第24話 土と風の激突

 先に踏み出したのはアルテナだったが、より大きく飛んだのはヤヘカの方だった。長い三つ編みを蛇のようにうねらせて鎌を振りかざす姿は、まさに本の中で囁く死神の姿に見える。得意の空中歩きで三段跳びをし、アルテナの真上から長大な鎌を振り下ろした。


「大振りし過ぎじゃないの!」


 後ろに飛んで鎌を避けたアルテナは、風の長剣を構え直しながら軽口を叩く。だが自分がいたところに大穴が開いたのを見て一瞬動きが止まった。


 その隙を見逃す優しさを知らないヤヘカは、答えもせずに鎌の背を突き立てて突進する。風と土が派手にぶつかり合って火花が散った。


「よそ見が出来るくらい暇?」


 ヤヘカは口だけを弓のように笑わせて、軽い風の剣を弾いてもう一度鎌を引いて大きく被りを振る。またも大鎌が振るわれて切っ先から三分の一が地面にめり込み、周囲の地面をひび割れさせた。


「当たらなきゃ意味がないもん」


 アルテナはふわりと飛んで空中に立つ。始めにヤヘカが空中を走ったのを見て、初めてやってみたのか少々バランスを取るのが難しそうだった。だがそれでも両手を広げて立った。


「そっか、こうやれば空を歩けるんだ。なるほど」

「見よう見まねでも、歩けることには驚いたなー……。ちょっと嫉妬しちゃう」


 鎌を地面から引き抜いたヤヘカがフラフラと立つ彼女を見上げながら首を傾げた。それを見て、間髪入れずにアルテナは指を交差させて術式を絞り出す。


「舌裂かれし蜥蜴 尾を引きずる火球 流れ落ちよ!」


 地上から空中への追撃をしようとしていたヤヘカに向かって、猫くらいの大きさはあろうかという火の玉を4個投げつける。ヤヘカはそれを避け損ねて長い服の袖を一部燃やしてしまった。忌々しそうに燃えている袖を千切って捨てる。


「悲しき魚の目 緩やかなる瀬 流れ流れよ」


 そう口答すると、指で作った輪から流れる水を頭から被り、完全に鎮火した。裾を絞って空中でバランスを崩したアルテナに向かって走り出した。またも落下地点で風の剣と土の鎌が火花を散らす。


 菩提樹に沿うように立って見ていたハーミーズは、これまでの経験でヤヘカが本気ではないにしても戦闘を回避しようとしていないことには気が付いていた。下唇を噛む。


「お兄さん?」


 菩提樹の陰まで率先して逃げていたケーロスが、眉間にしわを寄せて先ほどよりも一層怖い顔をしている青年の顔を覗き込んだ。少年が話しかけたことには気がつかず、彼は隣に立っているプラトの肩を強引に掴む。


「命令はアルテナを殺してこい、なのか?」

「捕縛せよですが、無理ならばあるいは」


 そうか、とだけ答えたハーミーズは一歩引いて腕組みをしてしまった。半眼気味に目の前で繰り広げられている風と土の戦いを眺めている。


「お兄さん、あれはヤバいよ。ヤヘカさんの方は程度を知っているけど、多分アルテナの方は知らないんだ。喧嘩も行きすぎると相手が死んじまうんだ!」

「アルテナが勝つことはまず無いから、それは安心していい」

「優勢なのはどう見てもアルテナだろ!」


 ケーロスは菩提樹の陰からやっと姿を現して、ハーミーズの腕にすがりつく。この状況で冷静に眺めていられる彼にしか、彼女らの戦闘行為を停止させることは出来ない。それは魔術を停止させる彼の体質と、そして双方の目的から考えても彼しかいない。だがどうあっても彼は動こうとしない。


「ヤヘカが勝つ」


 独り言でも言っているのか、必死の懇願はまるで聞こえていないようだ。


「お兄さん!」

「見ていれば分かるさ。ヤヘカはこんなもんじゃない」


 いつの間にか暗くなり、綺麗な満月が照らす下でさらに何合目かの火花が散った。


「沈黙の蜘蛛 木々の魔の糸 捕え掴め!」


 またも上空を取ったアルテナが下から飛び上がってくるヤヘカに対して呪文を発する。その術式を聞いたヤヘカがしまった、という顔をした。手を伸ばして何かを掴んだようなアルテナはやったとばかりに笑った。


 ヤヘカの飛び上がった地面から無数の土から成る紐が伸び、飛びあがって身動きの取れない彼女の手足を絡め取ろうと迫る。一本二本、三本までは鎌とその柄で叩き落とした。だが四本目が死角から右の手首を絡め取る。掴まれた拍子に捻られた手から鎌が落ちた。


「捕まえた!」


 アルテナの甲高い笑い声と共にさらに何本もの土の紐が、手足と言わずヤヘカの体を拘束する。見動きが取れず、断ち切る鎌も手から落としてしまい、何も出来ないままに縛られていく。


「木に縛って」


 アルテナが言うと意思を持った土の紐達は何重にも縛りあげながら手近な木の幹にヤヘカの体を縛りつけた。


「これで終わり」


 アルテナは両手を上に掲げる。


「舌裂かれし大蜥蜴 尾を引きずる大火球 流れ落ちよ!」


 掲げた手の平の中から徐々に火の玉が生まれ、そして大きさを増して行く。先ほどの比ではない。大きさは数倍、牛くらいの大きさだ。アルテナは自分の髪すらも燃やしかけている大火球を、縛り付けられたヤヘカに向かって投げつけた。


「ヤヘカさん!」


 悲痛な叫びを上げたのは、ケーロスだけ。後の二人と、投げつけられた本人は冷静にその光景を見ていた。


 木が燃える。立っていたはずの生木だが、今や中央で真っ二つに折れて音を立てて燃えていた。


「山火事になりますね」


 冷静に言ったのはプラトで、即座に水を降らせる術式で木の周囲に水を撒いた。焦げた臭いと黒い煙が辺りに充満していく。動く影は見当たらなかった。


 燻ぶる黒い塊を見て、アルテナは空中から降りてくる。こんな経験は初めてなのか、気持ち悪そうに目を逸らしていた。


「ハーム、あの子、死んじゃった?」

「……気を抜かない方がいいぞ」


 何を言われたのか理解に苦しむ表情をしていたアルテナは、その瞬間不意に首を掴まれた。息が止まったように見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る