー、持ってたかも。一人だけ、何かあったら悪いからって、確実に持ってたのは、確か……」
――誰だ。
一体誰なんだ。
「りこ……甘木璃湖だよ。間違いない」
甘木璃湖。彼女が犯人だと? いや、でも、彼女はもう死んでいるじゃないか。それだけはない。だとしたら、彼女の遺品から、何者かがデータだけ取り出したのだろうか? そしてそれを脅しに使ったと?
――思い出せ。
最初に璃湖の死体に近づいたのは誰だった? 死体に触れたのは誰だった?
――三島ひよりか。
まさかひよりが犯人? いや、それはない。それだけはないだろう。だってあの子は、愛ドールと関わりがあるはずがない。誰かに頼まれたとしても、それだけはしないだろう。同じ変人だからこそわかることもある。それに茉莉華を止めようとしてくれた彼女だ。茉莉華の救出を舜に託した彼女だ。舜は信じたいと思う。そこを信じられなくなれば、全てがひっくり返ってしまうから。そう、三島ひよりは犯人ではない。
――だとしたら?
璃湖の所持していたものを、犯人が奪ったと考えるしかないだろう。そしてそのためだけに璃湖を殺害し、ゆゆや茉莉華を脅し、自殺に追い込もうとしたのだ。卑怯にも自らの手を汚さずに悠々と高みの見物をしていたのだ。それは誰だ。一体誰なんだ。
もう一度、あの時の流れを思い出す舜。いや、あの時だけじゃない。ゆゆの時だって、茉莉華の時だって、データ以外に、一つだけ消えているものがあったのを舜は思い出したのだ。
「あっ!?」
口に手を当てながら、思わず声を上げてしまう舜。
「どうしたの、舜君?」
流石の茉莉華も、驚いて立ち上がったほどだ。
「ねえ、茉莉華先輩。一つ重要な疑問があるんですけど、確か先輩も、あの間宮愛さんの名前による手紙の指示に従って、何処かのお店で、セメントかモルタルを簡単に作れるようなセットを買ったわけですよね? おそらくすぐ乾くようなタイプを」
「そうだね。死ぬ覚悟をしていたけど、あれは恥ずかしかったなあ。一人で制服のまま、DIYのホームセンターなんて初めて行ったからさ。作業服のおじさんたちにジロジロ見られて、まるで視姦されているみたいだった」
そう言って可笑しそうに笑う茉莉華。おじさんたちにも、そんなつもりはないだろうが、ああいう店に女子高生が制服姿でいれば、かなり浮いて見える。ましてや茉莉華のスタイルであれば、目を引くことは仕方がないのだ。
――いや、そんなことはどうでも良かった。
問題は、速乾性のセメントが存在したかどうかだ。そしてそれは間違いなく存在した。となると次は……。
「じゃあ、茉莉華先輩。それを使って、二年七組の引き戸を固めた後、一体何処へやったんですか?」
「ん? 窓から外に投げたよ」
「そうしろって書いてあったからですよね? 愛さんの手紙に」
「そゆこと。だったら何?」
――間違いない。
ここまでは舜の推理通りだ。本題はここからだ。
「やっぱりそうですよね。じゃあ、じゃあですよ? 一体誰が、窓から外に放り投げられた使用済みのコンクリートのキットを拾ったんですか? 璃湖さんの事件も、そしてゆゆさんの事件も、みんな唯一の出入口となる引き戸をコンクリートで固めた後、その使用済みのキットを外に投げたはずですよね? それなのに、後で周りを見ても、外や地面には何も見当たらなかった。つまりです。それを手紙で指示した犯人が、証拠を残さないために回収したんじゃないでしょうか?!」
蒼褪める茉莉華。その意味が瞬時にわかったからだろう。
「えっ、じゃあ、あの時、私の近くに犯人がいたってこと? 私が自殺するために首を吊ろうとしたあの時に?」
「恐ろしいことですが、冷静に考えれば、そういうことになります。茉莉華先輩。やはり犯人は僕らの近しい人間です。少なくとも、この学園の人間で、僕らが会ったことのある人間のはずです」
「何それ……ずっと近くにいたってこと? 璃湖の時もゆゆの時も、そして私の時でさえ。何で、何で、怖い。怖いよ、舜君……」
怖いだろう。今も犯人は学園で次の獲物を狙っているかもしれないのだから。いや、違う。ここまで計画的な犯人だ。茉莉華を殺しに来るんじゃないだろうか。犯人にとっては、それこそが、達成されなければならない目的だろうから。
「大丈夫。僕が守りますから」
――守らなくちゃ。
茉莉華を。
――見つけなければ。
そう犯人を。
「それが今の僕の使命ですから」
儚げに笑みを見せる茉莉華。強気だった彼女はもう見る影もない。弱りきって、怯えきって、心は擦りきれている。彼女を守らなければ。守り通さなければ。死んでいったもののためにも、死の淵を彷徨うゆゆのためにも。
――やってやろう。
忘れかけていた謎解きを。封印していたディテクティブを。
そのためには何が必要だ? 考えろ、考えろ舜。
一番確かなのは、璃湖が殺害された時、ゆゆと茉莉華が自殺しようとしたその時間帯の学園関係者のアリバイだろう。これはかなり絞ることが出来るはずだ。ゆゆの事件以降は、ほとんどの生徒は帰宅させられたはずだから。あの時残っていたのは誰だ。舜にはわからない。だとしたらどうしたら?
――私はあなたまで失うわけにはいかないのよ?
信用出来るのは弓那だ。それに彼女はもしかしたら、そうもしかしたら、事件の関係者かもしれない。
「茉莉華先輩、二年の学年主任の北野先生なんだけど、あの人が既婚者かどうかわかったりしません?」
「北野先生って、いっつも白のタイトスカート穿いてるあの派手な先生だよね? どうだったかなあ。確か離婚したとかしてないとか? でもあれで既婚者だったら、やばいよね。男の気を引こうとしているとしか思えないじゃん」
確かにそうだ。旦那がいる女性で、あれだけの色気は危険だ。浮気をしていなくとも、その疑いはかけられるし、変な誘いも多いだろう。しかし、それでもあのスタイルを維持する理由が、何か彼女にはある気がした。
「その質問には私が直接答えようかしら?」
不意に開けられた扉。そこに立っていたのは、まさかの学年主任、北野弓那だった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます