第6話 どうしようもない理由
「まぁ」
ふうと一つ。
アルテナの頭の上に、大きなため息が降ってくる。
「アイツが来ているってことは、ここの魔術式からくり専門店は腕は信頼できそうだな」
立ち去った二人の姿が完全に見えなくなってから、ハーミーズとアルテナは店に入った。魔術専門店の主人は柔和そうな四十がらみの男だった。店の中には多種多様な、動かないからくりが置いてある。
メガネを押し上げながら入ってきた不釣り合いな二人組を見た。片方は目つきの悪い色黒な旅人、もう片方は町娘のような恰好をさせられた少女型の魔術式からくり。嫌がおうにも目立つというもの。
「ご用は?」
「このからくりの腕を直してほしいんだ」
「これはまた、派手に壊しましたねぇ」
「直せないのか?」
もげた自分の腕を差し出したアルテナは、不安そうに店主の顔を覗き込んでいる。店主は壊れた腕と、体の方を見て目を細めた。
「いえいえ、もちろん直せますよ。これは素晴らしい作品ですが……しかし製造番号がありませんね。代用できる部品が無ければ取り寄せになってしまいますが」
「それはすぐに分かるのかい?」
「少々お待ちくださいね」
そういって店主は肩の黒い関節球体をぽんと外した。続いて肘の部分もコンコンと外して、二つの大きさが違う関節球体の大きさを検分する。その球体の表面にはびっしりと文字が書かれているので、用途を知らなければ呪術用具にも見えた。
「はまる腕の部品がありますが、全く同じ材質とまでは行きませんねぇ……。それでもかまわなければ、数時間で直せますよ」
「構わないか、アルテナ?」
固まった一瞬に何かを考えたようだったが、アルテナはコクンと頷いて見せた。それを見た店主は苦笑をしていた。本来からくり人形は主人に従うものだ。だから腕を修理する是非をからくり自身に問う必要はない。この若い旅人はどうやらまだからくり人形の扱いというものを知らないらしいと、店主はそう結論付けることにした。
「買い物に行ってきたいんだが、それぐらいの時間はかかるかな?」
そう言って彼は軽い荷物を背負い直す。
「製造番号が分からないと書きこまれた術式が分からないので、調整に少し時間がかかりそうですから買い物ぐらいは十分に。ついでにヴォーカンソンの時計台に登る時間もあるでしょうね」
「ヴォーカンソン?」
誰だそれは、と言う顔をしていたハーミーズに、店主はおやっと右の眉を吊り上げた。
「この町に来ておきながら知らないとは。ヴォーカンソン・ディダロス、彼は魔術式からくりの発明者です。この町の出身でね。町の中心にある時計台、あれは彼の寄贈ですよ」
言われて窓から外を見ると、町の中央やや海寄りに、昇れば町全てを見渡せるだろうという大きさの白い時計台が立っていた。その大きさと言い、細工と言い、遠目から見ても確かに立派な時計台である。建設費用は相当な額に違いない。魔術式からくり人形の発明家が個人であんなものを寄贈出来るということは、詰まる所このからくりがどれだけの人気商品であるかを物語っている。
「どうやら数年前に国軍に引き抜かれたようですが。彼の作品は細工の美しさと術式の細やかさに定評があるのに、そんなものが軍でどう役に立つっていうんでしょうかね。ああ、そういえば、この作品は彼の初期の造形に非常によく似ていますねぇ」
「へぇーそんなのも分かるのかい」
ここまでの買い物で幾分か痩せた彼の財布は、さらに痩せ細ることとなった。金を渡し、腕とそしてアルテナ本体を主人に預ける。彼女はこれから何が起こるのかわくわくしながら、と言っても人形の表情はただ嬉しそうに笑っただけだが、店の中を見回した。等身大から卓上サイズまで大小様々な大きさのまだ動かないからくりたちと、そのパーツの数々が所狭しと並んでいる。
「それじゃあ買い物して、気が向いたら時計台に登ってきますかね」
「ごゆるりと」
『いってらっしゃーい』
店の主人とアルテナに見送られて、今度は彼自身の買い出しに出かけた。彼とて旅人である。次の町までの食料や燃料、それから雨に降られた時を考慮して油紙などを補充しなければならない。
のんびりと市場を見て回りながら、とにかくそこそこの品を安く手に入ることだけを重視して買って回る。安いだけの品は持ちが悪いし、多く買って荷物を重くしても仕方がない。
途中でこれもまた美味しそうな匂いがしたので、屋台で小麦をこねてちぎった餅の入った煮込みスープを注文する。そしてお昼代りに食べながら慣れた手つきで荷物を小さくまとめていく。結局、量こそ多いがアルテナの身支度を整えるより安く済ませてしまった。
ただし、きっかり一人分。
「これで、全部だな」
食べ終わったハーミーズは詰め込んだ荷物を確認し、サックの口を閉じて背負った。そして市場から外れて、特に狭く暗い路地を曲がってある場所を探す。柄の悪そうな人々の目線をかいくぐり、いくつか角を曲がったところで目的の店はすぐに見つかった。だが彼はまだ入らない。場所だけ確認するとすぐさま路地を引き返し、時計台の前を素通りして先ほどの魔術式からくり専門店に戻った。
「お客さん、このからくり人形どうなってるんですか!」
店に入るや、主人の困った声が彼に訴えた。
椅子に座り戻ってきた彼に手を振ったのは、両手がついたアルテナだ。彼女の隣で疲労困憊した店の主人が魔術の道具を片づけていた。
「どうなってるって、何が?」
「こんなからくりは見たことない! 機能停止ができないし、勝手に文字を書き出すし、つまらないと書いて駄々をこねるし、私はこんな変な術式で制御されたからくりは初めてです! このからくりを作った術師の顔と、制御核に書かれた術式を見てみたいもんですな!」
「あー……すまないが、俺もそいつを拝んで、できることなら張り倒したい」
両手を自由に動かせるようになったアルテナを連れ、ハーミーズは店を出た。そして細い路地裏の店へと急ぐ。
『今度はどこに行くの?』
「内緒だ」
『私、行きたいところがあるんだけど』
「後でな」
少し突き放した口調に、アルテナは首を傾げた。声が出せるのならば、少しムッとして文句を言うだろう。
『なんか、冷たいねハーム。どうしたの?』
「なんでもないよ」
『女の子にでもふられた?』
「訂正を入れるが、まず相手がいない」
書けば答えは返ってくるものの、だがどことなくそっけない。試しにむきにさせてみようとアルテナは、ほくそ笑みながら次の文章を見せる。
『町娘にも振り向いてもらえないハーム君は可哀相ね』
「旅人の俺が町娘に声をかけて、それからどうするんだよ。お前が小さくなかったらなぁ……」
『小さくなかったら何なの? それからお前じゃなくてアルテナだからね』
「……何でもないさ」
下らない筆談と会話をしているうちに、路地裏の小さな店に着く。
『何ここ?』
「ん、お店」
ハーミーズは小汚いドアを押し開けて店の中に入った。中は暗く、奥まで見通せない。ガラクタのような品々がガラクタのように乱雑に置かれている店だった。ドアの開く音を聞きつけて奥から腰の曲がった老婆が出て来た。
「何かお買い求めかな? それとも売ってもらえるのかな?」
しゃがれた老婆の声が響いた。おとぎ話の悪い魔女を本の外で見つけたような不安に駆られ、アルテナは思わずハーミーズの陰に隠れた。しかし彼女の小さな躯体は前へ押し出される。彼の、その手で、だ。
「この魔術式からくりを売りたいんだ。どうだろう、買ってもらえるか」
「まずは品を見せてもらおうかい」
恐怖を表現出来る表情の動きが出来れば、アルテナはそうしただろう。だがいかんせん、からくり人形の表情は簡単な喜怒哀楽しか表現出来ない。構わず老婆は見聞し始めた。慌てて彼女はメモ帳に書きつける。
『どうして、こんな所に私を売るの?』
「俺は旅をしているから、お前は連れて行けない。それにお前がちょっかいを出したあいつらは見世物小屋を装ってはいたが、堅気の者じゃない。登録先が分かれば持ち主に返しにも行けたんだがお前答えてくれないし、紛失物として役場に持って行きたいところだが、あいにく俺には公的な機関に痕跡を残せない訳が、ちょっとある。―――つまり申し訳ないが、こういう店に売るしかない。そうしないとお前、またあの見世物小屋に行っちまうだろう? それで壊されるのは少し可哀そうだと思ってさ」
『そうじゃなくって、どうして人間の私を売るのかって聞いてんの!』
再度繰り返される彼女の言い分に説得力はない。どこからどう見ても少女のからくり人形でしかないアルテナが、自分は人間であるとどれだけ言い張っても信用は皆無だ。
『私は声を取られたの! 私はちゃんと人間だもん!』
「誰に声を取られたんだよ」
『見世物小屋で歌ってた女の子、あの子!』
そう書かれてハーミーズはおぼろげな記憶をたどる。金色の髪をした歌うたいの少女。確かに金髪碧眼であるところは共通しているが、服装は違うし雰囲気がそもそも全く違う。あの歌うたいの少女は魂が抜けたような掴みどころのなさ、儚さがあった。アルテナの性格はどちらかというとお転婆で対照的と言ってもいい。
「確かに似てた。だが似てるだけで人を襲ったりしちゃいけない」
必死に書き綴るからくりから危機感をあまり認識できない。人間の形はしていても表情の多様性や動きが、やはり生身の人間のそれとはかけ離れているだろうか。ハーミーズは突き付けられる紙を無視して、検分している老婆に目をやった。
「こんな風にいろいろ書いたり、そうそう瞼まで動いて寝る機能付きなんだ、最新式だろ? 掘り出し物だとおもうぜ。腕直したり、服買ったりしたから随分と金掛かったんだ」
そう言って、彼はここまでからくりにかかった金額を順に言っていく。老婆はふんふんと頷きながら、にこりと笑った。
「そうじゃな、お客さん。誇張金額分差し引いて、これだけで買い取らせてもらうよ」
ハーミーズの手に乗せられたのは金貨一枚。質素な生活をしていれば半年分くらいの金額、結局かかった費用の約二割増し程度だった。だが彼はそれを老婆に向かって突き返す。
「旅に金貨は邪魔もんだ。せめて銀貨にしてくれよ」
「注文が多いこった」
金貨を返し、銀貨24枚を代わりに受け取る。もちろん受け取る際に枚数の確認は怠らなかった。財布に入れた後に足りなかったとしても、路地裏の怪しい店では確認を怠った方が悪いと言われてしまうのが常だ。
「まぁいいっか。ありがとよ」
きっちり24枚あることを確認して、ハーミーズは財布の紐を締めた。財布の体積は減ったが、中身は少し増えた。見世物小屋で取られた砂金分くらいは取り返せたかもしれない。
「こちらこそ。売ってくれてありがとうよ、若いの」
『だから、私はからくりじゃないって言ってるでしょ! 人間なんだってば!!』
必死に言葉を差し出すアルテナを見ようともせず、ハーミーズは店を後にした。彼が特に非情なわけではなく、旅には金が必要で、そしてからくり人形は邪魔だった。
どうしようもない、ただそれだけのことだった。
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