第31話 真面目に算段する
アルテナの手に埋め込まれた魔術式感熱印刷機械はかなりの高性能で、想定していた時間の半分で魔弾への彫り込みが完了した。そして念を込めるように魔力を込めていく。ただし一発のみ。
ひんやりとした小さな弾を、ハーミーズは手の中でコロコロと遊ばせる。撫でると表面に彫られた字の一つ一つが指先に引っ掛かった。
「一発ってことはよ、つまり外したら終わりってことだよな」
「あんな大きな的を外す自信があるなんてすごいね、ハームちゃん」
上空からの茶化しを無視しつつハーミーズは、手に持った銃の重みを嫌と言うほど感じていた。誰かを傷つける物は嫌いだが、されどそうでもしなければもっと多くの人が傷つくという。所詮は最大多数の最大幸福だというのだから、割り切って考えなければ辛いものがあった。
走りながら徐々に近づいていく光の巨人を眺めて、銃を構えてみたりする。巨人は大きさの割には素早く動いており、足元がどれくらい火事と建物の崩壊で近づけないかを想定して撃つ位置を決める必要がありそうだ。
「外さないとは思うが、なんか心配なんだよな……」
構えながらゆっくりと動く上半身に照準を合わせる。巨人の腹の部分が爆ぜて落ちていった。下ではまた大規模な爆発が起こっているだろう。
「撃つところはどこが最適とか、あるのか?」
「特にありません。ご随意に撃ち抜きたいところをどこでも、何発でも」
答えたプラトはリュックサック型になっている機械を背中に背負って、重たそうに走っていた。中身が気になったハーミーズが横目で見ていると、視線に気付いた彼女が求めてもいないのに得意そうに説明し始めた。
「これはですね、特製魔術式飛行器です。私の魔力を糧に空飛ぶ羽が生えるのですよ」
手に持っていたスイッチを押すと蝙蝠のような、差し渡しで三メートルはありそうな、翼が音をたてて開いた。ケーロスが言っていた悪魔とはコレのことかと合点がいく。確かにシルエットだけは悪魔に見えなくもない。
ところがその翼に何人もの人がぶつかって、あっという間に彼女の姿は後方に見えなくなる。間抜けな悪魔もいたものだ。
「そんなことしなくても、空中を歩けるようにすればいいんだよ」
馬鹿にしたような声は確かにはるか上空から降ってくる。ヤヘカとアルテナはそろって地上十メートル辺りで、本人たちにしか見えない空中階段を走りながら巨人の位置を確認していた。
「地上からは危なくて狙えないぞ?」
「分かってる。だからいま打ち込めそうな場所を探してるんだよ!」
言っているほど真面目に探していない気もするが、何しろ地上は巨人から逃げる人でいっぱいである。しかも目指す方向から逃げてくる人が多数いるため、逆流でなかなか進めない。
「それにしても、確かにあの動きは止めた方がいいのではないでしょうか」
いつの間にか人の波に飲まれて消えていったプラトが並走していた。流石に鍛えているのだと思ったが、どうやら飛んできたらしい。今しがた翼を閉じたところだ。
「止めるのはね、出来ると思うの」
空中からすっと降りてきたアルテナは不安そうだったが、意外にしっかりと話していた。巨人が咆哮するたびに耳を塞いで、口を噤んで悲鳴を堪える少女は、いつ泣き崩れるかと心配されていたが気丈に振る舞っていた。ただ、少し声が震えている。双子の間に流れる独特のシンパシーがあるのだとすれば、生身の体に戻ったアルテナはある瞬間からフォーバスのそれを感じているのだろう。
「あのね、父さんがあたしたち二人に教えてくれた子守唄があるの。それを歌えば、たぶんフォーバスは聞いてくれる。あの歌のことはフォーも知ってたから」
「その隙に撃てばいいってことか。だとしたら撃つ俺とは別の場所がいいだろう。狙っているのがばれたら事だ」
「だからあたし、時計台のてっぺんで歌うよ」
地上に降り立ったアルテナはくるりと後ろを向いて指を差した。だが指差したそれは燃え盛る火柱になりかけている。どう見ても人が登れそうには見えない。しかも光の巨人は時計台に手をかけて軸にして、誰かを求めるように唸りながら歩き回っていた。
「大丈夫。もう安定して空も歩けるし、水を降らせれば熱くないし、それに目立つ場所じゃないとフォーバスは気がつかないかもしれないから」
そう言って振り向いたアルテナが少しでも理矢理にでも笑って見せようとしているのが、ハーミーズには手に取るように分かった。だからこそ彼は、何も言わずに頷くだけにとどめておく。
彼女自身、恐らく原因の半分が自分にあると分かって行動しているのだろう。俺とは大違いだ、という言葉をハーミーズは飲み込んだ。
「僕もアルテナについて行こうかな。その方が失敗した時にその場ですぐに戦闘に入れる」
ヤヘカはすでに魔性の姿になりかけており、アルテナの小さい体を担ぎあげようとしていた。
「プラト君、もし僕が戦闘を開始したら、止めておいた軍の出動を許可するように信号弾を上げてね。さすがに避難誘導以外でも役に立ってもらわないといけないかもしれない」
「了解しました」
それを見たプラトは宿から借りてきた町の地図を開いた。ハーミーズと二人で覗きこみ、巨人の位置と時計台の方向を確認する。それから風向きを確認し、火の手が回りにくい方向を探る。海から吹く風は然程強いわけではなかったが、内陸へ向かう風は町の中心へ火を煽っていく。早くしないと町全体が焼け落ちる可能性もあった。
「よし。プラトは俺と西側へ、高い建物を見繕って上がる、でいいかな」
「了解しましたハーミーズ様」
「二人とも怪我しないようにねー」
「そっちこそな」
そう言って四人は二手に分かれた。
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