第28話 実験体の意義
すでに夜半は回っている時間だ。これだけの光源が一体どこにあるというのか、不思議に思って窓に駆け寄った。
「なんだ、あれは……」
ハーミーズは窓を開けて身を乗り出した。大きな人の形をした光の塊が、暗い夜空を煌々と照らしていた。
光の巨人は町の中央、やや港よりに建つひときわ大きな白い建物に手をかけて立ち上がった。遠目に見てもかなりの大きさがあることだけは間違いない。
「あそこ、今あの巨人が手をかけた辺り。あの時計台の中で、男の子に体を返してもらったの!」
ハーミーズの下で窓枠から身を乗り出したアルテナは精一杯腕を伸ばして指を差した。その瞬間、巨人が咆哮する。その轟音は衝撃波となって町外れにあるこの宿まで届いた。安宿と違って頑丈な作りのはずの壁が、わーんと響いた。
「ヤヘカ、これはどうなっているんだ?! あれは一体なんだってんだ」
「僕もこんなすごいのは始めて見たよー……うへあ」
別の部屋の窓から外に出て、空中歩行を始めたヤヘカが乗り出す二人の傍に歩いてくる。目線は町の中心に立つ光の巨人に釘づけになっていて、空中に石でもあれば蹴躓いて転びそうだった。
「確かに片割れがいるのはあそこみたいだね」
「だからどうなっている!」
思わずヤヘカの襟首を掴む。だが軽く手で払われてしまった。ハーミーズの後ろでは部屋でプラトが真っ青になっており、ケーロスはと言えば失神していた。
もう一度巨人が咆哮する。光の一部が弾け飛んで海に落ちた。海面に大きな水柱が立つのが見えた。
「あれは、ハームちゃんは知ってるでしょ、魔力の暴走だよ。魔術師なら誰しもあり得ることなんだけど、まぁあまり見られる物じゃないよ。光の大きさはその人の魔力に比例する。つまりあれだけ大きな暴走は、先天性以外には考えられないってこと」
一方で部屋の中からは覇気のない声も聞こえてくる。
「暴走は魔力がなくなるまで続きます……。つまりあの巨人が全て分解してさっきのように爆発を起こして周囲に甚大な被害を及ぼせば全て終わりです」
「ちょっと待てよ。さっきの水柱は並大抵の大きさじゃなかったぞ?」
「だから大変なんだってば! ハームちゃんの鈍感、鈍くさ、ぼくねんじーん!」
窓の外のヤヘカがぴょんと飛んで来てハーミーズの頭を強く叩いて行った。頭を撫でながら、再度巨人の方向を見る。巨人は何かを探してうろうろと動き回っている。その足元で幾筋もの煙が上がってきている。
「あの光は、確かエネルギーそのものだったよな?」
「そう言ったじゃん! 魔力は人が持つエネルギーの一種だよ」
「じゃあ、あいつの足元は、火事になってるってことか」
言われて初めて足もとを見たヤヘカは、両手を頬に当ててありゃまーっと叫んだ。見る見るうちに火の手が上がっていく。巨人の足元には、風に吹かれる花畑のように赤い火がチラチラと見え始めている。
「ヤヘカなら止められるんじゃないか」
「暴れるのが二人になるだけだよ。ほっといた方が何倍もマシだと思うけど」
「じゃあ他に、他になんか手だてはないのか」
「無いことも無いと思うけど……」
巨人を一瞥するとヤヘカは窓から身を乗り出す二人を部屋に押し込んで、自分も部屋に入った。室内ではプラトの部屋の扉が大きく開かれ、部屋の中からは引っ越しでもしているのかというほど大きな音が聞こえてくる。
「プラトくーん。何かいい物見つかった?」
「現在捜索中です大尉。でもこの手の問題は必ず対処出来るようにと道具は持ってきているはずなのですから、少々お待ちください」
呼ばれた彼女はわき目もふらずに大きな荷物と格闘していた。荷物の高さ約二メートル、幅も奥行きも同じくらいありそうだ。女性としては大柄な彼女といえども、踏み台無しには一番上に何が入っているのか分からないほど大荷物だ。
「これは一体……」
「プラト君は元々魔術器具開発部門のオタクなんだよ。背中にくっつけて飛べる魔道器具とか作っちゃうんだ。だからいつもすっごくいっぱいの荷物なのだ」
「掃除したくなるな」
言うや否や、プラトの手がヤヘカの頭を鷲掴みにした。いつもは腰の低く、ヤヘカに振り回されている彼女だが、今は雰囲気が違って見える。まるで性格が豹変したようだ。
「オタクじゃありません大尉。私は立派な研究職です!」
「うー似たようなものだよ?」
「全然、全く、ボールを蹴るのか猫を踏むのかくらい違います!」
言いたいことが終わったのか、肩を回しながらプラトはまた荷物の山に向かった。そして楽しそうではあるが奇怪な笑い声と共に荷物を漁り始める。彼女の嬉しそうな後ろ姿を横目に、口元に手を当てて声を落としてヤヘカが文句を言った。
「オタクって言うといつもこうなんだよ。あの豹変っぷりさえなければいい部下なんだけどね」
「何でもいいから、今は黙っとけ。早く解決してもらわないとヤバいだろ」
部屋の入口で、入ることを躊躇しながらヤヘカとハーミーズはお互いを小突きあう。部屋の中では、何度目かのガラクタの雪崩が起こっていた。
彼らの後ろで、所在なさげにしていたアルテナはまた聞こえた巨人の咆哮に耳を塞いだ。
「ありました! ありましたよ、これです! 私がかつて開発した特別製の魔布です。これを使って活性化状態にある彼の魔力そのものを沈静化させてしまえば大惨事にはならないと思います!」
得意満面の笑顔で一枚のボロキレを手に、彼女はガラクタの巣窟と化した部屋から出てきた。埃だらけの一枚の魔布には、これまで見たどんな魔布よりも複雑な術式が手書きできめ細かに書き込まれている。文字が書かれていない部分の面積の方が少ない。
それを手に取って、ヤヘカは表、何も書かれていない裏、そしてまた表と眺めて首を傾げた。流石に先天性だけあってか、一瞥して大体の仕組みは見えたようだ。
「普通の魔布じゃないね、これ。どうすればいいの?」
「これはそのままでは発動しない魔布でして。そうですね、大尉の魔力を今暴走フォーバス少年の魔力と拮抗させた状態で叩き込むのが最適でしょう」
胸を張ったプラトに、ヤヘカの容赦ない張り手が入った。魔布も片手で握り締めて、布でなければ破れて駄目になっていただろう。布は折れ曲がるだけで済んだことが幸い。
「何するんですか大尉!」
「どうやって火事ぼーぼーのところに行って、魔力開放して魔布叩き込むんだよ、僕をこんがり焼くつもりか! 狐色クッキーか!」
憤然としているヤヘカは、そのままプラトを足で踏み始める。その手から皺の付いた魔布を取り、ハーミーズも眺めて見るが、何がどうなっているのか全く分からない。少し齧った程度では全く理解できないほど複雑な術式になっていた。
「これを遠距離から打ち込んだらどうだ? 最近は術式が書き込んである魔弾ってあるだろ」
「魔弾って一つ作るのにどれだけ時間がかかるか、ハームちゃん知らないでしょ!」
そんなにかかるのか、と言う言葉を飲み込んで彼は口を噤んだ。今何か言おうものなら容赦ないヤヘカの怒りの矛先がこちらを向いたとしても、何の不思議もない。
彼の手からまた魔布を取ったのは耳を塞いでいたアルテナだ。彼女は流石に魔術師を名乗るだけのことあってか、全く分からないというわけでもなさそうだった。そして勢いよく顔をあげる。
「何も書き込んでない魔弾はない? あたしなら少し時間かかるけど書き込めると思うよ」
そういっておもむろに右手の手袋を取って自分の右の平を全員に向かって見せた。一見すると手の平に何かが張り付いているように見えたが、よく見てみると小さな機械が埋め込まれていた。
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