第27話 双子の出自

「かしこまりました。それでは―――」


 アルテナに関する説明をプラトに放り投げたヤヘカは、テーブルの上に置いてあった紅茶をもう一杯手に取った。それは隠れていて取っていなかったアルテナの分であって、決して一流のメイドが人数を数え間違えた余りなどではない。


 あっ、とアルテナが小さな声を上げた時にはもう飲み干されていた。名残惜しそうに、テーブルの上に戻されるカップを眼で追う。瞬間的に彼女の中で怒りが沸騰したのか、空気が一瞬震えた。


「分かった、俺の分あげるから機嫌直してくれ、な?」


 ハーミーズに渡された飲みかけを一瞥した彼女は、ぷいとそっぽを向いた。まだ彼女の腹の虫は居所が悪いらしい。


「あの、よろしいですか、ご説明いたしますよ。そもそも人工的に先天性魔術師を発生させる計画は、元はヴォーカンソンの発明した魔術式からくり人形の軍事転用が主目的でした。しかし無機物に先天性魔術師並みの攻撃力を持たせることは非常に難しいことが判明したため、急遽人工的に先天性を発生させる計画に置き換わったのです」


 アルテナが何を思って話を聞いているのかは分からない。しかしプラトの言い方は非常に機械的で、この場に居る人間の一人が生まれた経緯を説明しているようには感じられなかった。


「しかし結局は魔術の制御が上手く行えない個体しか発生させることが出来ず、計画の廃止、そして個体の廃棄が決定しました」

「廃棄って、殺すってことか?」

「恐らくは。しかし廃棄を記した書類を発見した時には他の研究員は全て逃げ出した後でしたから何とも言えません。が、どうやら魔術を封じるため体と魂を分離させた様子。元来先天性は自己と外界との境界認識が曖昧な存在ですから、魂の入れ物を変えたところで本人は然程の違和感も覚えなかったことでしょう」


 肩をすくめてプラトは言う。思えば、アルテナは自分の手を眺めてもメルポメーネに渡された鏡でからくりの顔を見ても人間であると断言していた。彼女は体が何であろうと自分であるという思い込みだけで行動していたのだ。


 ハーミーズは自分の後ろで、少女の体がさらに強張ったのが分かった。自分が、己の図り知らないところで殺されようとしていたのだ。


「まぁお分かりいただけますように、実験体は彼女の一卵性異性双生児の片割れと共に逃亡に成功しています。これは主任であったヴォーカンソンが手引きしたものと思われ、どうやら彼は故郷の方へ逃げたと分かりました。そのため我々は逃げたヴォーカンソンと実験体二名を捜索していたのです」


 言い終わって眼鏡を上げたプラトは、冷たい眼差しをアルテナに向ける。獲物の一人を見つけ、丁度よく居合わせた家出少年諸共捕獲完了。もう逃がさないと目が言っている。もちろんハーミーズは、そうでなくてもヤヘカから逃げ出す勇気など無きに等しい。


「ってことでね、つまりあともう一人の子の男の子の方が見つからないんだよねー。どこ行ったか知らないわけないと思うんだけどーお人形ちゃん? どこで片割れに会ったの?」


 今度はソファーの上をコロコロと転がりはじめたヤヘカが口を開いた。暇そうに見えていてやることはやっているのだな、とハーミーズは感心する。ただその一方で気になることがある。


「なあちょっと待てよ。もう一人の子ってのはアルテナの一卵性異性双生児のほうだろ? ヴォーカンソンって手引きした主任は見つけたのか?」

「それが見つかればわけないよー」

「そいつを見付けた方が早いんじゃないのか?」


 ハーミーズは効率を判断して言う。だが彼の意見をまるでアテにしていないとばかりに、ヤヘカは首を横に降った。


「一時を争う状況なんだよ」


 ヤヘカは仰々しく誰にでも分かるようにため息をついて見せた。だがソファーに寝転ぶ姿からは、慌てている素振りは全く感じられない。その脇でプラトが写真を出して、今まで大人しく話を聞いていたケーロスに見せた。


「彼がヴォーカンソンです。あなたは見たことありますよね?」


 プラトの問い詰める口調がいつになく厳しい。だが写真を見せられたケーロスは首を横に振った。しかし写真をさらに押しつけて、彼女は引こうとしない。


「嘘は吐かないでください。虚偽証言は裁判で不利になりますよ」

「本当に、ほんとに知らないですよぉ!」

「プラト君。少年は恐らく本当に知らないんじゃないかな」


 ヤヘカが止めるまで、彼女は写真を片手に顔面にめり込むくらい写真を押しつけていた。半泣きになってケーロスは隣に座っているハーミーズの腕を掴む。涙声になりながら、ヤヘカに向かって声を振り絞った。


「本当に知らない、ですけど、確かにアルテナの生身の方を攫ってきた奴らはちょび髭のオヤジを石で殴って気絶したところを攫って来たって、自慢げに話してましたですよ!」


 語尾が何やら大変なことになってしまっている。ケーロスをなぐさめながら椅子に座らせ、ハーミーズもプラトから写真を受け取って見た。彼の肩越しにアルテナも写真を覗き込む。彼女の息を飲む音が聞こえた。


「父さん!」


 ハーミーズの服を固く握りしめていた手が解かれ、少女の手が彼の手から写真を引っ手繰る。


「父さん、怪我してるの? そんな、そんな……」


 握り締める写真は、プラトの手によって奪われた。写真を追ってアルテナの手が宙を掻いたが届かない。初めて、少女の頬に涙が伝った。


「ヴォーカンソンは僕の他の部下が探してる。だから感情を爆発させないでねお人形ちゃん。また喧嘩することになるよ、今度は本気で」


 ソファーからぴょっこりと起き上がったヤヘカが、悲壮な顔をしたアルテナの額を人差し指で小突く。


「少年、強奪した人を後で教えてね。もちろん君が内通したことは喋らないし、君の安全も保障するよ」

「そんなこと信じられるか?」


 代弁したのはもちろんハーミーズだ。目的のためならば何でもするのが、軍でありヤヘカだ。それを知っていて危険に巻き込むのは気が引ける。何も関係が無いわけでもないし、悪意が無いやつでもないのは分かっていても、軍というものに巻き込まれるほど根が悪いとも思えなかった。


「ハームちゃん、僕は彼を魔術学院に入れたいと思っただけだよ。彼には素養がある。さっき僕の鎌で切ったとき、彼は刃が無いとは言え鎌を素手で止めて傷一つ無かった。これは凄いことなんだよ!」

「だとしたら条件は、俺の知り合いで軍関係者じゃない人間を後見人に付けろ。でないと承知しない」

「まーったく、信用ないね僕は」


 あかんべをしながら、後方に待機していたプラトに言われたとおりにするように命令を下す。


「まあヴォーカンソン探しは後回しでも見つかりさえすればいいんだ。でもね、急がなきゃいけないのは、お人形ちゃんの片割れの方なんだよ」


 泣きながらハーミーズに縋りついたアルテナを見て、だがヤヘカは言葉を優しくかけたり思いやってあげるようなことはない。ただ泣く彼女を引き剥がして、顔を自分の方へ向けさせて突き抜けるような金の瞳で見て、そして再度問うだけだ。


「どこで体を返してもらったの?」

「無理じいはするなよ」

「ハームちゃんは黙ってて。魂と体を分割したのは声を出せなくすることと、魂の力を弱めて魔術を封じるため。でもアルテナの片割れはどうやら分離される前にヴォーカンソンに連れ出されてる。どれだけ危険なのか分からないわけないでしょ?」


 横目でハーミーズを睨んだ目がくるりとアルテナの方を向く。金色の瞳が、魔性の名残のようにユラユラと煌めいた。アルテナが嗚咽を上げながらも、泣きやんでいく。より正確に記すならば、彼女は恐怖の追体験で涙さえ止ろうかと言うところだ。


「男の子に、体を元に戻してもらったの。あたしといっしょの金色の髪で、青い目をした子。あたしのことをよく知ってる、なのにあたしはあの子のことを知らない……知ってるはずだって言われたけど知らないの。だから気持ち悪くて怖くて、後ろから魔術で殴って、置いて来ちゃったの」

「その子は今どこにいる?」


 もう一度袖で涙を擦り上げ、アルテナは窓際に歩いて行く。カーテンを開ける。だが、外からは昼間の太陽のような光が差し込んできた。

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