第33話 影無く光の中で

「早く撃てぇー!」


 ヤヘカの声が、事の成り行きを見守っていたハーミーズに聞こえてきた。崩れ落ちそうになっているのは、建物ばかりではない。巨人の体そのものが、バランスを崩して倒れようとしている。倒れた衝撃で最後の爆発を起こしでもしたら、何もかもが消し飛んでしまう。


 今も熱い風が周囲から吹き上げている。目がすぐに乾いてしまう。全く敵わないな、と呟いたハーミーズは気合いを入れて銃を構え直した。


 自分の魔力が暴走した時のことを、彼はよく覚えていない。魔術の練習を2人でこっそりやっていたところまでは覚えているが、従妹の様子がおかしいことに気付いて彼女の肩に手をかけた時から先の記憶がない。


 次に気が付いた時には、大人たちに介抱されたベッドの中だった。従妹は怪我をして右目が見えなくなっていた。全て自分のせいと思い、それからが悪夢の始まりだった。何も出来ない劣等感、そして何よりも父からの疎外感から、誰でもなく父を恨んだ。恨むよりなお、さびしかった。


 今のフォーバスも昔の彼と同じように悲しいさびしいと嘆いている。だが喚いてみても家でしてみても、何も変わらなかった。結局真実がどこにあるのか知るまで、自分は何も理解の出来ない子供だった。 


「もう自分を可哀そうだと思うのは終わりにしようぜ」


 もういい大人になったのならば、自分の二の舞を止めることも出来るのではないかと己に問いかけてみる。まっすぐに巨人の頭部目がけて、引き金を引いた。たーんと、乾いた音の木霊が今さらに届いた。


 弾が当たったところから、光の巨人は砂糖菓子が溶けるように消えていく。エネルギーが急速に収束していく。あれは十数年前のハーミーズの姿だった。


 光が収束した中心に小さな影を見付けた。落ちてゆく金髪の少年が見えた。そしてそれを追って手を伸ばしながら落ちてゆくアルテナの姿も見えていた。


 すかさず後ろに立っていたプラトが翼を広げて飛んで行った。降ってくるフォーバスを掴むためだ。


 周りに誰もいなくなったのを確認して、ハーミーズはどっかりと座り込んだ。全身から力が抜けていく。だがどうしてだろうか、心の中で引っ掛かっていたものが音もなく退いて行く感じがした。倦怠感と爽快感が同居している。


「仕方ないな。俺も、行くか……」


 立ち上がり、酷く疲れた様子でハーミーズも建物の階段を下り始める。様々なことが頭の中を駆け巡る。これまであまりにも自分で自分を囲っていたこと、そして父親がどれだけ自分のことを考えていてくれたのか。少しフォーバスと自分は似ているのではないかと、考えたりもした。感情は違えど同じように父を恨む気持ちが、分からないわけがない。


「会いに行かなきゃならんのか」


 誰にとは言わない。彼はプラトが飛んで行った、光の消えた方向へ歩き出した。


 しばらく瓦礫の中を歩くと彼らはすぐに見つかった。ヤヘカは子供の姿に戻っており、プラトも翼を畳んで、二人の子供を見ていた。


 一人は少女で、もう一人は少年。二人共金の髪で、青い目をしたよく似た兄妹だ。お揃いの黒いロングコートを着ている。少年はぐったりと横たわり、その頭を少女が膝に乗せていた。


「どうしたんだ?」

「ちょっとね、遅かったみたいなんだよ」


 誰よりも早く、けろっとした顔でヤヘカが答える。隣でプラトが複雑な表情をしていた。横になっているフォーバスは息絶え絶えに、だが目だけはしっかりと見開いて双子の相方を見ていた。


「消えかかってるのか……?」


 フォーバスの体が光を帯び始めていく。彼自身、不思議そうに自分の光る手を見ていた。手の平の向こう側に水平線が透けて見えてきている。もうすぐ朝日が昇る。


「先天性は死ぬ時に肉体が残らない。力の源に引き戻されて分解されちゃうから」


 ヤヘカはあっけない幕切れを平然と眺めているだけだった。プラトも横に並んで、先ほどまでの感情を無表情の下に隠して黙って見ている。彼ら二人は軍人としてそれが当たり前なのだという顔をしていた。


 アルテナは無言で、双子の片割れの頭をなで続ける。涙を流しそうで、流していない。なぜ我慢しているのか、本人も分かっていないようだった。


「アルテナが来てくれて、よかった。これでもう寂しくないよ」


 フォーバスが呟く。彼の視線はもはやアルテナを捉えていない。濁った青い瞳を細めて、彼は笑った。


「これからは、ずっといっしょ……」

「うん」


 堪えていた涙が落ちると、朝日が差し込んできた。日の光が、フォーバスの体を透かす。徐々に体の輪郭が崩れて、声もおぼろげにしか聞き取れなくなっていく。近くて遠い場所に逝くというのは、こういうことなのだとハーミーズは口を噤んだ。


「行っちゃだめだよフォー」

「行かないよ……僕はここに、アルテナとずっと一緒にいる」


 フォーバスは最後に残った指先で、アルテナの胸をトンと叩いた。それから少年は昇華するように、消えてしまった。少女の腕の中に残されたのは黒いロングコート。


 アルテナはコートを掴んで立ち、朝日に目を細める。それからぺこりと、小さな葬送を見送ってくれた参列者たちに頭を下げた。

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