第19話 消せない過去①

 人生十七年の中で、こんなにも病院に滞在したのは、初めてだろう。舜はあれから一週間入院し、怪我の治療にあたっていた。病院の女医さんや看護師さんたちが思いのほか親切で、舜は快適に入院生活を送っていた。


 ――しかし。


 本音では全く心地良いものではなかった。ラビエル学園での事件はまだ何の解決もなされておらず、そして校区内を含めた連続自殺事件も、未だ終わりを迎えていない。いや、話を聞く限り、むしろ活発になってきてさえいる。まるで、自殺を煽動している組織があるみたいに。


 ――そう、まだ何も終わっていないのだ。


 舜はまだ外に出られない自分の不甲斐なさを、こうしている間にも死んでいっている女の子たちに対する遣る瀬無さを、ただ硬いベッドの上で噛み締めていた。


 入院中、茉莉華が良く見舞いに来てくれるようになった。自分なりに責任を感じてくれているのだろう。舜の親が近くにいないこともあって、まるで母親のように周りの世話をしてくれる。元々姉御肌なのか、外見の派手さとは相反して、母性的な一面を垣間見ることが出来た。学園の先輩に、しかも女の子に色々と世話をされることは、とても気恥かしかったが、それでも実際、かなり助かっていた。それは精神面でもそうで、この数日での唯一の舜の行動の成果が、まさに彼女の命そのものだった、彼女の元気な横顔を見る度に、舜は自分の行いの正しさを再認識出来るのだった。


「今日も天気がいいね。早く一緒に外に出れるといいんだけどさ」


 一人部屋の病室の窓を全開にし、茉莉華は入り込む秋風を心地よさそうに受け流している。彼女の金色の髪が、差し込む夕日にキラキラ輝き、まるで収穫前の麦畑のように綺麗だった。


「ほら、舜君、見てみて。弓張岳もあんなに赤く色づいているし、無事退院出来たらピクニックだな!」


 ベッドを振り向き、嬉しそうに微笑む茉莉華。ピクニックという言葉自体、小学校以来使わなくなったが、彼女のその言葉には、舜は少し勇気づけられた気がする。


 ――紅葉か。


 思えば、ここ最近、景色をじっくり見たことがなかった。夏が終わり、朝と夜が冷え込み始め、周りの服装も随分と変化をしたはずなのに、舜は全てに対し、無関心だった。窓の外に見える山々の色づきも、風の匂いの変化も、これまでの舜にとっては、ただ外側の世界だったから。だから、こんなにも季節を認識し、感じたことは、もうずっとなかったのだ。


 ――だから。


 舜はずっと彼女に見とれていたのかもしれない。紅葉を散らしたように変わりゆく彼女の表情が艶やかで美しく、そして愛らしく見えたから。その時彼女の中で何かが変わったのかもしれない。


「聞かないんだね、舜君はさ……」


 ベッド脇の椅子にちょこんと座り、茉莉華が息を吐く。舜は悪戯っぽく笑い言葉を返す。 


「何をですか? 茉莉華先輩」


 わかっている。でも、少しだけ意地悪をしたくなるのは、舜の悪い癖なのかもしれない。


「もう、どうして私がこんなことをしたのかをよ。わかってるくせに……馬鹿舜」


 彼女の中で、この数日間、色々と心の整理が出来たのだろう。それならば、舜も本当のところを話そうと思った。


「茉莉華先輩。僕がわかっているのは、あなたが何者かから手紙などを貰い、その指示に従ってということです。その何者かとの関係が、僕にはわかりません。そしてどうして自殺しか方法がなかったのか、茉莉華先輩の心はその時、をしていたのかどうか」


「そこまでわかってんだ。ひよりちゃんみたいだね、舜君も」


 目を軽く落としながら、クスリと笑う茉莉華。ひよりがどうしてそこまで先に辿りつけていたのかはわからないが、こうなった以上、それが紛れもない真実なのだろう。


「ちょっと昔話をしよっか。聞いてくれる?」


 茉莉華は、椅子に座ったまま顔を上げ、両手を膝の上に置いている。そしてその細長い両足を、舜の前で組み直す。


「私ね。見たとおりヤンチャだからさ、昔から色々付き合いの幅も広かったわけ。それで援交とか薬物とか、それこそ暴走族とつるんだりとか、何でもやっちゃってたんだよね。だから、学園でも私はナイフや刃物が歩いているみたいに怖がられて、みんなから距離を置かれていた。まあ、当然と言やあ、当然だよね。こんなクソビッチに絡んでもロクなことないしさ。でもさ、璃湖とゆゆだけは、こんな私でも、関係なく接してくれた。だから、学園外でも彼女たちと行動することが自然と多くなっていったんだ」


 茉莉華が援助交際や薬に手を出していたとは初耳だった。以前の舜なら、彼女を非難していたかもしれない。しかし、今は彼女の本質を知っている。だから、舜は頷きながら、彼女の声を聞いていた。


「ゆゆの元彼がね。芸能プロダクションの社長でさ、君ら可愛いからアイドル目指さないかって話になって、最初は乗り気じゃなかったんだけど、やっぱり女じゃん? だから、私たちも夢を見たわけよ」


 人は自分にないものに憧れる生き物だ。だから、舜は彼女を責めることは出来ないし、そんな資格もない。


「でも、知名度も何のレッスンもしていない女の子たちが、いきなりアイドルになれるわけもなく、学園内でアイドル研究会を作ってさ、そこからそのプロダクションが後押しするって話になって、私たちはそれを信じて、努力してきたわけよ。そこで出来たのが、DOLLドール。愛ドールはね、元々DOLLって名前だったの。人形みたいで可愛いでしょ? それに本当はね。もう一人いたんだ。私と璃湖とゆゆともう一人。四人グループだったんだよ。でも、ある時、彼女が学園で自殺してしまってさ。顧問の先生もそれで一度学校を辞めたりして、あの時は本当にみんな心も身体も荒んでしまっていたなあ」


 ラビエル学園での自殺者。教師たちの話に出てきたことだろう。それがまさか愛ドール絡みだったとは。


「亡くなった子の名前は『愛』。だから、彼女の分もアイドル目指すってことになって、今の愛ドールの名前に落ち着いたってわけね」


「なるほど……」


「それで、その彼女が自殺した原因は、芸能プロダクションによる。彼らはまだ十六にしかなってない女の子である私たちを呼び出し、そのまま別室で無理やり裸にし、ビデオの撮影したの。アルコールやドラッグを飲せて、私たちの意識を朦朧とさせた状態でね。璃湖やゆゆは、薬漬けにされて、それがアイドルになるために必要なことって思い込まされていたけど、流石に何度も続くとね。私たちは一生ここから抜け出せないって気づいちゃったんだ」


「そんなことが……」


 若い女性が悪徳プロダクションの被害に遭っている事実は、ニュースサイトなどで目にする機会がある。そのどれもが、女性の夢を食い物にした酷い手口だった。それこそ人間の尊厳を失う非情で非道なものばかりだった。しかし、それがまさか未成年を対象に行われていたとは……。舜は言いようのない憤りを感じた。


「それでさ。ついに私たち四人は、その芸能プロダクションに乗り込んで、

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