第5話 wikipedian boy
翌朝の全校集会では、一人の女子生徒が亡くなり、現在警察が捜査中という、極めて限られた事実だけが、学園長からみんなに伝えられた。警察による捜査を円滑に進めるため、また生徒たちの不安を増幅させないためにも致し方ない部分だろう。そして、事件を知る舜たちにも、当然のごとく箝口令が敷かれたのだった。
自殺なのか、他殺なのか。舜にもまだ答えはわからない。もっと現場を良く調べる必要があることは間違いがなかった。まあ、そこは警察の仕事なのだろうけども。
「しっかし、ショックだよなあ。あの七大天使、愛ドールのりこ先輩が死ぬなんてなあ。とても自殺するような人には見えなかったし、努力が実ってやっと今からってとこだったのになあ」
朝のホームルーム前になると、カルキが額に皺を寄せながらそう嘆く。彼には悲しみよりも怒りの色が強く見てとれた。
「愛ドール? まるでアイドルみたいな呼び方だな。そういえば昨日も七大天使がどうとか言ってたし。カルキ、一体何なんだ、その変な呼び名は?」
「おいおい、舜。まじで言ってんのかよ? アイドルみたいじゃなくて、愛ドールは現役のアイドルなんだっつうの! まさか、お前、本当に、本当に知らなかったのか?」
真顔で大きく頷く舜。流石のカルキもそれには呆れた様子だった。しかし、全く興味のない相手にでも、自分の好きな分野を熱く語ることが出来るのは、カルキの良いところだった。
「七大天使の中でも、ゆゆ、まり、りこの三人っていえば、愛ドールって学生ユニット組んでて、たまに雑誌のモデルもやってたりするんだぜ?まあ、まだ結成されたばかりだから、メディアへの露出は少ないけどな。それでも、地道な活動が実を結んで、ようやく芸能事務所と契約をするって流れだったのに、何でだ?!」
珍しく怒りを露にするカルキ。彼が怒るなんて、かつてバレー試合で、アタックを五連続ブロックされた時以来かもしれない。
「あの三人って、そんなに有名だったのか。全く知らなかった……」
「ったく、お前は全然女に関心ねえもんなあ」
興味がないわけではない。ただ、側にいるだけで空気が変わる存在を、誰かの世界を変えることが出来る唯一無二の存在を認めたくなかったのだ。
「なら仕方ねえ。この際、七大天使も含めて、学園内のことに関しては、歩くウィキペディアと呼ばれたこの俺が、ぜーんぶ教えてやるよ」
ウィキペディアということは、改竄される可能性があるということか。そして間違っている可能性もある。しかし、それでも十分に参考にはなると舜は思った。そう、火のないところに煙はたたないのだから。
「頼りにしてるよ」
舜はわざとカルキを調子に乗せようと思った。そして調子に乗りやすいカルキは、ようやく嬉しそうに破顔してくれるのだった。
「オーケーオーケー。最初から素直にそう言えばいいんだ、舜。そうだな、じゃあ、まずは七大天使からだな。この学園では、毎年学園祭の時に、ミスコンみたいなことをやってるのは知ってるだろ? あれはな、学園内の生徒から、他薦のみで選ばれた女の子が集められて、その中から毎年七人の美女や美少女が選ばれる仕組みになってるんだ。そうして選ばれた女の子たちを、エノク書やディオニュシオス文書に記されている大天使たちにちなんで、みんな七大天使と呼んでいるってわけだな。ここまではオーケー?」
大きく頷く舜。別に先祖や守護霊がミカエルとかウリエルといったそういう理由ではなかったか。しかしどうして七人なのだろう。東方正教会では八大天使ということもあるはずなのに。どちらにしてもだ。ミスコンにしては、数が多すぎる気がした。
「それでだな、今年の七大天使は一体どんな面々が選ばれたかというと、三年生では亡くなった究極スレンダー甘木璃湖、ロリ顔ツインテールの白石ゆゆ、金髪メガネ才女の喜多川茉莉華、生徒会長で完璧女子の山代美里亜の四人。そして二年生では、透明美少女の吉良梨乃葉、爆乳ラビット阿孫汐莉、そして、IQモンスター三島ひよりの三人だ」
「ちょっと待て……、汐莉ちゃんはともかく、まさかあの奇人三島ひよりも入ってるのか? その七大天使に」
彼女だけはそんな世俗染みたものからは、かけ離れていると思っていた。いや、そもそも興味なんて全くないはずだ。
「他薦だからな、ある意味仕方ねえだろう。あの子、見た目だけは抜群に可愛いからな。ファンは多いんだろう。それにあのイカれたほど優秀な頭脳だ。彼女から勉強を教わる人間は少なくない。日頃のお返しに投票する人間は間違いなく多いはずだ」
三島ひより。確かに彼女の頭脳はずば抜けている。生徒会長の美里亜が全国二桁順位の成績を叩き出しているが、ひよりはほぼ毎回一桁だ。いや、もうずっと同率一位を続けている。きっと頭の構造が違うのだと舜は思う。違いすぎて、あの奇人ぶりなのだろうけれど。
「まあ、それだけは認めるしかないな。勉強に関してだけは、逆立ちしても勝てる気がしない」
ああ、と頷くカルキ。カルキに至っては、部活に時間を割きすぎて、勉強どころではないだろう。しかし、それでも特進クラスにいるのは、秘められたものが素晴らしいということだ。だから、舜はカルキの側にいるのが心地好いと思うのかもしれない。きっと似たもの同士なのだから。
「じゃあ、亡くなった甘木璃湖さんはどんな先輩だったんだ?」
ここからが本題だ。自殺にしても、他殺にしても、それに至る明確な理由があるはずだ。
「そうだな。りこ先輩は、女子の中でも、飛び抜けてスポーツ万能だったな。元々は陸上の短距離選手だったんだが、練習で大怪我をして、そこから流行のボルダリングに誘われたみたいだ。才能も努力もあったんだろう。いつの間にか彼女は、ボルダリングでは日本国内十位に入る選手になり、このままうまくいけば、いつかはオリンピックに行けたかもしれない。見た目も細身でありながら適度に筋肉質で身体のラインが綺麗。顔も可愛いほうだったから、体育会系の男子からは絶大な人気があったな。もちろん、俺もあの人には憧れてたぜ? それだけに許せねえなあ、もし自殺じゃなかったとしたら」
そう呟きながら、珍しく怖い顔をするカルキ。それには驚いてしまう舜。表情にではない。何も知らないはずのカルキが、璃湖の他殺を疑っているからだ。
ーーまさか、情報が漏れた?
自ら歩くウィキペディアと名乗るほどの情報通の彼だ。何処かから仕入れた可能性もある。しかし、それにしても早すぎるなと舜は感じた。情報を漏らして得をするような人間は誰もいないはずなのだから。
――いや、いるのか?
わからない。何にせよまだ情報が足りない。舜はこの学園の女子生徒たちを、何も知らないのだから。
――そう。
だから、ずっと廊下から舜を見ていた視線にも気づかなかったのだった。
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