第17話 解きほぐした謎に爆発物

 井戸の前に届けられた手紙飛行機にはハーミーズの名字があり、確かに普通は家出を補足されないために名乗らない本名だった。そう、つまりこれは本名を知らない見世物小屋の連中の仕業ではなく、彼自身が誰なのかを知っている人物が出したという間違いない証拠。


 手紙飛行機が届いたタイミングと、からくりの方のアルテナが攫われたタイミングが合致しすぎていて勘違いしていたのだと分かる。だが、だとしたら。


 この手紙飛行機によって攫われたことを知らされた娘とはいったい誰なのか。


「ちょっと、待て。待ってくれ。整理しよう、すまんが俺のためにも整理させてくれ。このお手製の手紙飛行機がお前たちじゃなく、他の奴らからの脅迫状だったとして、この〝娘〟ってのは誰なんだ?」

「そんなもん簡単だろう。からくりじゃねえ方の、生身の娘の方ってことだ」


 団長は、苦々しく言い捨てた。


 ハーミーズが再度、その手紙をぐしゃぐしゃに握る。ただ、そうしたところで何かが解決するわけでもなかった。勢い任せに手紙飛行機を破いてから、彼は一旦冷静になってみろと自分に言い聞かせる。頭に血が昇っていては、考えて分かることも分からずじまいだ。


「つまりだ、生身と、からくりのアルテナは別々の連中に攫われたってことか?」


 腕を組み、少し首を傾げてどこを見るでもなく彼は思考を回転させる。生身の娘は一昨日までこの天幕で歌を歌わされていた。それが攫われたことを彼は知らなかった。なぜなら彼の元に居たのはからくりの方だから。


 それをわざわざ知らせてきたということは、この手紙飛行機を送った相手はハーミーズが生身の娘と一緒にいると勘違いしているということだろうか。あるいは、彼の元にからくりがいると知って、彼を呼び出せばからくりが付いてくると考えている者の犯行。色々と考えられる選択肢はあるが結局、直接顔を合わせているわけではない人物とまでしか絞ることはできない。


「なあ、生身の唄歌い娘が攫われたのはいつだ?」

「昨晩だ」

「その生身の方は、どこの誰に攫われたんだ?」


 昨晩何があったのか、結局坂を昇りきらなかった彼はことの顛末を知らない。団長が口を開いた。


「昨日の夜は襲撃に来たのは四人だ」

「一人はからくりだな?」


 団長も、その周りの人物も、ケーロスもみな一様に頷く。ハーミーズはそれで、と話の続きを促す。


「あとは黒い三つ編みのガキと女の二人組み、こっちが生身の唄歌い娘を攫っていた。もう一人は、ガキだった。金髪碧眼で、丁度年齢は生身の娘と同じぐらいの。そいつは何するわけでもなく、歌いながら魔術をぶっ放して行きやがった」

「もしかして、五元素全部使った魔法は三つ編みの子供じゃなくて、その少年?」

「そうだ!」


 誰もが昨晩の悪夢を思い出して身震いする。ハーミーズもその光景を丘の中腹から見ていた。大瀑布に竜巻、落雷に火柱、それから地震と来たのだから、たまったものではない。天変地異は一日に一個未満が限界だ。命がいくつあっても足りない。


「で、その残骸がこれか……」

「違う!」


 ケーロスが先程自分の祖父だと言った、老いた似非魔術師が杖を振り回しながら近づいてきた。表情に焦りが見える。


「違う、違うぞ!」

「じーさんは黙っとけ、話がややこしくなるから。この残骸は、その金髪のガキがついさっきまた来て暴れた後だ。それで、今度はケーロスが攫ってきたからくりを連れてどっかに行っちまった」

「からくりのアルテナは、そのケーロスに攫われて、さらにここでその金髪の少年に攫われ、つまり二段階で攫われたってことか……本当に難儀なやつだな」


 団長は自分がこれまで必死に守ってきた見世物小屋が哀れな姿になってしまったのが余程悲しいらしい。悲嘆にくれてため息吐いた。


 しかし似非魔術師の老人は、再度違うと叫ぶ。何が違うのか分からないが、老人にとっては何か重要なことが起ころうとしているようだった。ケーロスが、祖父に詳しく話すように促す。老人は奇声上げて、話し始めた。


「あれは、先ほどのあの小僧は先天性の魔術師に相違ない! 印を組まず、口頭魔術を行えるのは、力の根源により近しい存在である先天性だけじゃ!」


 必死の老人の話は、意外にも仲間たちにはあまり信じられていないようだった。周囲から胡散臭そうな視線が集まる。だがハーミーズは、老人の言うことの危険性が瞬時に理解できた。理解できるだけの知識というよりも、具体的な経験があった。


「じいさん、あんた先天性に会ったことあるのか?」

「若い頃に一度見たことがある。東の国から来たという、幼い子供じゃった……その子供は周囲をほとんど認識せず、言葉を詩にして、それだけで魔術を使いよった。わしは覚えておる、あの幼い先天性の魔術師と、あの金髪の小僧はそっくりじゃ!」


 ハーミーズはその話に腕を組み、生唾を飲み込む。誰も信じなかった話を、彼だけが信じようとしている。周囲の視線はおのずと彼に集まった。


 彼は腕組みをしたまま、上を向き、下を向き、つま先で地面を叩き始める。明らかに何かを考え、悩んでいる。


 その彼の頭に、再度手紙飛行機がぶつかった。今度の手紙飛行機はぶつかった後、勢いあまって跳ね返った。


 ハーミーズはあわてて拾う。また定形ではなく、自作の手紙飛行機だった。このタイミングで来る手紙飛行機が、今回の件に関係ないわけがない。恐る恐るのり付け面を開く。今度の文は先ほどよりやや長めで、そして字に不思議な癖がある。その独特な癖字を見た瞬間、彼は硬直した。


『ハームちゃんへ

 下僕のプラト君が面倒くさい脅迫状を書いたみたいなので、僕が書き直してみました。生身の娘の方は僕たちが連れています。からくり娘の精神を連れて、今すぐ森の菩提樹に来てちょうだい。待ってるよ。あと、愚図は嫌いなの知ってるよね。

ヤヘカ・ハイドゥンより』


 声に出して手紙を読んだハーミーズは、自分が震えていることの自覚がなかった。あったとすれば、それは純粋な恐怖心だけである。


「どうした。顔が真っ青じゃねぇか」


 差出人への恐怖、ただ純粋に恐ろしいと思える存在ヤヘカ・ハイドゥン。


「聞いたことあるだろ? 軍が抱えている、特別魔術部隊って」

「10年前の戦争で一晩で東の戦線を掌握したって言う、あれか?」

「あれな、実質戦ったのは数人の先天性魔術師なんだよ。これはその中隊長で、俺の知り合い。いや、軍とか関係なしで個人的にやばい。命があぶねぇ」


 周囲の誰も信じてはくれないし、この恐怖を共有してくれる者もいない。口に出してようやく得られる現実味は、実に悲惨なものだった。哀れな旅の家出青年は、苦節3年で遂に捕捉されてしまったのである。

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