第29話 曖昧な青年の断固たる拒否

 必死の形相でアルテナが、奥で格闘しているヤヘカとプラトの二人を見る。はたと止まった加害者と被害者は、彼女の手のひらに張り付いた機械をじっと見つめた。


「これ、魔術式感熱印刷機械。高温になるから多分彫り込めると思うの」

「アルテナ、お前これ、どうしたんだ?」


 手を引っ込める瞬間にその手首を捕まえたハーミーズは鉄製と思しき機械をなぞった。そして機械を指で剥がそうとして、機械の縁に皮が被っていることに気が付く。本当に体に埋め込まれていた。


「人体実験って、これもなのか」


 思えば会った当初、魔術師であることを疑った際に彼女はまず自分の手のひらを紙に押し付けて何かを作ろうとしていた。彼女自身、自分の体がからくり人形になっていることを認識していなかったから不発に終わったが、生身であればたったあれだけの動作で魔布一枚を生成できる個体というわけだ。


「あたしは実験体だから。これがあたしの考えた術式を印刷してくれるの。これがあれば遠くからでも銃でフォーバスの暴走を止められるんでしょ? あの子をを助けたいの、だめ?」

「フォーバス、思い出したの?」


 プラトに馬乗りになっていたヤヘカは、アルテナの口から付いて出た名前に首を傾げる。今まで知らぬ存ぜぬを貫いてきた当の本人が、知らないと言ってきた名前だ。


「あそこにいる、あたしの弟。あのねなんとなく分かる、あれはあたしのことを呼んでる声なの。あたしたちは研究所では別々に暮らしていたから会ったことない。でもあたしたちは双子だから、声だけは聞こえるの。あたしを探してる、助けてって泣いてるの!」


 そう言うと、両手で顔を覆ってしまった。危ういところでハーミーズは魔布を取り上げる。普通のインクで書かれていたら水に滲んで読めなくなって即使い物にならなくなってしまう。魔布の無事を確認して彼はプラトの方を振り向いた。


「あるんだろ? 銃も、弾も、当てる腕も。やってやれよ」

「全部あることはありますが……」


 ヤヘカに馬乗りにされた状態で彼女はずり落ちた眼鏡を押し上げる。


「なにぶん魔銃というものは術式を書き込んだ銃ですから、普通の人間が使用すると必ず微量の魔力を帯びてしまいます。つまり拮抗させるのなら上乗せしすぎてもいけないし足りなくても魔力が拮抗した状態にはなりません。ですから魔弾に乗せてこの術式を打ち込むことは、現実的には不可能だと思います」


 不可能と言ってはみたものの、ヤヘカを肩車した状態でプラトは再度荷物を漁り始める。そしてすぐに古式の銃と弾の入った袋を取り出した。下手をすればプレミアが付いていそうだ。


「私が撃っても大尉が撃っても、完全な拮抗状態でなければ効果は少ないでしょう」

「じゃあさじゃあさ、ハームちゃんが撃てばいいんじゃないの?」

「何で俺が」

「だってハームちゃんは体質的に何も魔力が乗っからないから、先に僕が魔力を込めておけばいいんじゃない? 魔力の質でいえば双子相手なんだからお人形ちゃんでもいいよねもちろん」


 照明に頭をぶつけそうになってようやく肩から飛び降りたヤヘカは、銃を手にハーミーズの顔を見上げた。そこにはいつになく渋い顔をした彼の顔があった。


「ハームは出来るの? フォーバスを助けてくれるの?」


 同じくらいの身長で、アルテナも彼の渋い顔を見上げた。彼の服の裾を掴む。だが、はいともいいえとも答えは返ってこない。


「やっぱりいや?」

「……ああ、嫌だな」


 不意に顔を背けた彼は、服の裾を掴んでいたアルテナの手を強引に引き剥がす。そして背中を向けて腕組みをした。


「何で? どうして?」

「嫌なものは嫌なんだよ」


 答えになっていないと知っていて、彼はそれしか答えない。理由は言いたくない、向けられた背中が雄弁に物語っている。


「シィーラちゃんに大怪我させちゃったから? 自分の魔力が他人を傷つけたから、もう関わり合いたくない?」

「やめろヤヘカ」


 硬質な拒絶の言葉を残して、彼は椅子に腰かける。だが、ヤヘカの追撃は収まらない。腰かけた後ろへ行ってさらに言葉を続ける。


「魔力の暴走って聞いて、誰かが魔力の暴走を止めてくれればいいと思ってたでしょ? 止めるのが自分でさえなければいいと思ってたでしょ」

「黙ってくれ」


 言葉の端々に拒絶が見られる。しかしそれで引くヤヘカではない。


「そこで何人人が死のうとも? それとも何をやってもお父さんに無視されるから?」

「やめろ!」


 彼の両手がテーブルを叩いた。同時に巨人の咆哮がまた大気を揺らした。ヤヘカも似合わない厳しい顔をして彼のことを見ている。誰もが怒っているようで、実際は誰が怒って、誰が悲しんでいるのか分からなかった。

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