第18話 子供戦車の噂話

 ハーミーズが丘を降りて森へ行くより早く、数人の男たちが見世物用の馬を駆って森へ行ってしまった。一応彼は止めようとしたのだ。だが元より誰の命令もほどほどにしか聞かない連中である。制止は無駄だった。残された者たちはこれからどのようにするか相談し始める。


 残された者たちと行動することはハーミーズの選択肢にはない。彼は歩き出す。するとあのケーロスがついてきた。


「お兄さんはどうするの? このヤヘカっていう魔術師の所に行くの? それともからくり人形の方を攫った少年を捜しに行くの?」

「少年の方より先にヤヘカの方へ行ってみるよ。業を煮やして襲われたらひとたまりもないからな。ああ、その前に、メルさんのところによって忠告入れておかないといかんな……」

「なんだか面白そうだからおれ、お兄さんに着いていくわ」


 そうと決まれば一刻も早く丘を下りて一度婆の所に戻って様子を見て、菩提樹の場所を教えてもらった方がいい。


「そのヤヘカってのは、そんなに恐ろしいやつなのかい?」


 まだ会ってもいないのに、すでに冷や汗さえかいている彼をケーロスが皆胡散臭げに見た。残念ながらハーミーズの唯一の理解者は老いた似非魔術師だけだ。


 相手は子供一人か、ないしは居ても女の合計二人、対するは大の大人とナイフをくるくると器用に回す少年の二人。どう見てもこちらの方が強そうだったが、それでもハーミーズは絶対に勝てない自信があった。


「アイツが本気になれば町一個一晩で消せるよ。見た目はお子様だが攻守共に国内最強クラス、付いた名前が万能子供戦車。中隊長と言うことにはなっているが、実際のところは一人で中隊一個分ってところだ」


 と言ってもピンと来ないのか、ふーんと気の無い返事しかない。正直彼は泣きそうな顔だった。だがぐずぐずしていると、痺れを切らしたヤヘカ自身が文字通り物理的に飛んできかねない。彼はそのようなことを経験済みで、さらに言うならば学習済みだった。


「でもさぁ、そんな軍のお偉いさんが、あんな小汚い娘に何の用だってんだろう?」

「確かに、それが分からないんだよな。普通はこういう隠密行動みたいなことはもっと適した人材がいるはずなんだ。アイツの本分は破壊的な力だから。今回はアイツ自身が出てきたとなると、たぶんかなり相当な、厄介事ってことなんだろうけど」


 丘を下るハーミーズは腕を組みながら首を大きく傾げた。彼の後ろをケーロスはつかず離れず付いてくる。功を立てれば許してもらえると考えてでもいるのだろうか。手元も見ずに得意のナイフをくるくると器用に回した。そして首を傾げたまま考え込むハーミーズの顔を覗き込んだ。


「なあお兄さんさ、イイとこの出だろ?」


 一瞬目を丸くしたハーミーズは、また一瞬で元の思案顔に戻って答える。


「どうしてそう思うんだ?」


 少年は薄笑いを浮かべながら、ナイフをぽいと空中に投げた。ナイフは綺麗に回転しながら落ちてきて、計ったように少年の手の中に戻ってくる。さながら魔術のような手さばきだ。


「だって軍のお偉いさんと知り合いみたいだし、普通の人は知らないことを知っているし。それに普通、田舎町の町中にある家には庭なんてないよ。お兄さんはどこの良家の御子息?」

「あのな……。良家の御子息がこんなボロい旅はしないだろ普通。庭のやり取りを知っていたとなると、おまえ掃除していた時からあの店を見張っていたのか?」


 居間の掃除が終わって庭を掃除するか聞いたのは、普通の店がやっと開き出したくらいの時間だったはずだ。それほど長時間見張られて、からくりのアルテナを攫う機会を窺っていたにもかかわらず、ハーミーズは全く気付かなかった。あまりにも自覚が無さ過ぎたということだろう。


「あーもしかして昨日の晩に覗いたのもお前か? お陰でこっちはメルさんに足引っ掛けられて、ガラクタの中に突っ込んだんだぞ?」

「オレがあんたを見付けたのは今日の朝だよ。お兄さんとからくりを探して街を歩き回ってたらエプロン掛けたお兄さんがあの店の前を掃除していたんだ」


 その時の光景を思い出してケーロスは笑っていたが、ハーミーズとしてはあまり思い出したくない。エプロンをつけて掃除など、何年やっていないことか。その上朝食まで作ったのだと分かったら、少年はこの場で笑い転げて歩かなくなるだろう。


「じゃあ昨日の夜覗いてたのは、別の奴か……ヤヘカの方かな?」

「あの変な女かもしれねえぜ?」

「女?」

「ああ、妙な雰囲気の眼鏡で茶髪の女だ。背中から翼が生えて、唄歌いの娘を掻っ攫ってっただぜ。今考えるとあれは、そのヤヘカっていう魔術師が呼び出した悪魔の類だったんだろうね。間違いねぇよ」

「悪魔ねえ……」


 それは無いと思うよ、とハーミーズは呟いたが、少年は首を横に振る。魔術は悪魔や神秘的な現象と密接に関わりがあるという誤解が、未だに世間では多く残っている。何もないところから火や水を出されたら、確かに誤解したくもなるだろう。


 さて、これからその悪魔をも召喚したとされる大魔術師と対決しに行くわけだ。しかしこの少年に、どこまで先天性の魔術師について教えておくべきかとハーミーズは思案顔になった。

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