第22話 パズルのピース

 中将と言えば雲の上の人だ。軍事関係ではあと上は大将と元帥のみ。将軍職を務めるのは、国に数人しかいない。


「あれー知らないの? ハームちゃんったら、お友達には家族の紹介はしないと」

「こいつは友達じゃない、余計なことは言うな!」


 手が動かせれば真っ先にヤヘカの口を塞いだのだろうが、残念なことに手は体の後ろから前へも回せない。にまにまと笑いながらヤヘカは舌舐めずりした。


「ハームちゃんのお父さんは、魔道将軍と呼ばれたローゼンクロイツ中将なのだよー少年。そしてこの僕の直接の上官でもあるわけなのだ」


 ヤヘカ自身が偉いわけではないが、どうしてか彼女は胸を張った。補足説明が全くない中、ケーロスは目が点のままハーミーズの方に顔を向けて助けを求めている。だが彼は明らかに憤然としていて、少年の方すらまともに見ていないようだった。見るに見かねたプラトがまた助け船を出す。


「ハーミーズ様は、ディエウス・ローゼンクロイツ中将の御子息です。本来ならば我々が護衛として付くべきなのでしょうが」

「ちょっとへそ曲がりな次男坊は三年前、十七歳の時に家出したまま行方知れずだったんだよー、ね?」

「うるさいな……」


 あからさまに不機嫌そうに、それも冗談抜きに怒っているようで、ハーミーズは額に皺をよせて顔を背けた。その横顔を見ながら、やれやれといった表情でヤヘカはため息を吐く。いつものことのようで、それ以上は何も言わなかった。


「それで? ヤヘカは何で大大大好きな上司の息子をこんな風に縛っておくんだ」

「囮だからだよ。きっとアルテナはここに来るからね」

「答えろよ、アルテナは一体何者なんだ? まだ自分は嘘が苦手だからって、部下に代弁させるつもりか?」


 怒ったままのハーミーズは、それはそれで迫力がある。隠していた爪などという種類の気迫があるならば、今の彼はまさに爪を出した状態だ。


 さしものプラトも少し感心したように見る。ヤヘカが大人びた笑みを湛えながら少し小首を傾げる。さながら子供の形をした死神が、誘惑しているようだ。


「聞きたいの? 戻れなくなるよ」

「今さら遅いさ。アルテナにどれだけ迷惑を掛けられたことか」


 ハーミーズはまだ表情を緩ませない。それを確認してヤヘカは口を開いた。プラトが少し動いて、喋らせるのを止めようとしたが、それすら彼女は手で制する。


「人工的に先天性魔術師を造る計画があったんだ。人工的に僕たちのような兵器を量産しようとして、実際に作っちゃったんだよねー」


 言ってから、少しも驚いた顔をしないハーミーズをヤヘカは見据えた。


「親父の権限で……ではないな。そんなことをしたら、流石にお前は親父を見限るだろう」


 その言葉にヤヘカは頭を縦に振る。当たり前だ、ともそんなことを考えることすら許さないとも取れる。


「中将はそんなことしない。僕を拾ってくれた人だからね。黒幕は別だよ、今他の部下に調査させている最中」


 ハーミーズは縛られたままの体勢で、頷きながら目を泳がせた。考えている時の癖のようなもので、旅をしている間はあまりなかった。その光景をみて、ヤヘカは密かに微笑む。徐々に昔の彼が戻って来ている。


「そのプロジェクトの産物が、アルテナか……。脱走した先天性を無傷で連れ帰ることが出来るのは、同じ力量以上の先天性魔術師だけってことだな」

「ご明察、と言いたいところだけれど、ちょっと違う」


 ヤヘカが頭を横に振って見せた。するとハーミーズはまた目を泳がせながら数秒間考えを巡らせる。一度目を閉じて、思考を整理すると口を開いた。


「そうか、先天性の少年に配役が無いな……」

「さすが中央高等教育学校主席。首都包囲網から逃げて家出をした頭の持ち主だね」


 褒められてもあまりうれしくなさそうだが、ハーミーズは黙って頭を振った。


「ヤヘカ、アルテナの生身の体の方はどうした?」

「……」

「昨晩、お前ら二人が攫ってきたんだろ? そう見世物小屋の連中に聞いたぞ」

「これだから、頭の回転の速い坊やは嫌いだよープラト君」

「ですね」


 ヤヘカとプラトは気まずそうに顔を見合わせて苦笑いした。共犯者と言うよりは、二人で失敗してしまった子供のようだった。


「うっかり取られちゃったんだよ、その先天性の少年の方に」

「なのです、ハーミーズ様」


 ふうと二人してため息を吐いてみせる。だがその様子は任務をしくじったというよりは、もう一度の機会を待っているように見える。


「で、その少年もプロジェクトの産物か?」

「まあそうなんだけどさ……」


 そう言った瞬間、ヤヘカは顔を森の外に向けた。じっと動かず、何者かの気配を探っている。一歩分、じわりと前進した。


「プラト、縄を切ってあげて」

「了解しました」


 顔を向けず、手で指図したヤヘカの横顔には緊張が張りつめている。そろりと伸ばした手が柄だけになっている鎌に触れた。


「来たのか?」


 ハーミーズの問いに、ヤヘカは少しだけ頷く。だが恐らく半分も聞いてはいないだろう。その集中力と言えば、半端ないのだから。森の入口の方に、人影が見えた。それは小柄な女の子のように見えた。

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