第7話 不穏な再会

 財布の中身が増えたお陰で、ハーミーズは酒場でいつもより良い料理を注文しようとしていた。ここ港町には、雨の少ない山脈東側の扇状地で採れたブドウのいいワインが集まってくる。しかも値段は少しばかり安めだ。


「若くてもいい、美味いのを頼むよ」


 ハーミーズは酒場のウエイトレスに適当に注文すると、店にいる人々を見回した。


 酒場には様々な職種の人間と情報が集まってくる。彼のような旅人はもちろん、町に立ち寄った行商あるいは旅芸人、それから旅をする者たちから話を聞くために集まる若人、仕事上がりの職人たちなど様々だ。喧嘩は多いが情報が只で手に入るため、ハーミーズはどんな小さな町でも必ず酒場の一軒には立ち寄ることにしていた。


 もう明日にはこの街をたとうとしていたので、あらかじめこの先の道中の情報を仕入れておく必要がある。山崩れや山賊、何かいかがわしい噂は無いか。変事があれば彼は簡単に道を変えるつもりでいた。


「今年のワインはみんなうまいぜ」

「いっちょ旅の話を聞かせてくれや」

「俺の話は高いぜ?」


 旅人と分かれば、話を聞きたがる輩が寄ってくる。今晩は港で働く筋骨隆々な男たちに捕まった。気のいい彼らはすでに顔を赤くして、ワイン一杯の代価に旅の話をせがんだ。


「若ぇの、どこから来たんだ?」

「都からだよ」

「へぇ随分と遠くから来たもんだな。山脈超えてきたのか?」

「いや、半島を海岸沿いに回ってきた。南は雨が多くて困ったよ」

「そりゃぁ遠回りってもんじゃないのか」

「連れはいないのかい?」

「気ままな一人旅さ」


 ハーミーズはあれこれと聞かれることが嫌いではなかった。大好きとは言えないが、しかし話した分だけ見知らぬ相手から逆に楽しい話が聞けることもある。それが好きだった。


「一人は物騒じゃねえかい」

「最初は大変だったが、もう慣れた。この先には物騒な場所でもあるのか?」

「ここから北側へは平坦で特に難所もないな」

「それで、どこまで行くんだい?」


 この質問で彼はいつも困ってしまう。普通の旅人には目的地がある。目的地までの最短ルートを選択するのが、旅人自身にも財布にもいいはずだ。


「何だったら知り合いの船に頼んでやってももいいぜ? 手伝いをするなら安くしてくれる」

「船は速いし、それにこの時期なら嵐はねぇ。海風が穏やかだから船酔いの心配もしなくていい」


 口々に言いながら、男たちはハーミーズに詰め寄った。彼は多分に困った顔をして、首を横に振る。


「いや、船はいいよ」

「どうしてだ? 最近の船には魔術が施してあるものもある。安全だぞ?」


 だったらむしろ俺が乗ったら船が沈むのでは?と思ったが、それは口に出さないでおく。彼は三年間旅してきて、魔術を停止させられる者を自分以外に見たことがない。それだけでも随分と目立ってしまうことを知っていた。だから渋々という表情で、こういうことにしている。


「俺の旅に目的地は無いんだ」


 その言葉に、聞いていた男たちは顔を見合わせて笑い始めた。ハーミーズは慣れているのか、杯を煽っただけだ。


「詩人だねぇ、若ぇの!」

「目的地が無いのに旅をして、どうするんだい?」


 彼らは手を叩いて笑う。笑われた彼は情けなさそうに苦笑する。いつもこうだった。


「俺の旅は、旅を続けることが目的なんだ」

「どうしてそんな当てもねぇ旅をするんだい?」


 面白そうに誰かが聞く。彼は頭を掻きながら酒場の暗く低い天井を見上げた。


「俺、三年前に家を出奔しててさ、父親に会いたくねぇんだよ。でも家を出ても行くところなんてなかったから、海岸沿いにずーっと歩いて来た。だから徒歩以外は勝手が分からないんだ」

「家出少年か!」

「そんな歳じゃあないんだけどな」


 ハーミーズはその表現に笑った。だがあながち間違っていない。家に帰らないためだけに彼は旅をしているようなものだ。だから昼間3年ぶりの知り合いを見付けた時は、心臓が飛び出るかと思ったのだ。しかもよりによって父親の部下である化け物級魔術師だとは、これは本当に偶然だろうか。


 そんな話を笑いながらしている彼の後ろに、少年が立った。それから嫌に冷めた声をかける。


「へぇ、お兄さん。こんなところで酒が飲めるほど金持ってたんだ」


 聞き覚えのある声に驚いて後ろを振り向くと、そこには見世物小屋のナイフ投げの少年が立っていた。まじまじと見るとまだ14,5ぐらいだと分かったが、年に似つかわしくない悪そうな顔でにんまりとこちらをみている。手荒く扱われたことを思い出して、ハーミーズは少しだけ眉間にしわを寄せた。


 だが幸い人目もある。多少憎まれ口を叩いたところで、また寄ってたかって殴られることもあるまい。


「ああ、おかげさまで臨時収入があってね。この通り、ちゃんとしたものを食べられているよ」

「あっそ。まぁ確かに財布の中身はそのままにしておいてあげたけど、……ってことはあのからくりを処分したんだ? ウチの歌姫を取り損ねたからくりがそんな高値で売れたんだ?」

「あれは俺のからくりじゃないって言っているだろ? それに外に投げ出したのはそっちだ。だから拾ったんだ、文句ないだろ」


 ふんと鼻で笑って、少年は奥の方に行ってしまう。ハーミーズも、彼と話していた男たちも思わずその少年の背中を目線で追いかけた。


 少年は奥にいた店主にたくさんの腸詰めと酒を樽2つ頼む。そして見世物小屋まで届けてくれるよう言って金を渡した。最後に横目でハーミーズたちの方を見て、薄く笑いながら酒場から出て行った。

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