第23話 声が戻った歌姫の狂気
小柄な人影を見つけたヤヘカはすっくと背筋を伸ばして、棒を振った。そしてちらりと後ろのケーロスの方を見やる。
「少年、先天性魔術師についての説明が正確ではなかったよ」
「あ、あの」
「僕たち先天性には性別が無いというよりは、根源に近い存在故に性別が非常に混沌としていると言った方が正しい。男にも、女にもなり得るという意味で」
今問題にすべき点ではない気がするが、とハーミーズは考える。縄を解かれた彼は立ち上がって唖然と立ち尽くすケーロスの腕を掴んで菩提樹に寄った。避難しているのが今出来る最良の策だろうとの判断だ。
「ねえ、ハームちゃん。人工的に僕たち先天性を創ろうとしたとき、何が問題になったと思う?」
「話の流れからいけば、性別だろうな」
ヤヘカは木立の間に立つ小さな人影に目線を戻した。その人影は徐々にこちらに近づいてくる。
「その通り。それ以外にも問題点はいろいろあったんだけどさ、一番の問題はやっぱり人工的ってこともあって、魔術の制御が難しかったんだよ。声を発すれば全て魔術が発動しちゃうんだ。だから廃棄処分されかけたんだけどさ」
「そりゃあ逃げ出したくもなるな」
うそぶいてはみたものの、徐々に高まっていく緊張感がハーミーズを苛立たせる。彼が争いごとを嫌う理由はこれだ。誰であろうとも争う者がいることを嫌う。代々軍人家系である家が嫌いな理由もこれだった。
「大きな問題はもうひとつあったんだ。人工的に発生させる段階で、僕たちのような性別的混沌には発生しなかった」
「……性別が男女どちらかに偏るってことか?」
それはそれでなんら問題ないように思える。さらにケーロスの手を引いて後退しながら、彼は首を傾げる。
「いや違うよ。人工的に先天性魔術師を発生させると、必ず一卵性異性双生児が生まれてしまうんだよ。しかも2人揃わないと制御が難しい」
本来あり得ない子供たちの誕生。天然でさえこれだけの危うさを持ち合わせた存在であるというのに、さらに不安要素を加えた人工体では、確かに破棄も視野に入れられるだろう。
「アルテナの生身の体を奪ったのは、つまりアルテナの片割れか」
「フォーバス、それ彼に与えられた名前。光輝くって意味だよ」
歩みを止めない木立の中の人影に集中しながら、ヤヘカは言った。もうこれ以上は話かけても何も聞こえないないだろう。彼女の視線は、顔が見分けられるほど近くまで来た来訪者に釘づけになっていた。
「アルテナ……」
立っているのは、生身のアルテナ。着ているのはからくりに買い与えたはずのあのワンピース、そしてぴったりサイズのあのブーツ、それからおまけしてもらった手袋。しっかりとその上に黒いロングコートを羽織っている。彼女は未だに首からメモ帳をぶら下げ、手には買ってもらった羽ペンを握り締めている。
だが何か不満そうで、首を傾げていた。そして自分の金髪を手に取ると、何かに気付いたかのように口笛を吹いた。
「髪、まとめた方がたぶん可愛い」
言った瞬間、アルテナの金髪が透明人間にでも持たれているように宙に浮いた。
「ああ、違うよ。二つ結びがいいな」
そのように言えば、ちゃんとそのように結ばれて行く。彼女が鼻歌混じりで命令を下す声は、見世物小屋で歌っていた少女の声だ。しかし感情豊かな口調は、ハーミーズが筆談していたからくりそのものだ。
「ね、ハームちゃん。声を発するだけで、魔術が発動する恐るべき存在だよ」
「お前だって、似たようなもんだろ?」
だが、ヤヘカは違うと首を横に振った。
「僕たちは、泣き叫ぶ声だけで魔術を発動出来はしないよ。無意識化での制御の有無だね」
髪を結い終えたアルテナがこちらを向く。羽ペンを持つ手に力が入った。言葉を交わさずとも、彼女には敵が誰だか分かっているようで、長い棒を持ったヤヘカだけを見ている。
「ねえ、隙をみて魔術をかけて、やっとあの変な男の子から逃げてきたの」
「よく頑張ったね、お人形ちゃん」
「―――ハームを返してよ」
アルテナが言えば、引力でも発生してハーミーズの体は彼女の方に引っ張られていくはずだった。だがびくともしない彼の体に、少女は不機嫌そうに首を傾げる。
「残念でした、お人形ちゃん。ハームちゃんが魔術妨害体質なのを忘れちゃったのかな。それから今さら何の用事でハームちゃんを欲しがるのかな?」
言われて気が付いたのか、アルテナは少しムッとした表情で向かって歩いてくる。声で引っ張ることが出来ないならば、力ずくででも連れて行こうというのだろうか。少女の細腕では無理に見えたが、それでもアルテナは歩みを止めなかった。
「僕は何となくお人形ちゃんが来るんじゃないかって思ってたけど、でもあくまで僕がこの場合取るだろう行動と比較した結果で、だよ。お人形ちゃんも僕と同じ行動理由でここに来たのかな?」
「ハームが気に入ったの。気に入ったものは欲しいでしょ? ずっと一緒にいたいもん」
「やっぱりね、僕と一緒。誰か一人に対する精神的依存が強いんだ」
ヤヘカは意地悪そうに笑って、棒だけの鎌を構えた。
「三日月の蟷螂 不幸なる大鎌 振りかざせ!」
今度は、容赦なく切り刻むつもりなのだろう。三日月には、刃がある。鋭利な光る大鎌が生身のアルテナに向けられた。
「片割れを見捨ててまで欲しがるのがハームちゃんなのは褒めてあげる。いい趣味してるよ。でもハームちゃんはもう僕の物なんだよ。他人の物を欲しがるのは、はしたないことだよ、習わなかった?」
その刃を不快そうに、アルテナは見やる。そして持っていた羽ペンの羽の方を、敵に向けた。
「そんな柔な羽でどうしようっていうのかな? お人形ちゃん」
「風刻む鷲 幸福なる翼 舞い踊れ!」
ヤヘカに向けられた白い羽に風がまとわりつく。徐々にその厚さと長さを増し、遂には一本の長剣に変ずる。アルテナがそれを振るう度に、ごうごうと大鷲が羽ばたく音が聞こえてくるようだ。
「これで、いいでしょ」
彼女独特の、高飛車な笑い方をしてアルテナはもう一歩踏み出した。
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