第30話 幼馴染の暴言

「ハームは魔術を使えたの?」


 恐る恐ると言った風に、アルテナが口を開いた。憮然とした彼はそれを横目にちらりと見る。


「昔はな」


 どうして使えなくなったのか、理由は言おうとはしない。口を真一文字に結んで、奥歯を噛みしめた。


「ハームちゃんは、結構優秀だったんだよ。でも従妹のシィーラちゃんが失敗した魔術を止めようとして、引っ張られて自分が暴走を引き起こしちゃったの。で、結局シィーラちゃんを怪我させて、ハームちゃん自身は全く魔術が使えなくなっちゃったんだ」


 誰も何も言わない空間に耐えかねたように、ヤヘカが口を開いた。だが本当に耐えかねたのか、それとも言うべくして言ったのか判断はしかねる。ただ一つ確実に言えることは、言われたハーミーズ自身すでに投げやりになってきているということだった。もはや自分を笑って蔑むしかない。足を組んで、彼は顔を上げた。


「そうさ、俺は魔術が使えなくなった。その瞬間に親父は俺から興味を失ったよ。魔術から遠ざけて、魔術が使えないやつは何もできないぐらいに言ってさ。所詮親父は魔術の上手やつが可愛かったってことさ」


 彼が一気に吐き出すと、もう一度巨人の咆哮が聞こえた。悔しさと不甲斐なさで自分が潰れないように、故意に明るく振る舞っていた仮面が外れた。


「だから俺はもう、嫌だ。誰の暴走であろうと、どうなろうと俺には関係ない」


 彼は誰にも顔を見せないように両手で耳を塞ぎ、目を閉じて顔を伏せる。これ以上何も話さなず、聞かず、見ないと決め込んだ様子だった。


「かくして次男は家出したんだよ」

「ハームは、ハームの父さんを嫌いになっちゃったの?」


 アルテナは膝をついて俯いた顔を覗き込む。声は聞こえているだろう。だが、閉じた瞼の隙間から涙が一滴落ちてきただけだ。


「お願いハーム。あたしの父さんはどこにいるのか分かんない、だからせめて弟を助けてあげたいの」

「嫌だね。家族なんて糞喰らえだ。子供なんてものは、所詮親の作品でしかないんだ。出来が悪いから放置されたり、処分されかけたりしたんだ。俺も、お前も!」


 ハーミーズが言い放った言葉が、重くアルテナの心に振りかかった。今までどうしたって理解出来なかった、なぜ処分されかけたのかと言うこと。それが一瞬でまとめられてしまう恐怖。優秀でさえあれば、今もまだ研究所の安全な個室で生活出来たのではないかという欺瞞が頭の隅を横切った。


 だが、断言したハーミーズがまず平手で叩かれた。そして勢いのままに、アルテナの頬をも叩く。二人とも一瞬呆けて叩いた本人の方を向く。


「いい加減にその無駄口潰してやろうか!」


 真っ赤な顔をして、相当憤慨して、ヤヘカが持っていた古式銃をハーミーズの額に当てた。重たい音で撃鉄が上げたのが分かった。


「魔術からハームを遠ざけたのは、ハームちゃんが研究所送りにされないためなんだよ!」


 脈絡ないヤヘカの言葉からは、解決の糸口が見当たらない。なぜと問おうとして口を開いた彼の口に、喋るなと言わんばかりに銃口を突っ込んだ。


「ハームちゃんの何でも魔術を遮断する完全な抗魔体質っていうのはね、僕たち先天性よりも珍しい体質なんだよ。事故以来魔術に近づけなかったのは、そんな特異体質を国に嗅ぎつけられて実験体として連れていかれないようにするため! そんな事も分からずに家出をしたお前なんか、今からでも研究所送りになっちゃえばいいんだ!」

「ちょっと、大尉!」

「プラト君もうるさい!」


 口に突っ込んだ銃ではなく、止めに入ろうとしたプラトの腹部に指の一本を突き立てる。その瞬間理解したのか、突き立てられた彼女は両手を頭の後ろにやって抵抗しないことを表意する。指先一つでも命を奪えるくらいの力の差があるらしかった。


「中将はいつだって、ハームちゃんのことを心配してた。軍人の領分から言えば、自分の息子を国のために差し出さないのはいけないことなんだがって、いっつも言ってた」


 ヤヘカは自分のことのように話した。力なく下がっていく手に従って、ハーミーズの口から短い銃身が引き抜かれる。やっとのことで深呼吸した彼は、目の前の幼馴染が目に涙を溜めていることに気付いた。


「それに息子の事は嘘をついてでも守るのに、僕のことは実験から解放しただけで、軍からは守れなくてすまないって何度も謝るんだよ。ハームちゃんは血のつながった息子でしょ? そんな事も分からないなんて、三年間も何してたんだよ!」


 ヤヘカの大好きな中将は、彼女のことを家族と同じように接しつつもやはり家族の方を大事にしていた。彼女にとってはそれがとても悔しかったし、ねたむ自分も卑しくて、だからその愛情に気が付かないハーミーズが憎い。憎いけれども彼もまた彼女の大好きの一部であるのは間違いようのないこと。


「ハームちゃん、やってやんなよ」


 そう言って今まで自分を狙っていた獲物を差し出す。自分の唾液でべとべとになっていた。しげしげと眺めた末、いかにも仕方がなくといった振る舞いで、その銃を受け取った。


「お前に殺されるならまだしも、泣かれちゃかなわんよ……」


 開け放した窓に向かって引き金を引く。銃口からは何も出て来なかった。

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