6-2 オサム、サーフィンの魅力を説明できる?

「ソーニャが長期滞在なんていつ言った?」


 夜にに電話をして、ソーニャの滞在のことについて聞いてみる。すると静佳はさも常識を説明するような口調で答えが返ってきた。


「ソーニャもああ見えて大学生、オサムくんと同い年だぞ。異世界から来た女子じゃないし、サーフィンの妖精でもないぞ」


「そんなことは分かってるけど――」

「じゃあ、なにが分からないんだ?」

「それは……」


 オサムは浮かない言葉に詰まったところで、どうして静佳に電話をかけたのか疑問を感じた。どういう答えを求めていたのだろうか、どういって欲しかったのか。


「急に帰ることを聞いてびっくりしたんだと思うけど、後数日間でもソーニャと仲良くしてやってほしい。なにか心残りがあるなら今のうちにな」


 淡々とした口調で静佳が言うとそのまま電話は切られる。


「俺は……なにがしたいんだ?」


 話し相手の居ない電話に問いかけるように、オサムは絞った声を出した。


 だがいつまでもスマホ片手に考えても答えは浮かばない。手持ち無沙汰にとりあえず筋トレを始めようと思い、ダンベルを持ち上げながら考える。力があればある程度のことは解決するし、今までオサムはそうしてきた。


「心残り……か」


 静佳に言われた言葉がひっかかる。


 自分はソーニャとなにがしたかったのだろうか?


 静佳が連れて来て、付き添いでサーフィンを見ていたら一緒にサーフィンがしたくなって、ウェットスーツやボードを取り寄せて、トレーニングメニューを増やして、そこまでしてサーフィンがしたくなった理由はなんだったのだろうか。


 オサムはダンベルを持ったまま手を動かさずに考えていた。

 


 ソーニャがロシアに帰る話は奈美の耳にも入っていた。その次の日、に話さないといけないと思った奈美は早速、優里亜とカフェで話をすることに。


「あら、そうなの。ま、ライバルが減っていいけどね」


 最初の優里亜の反応は意外とそっけなかった。

 びっくりしたり大きなリアクションをとったり、聞き返したりせず、夏の夜のように涼しい表情でコーヒーに口をつける。


「いいんだ」

「そりゃそうよ。それにオサムをたぶらかす相手も減るだろうし」

「減るって、他に誰かオサムくんにちょっかい出してる恋のライバルは居たっけ?」


 奈美の目から見ればソーニャくらしか思い当たらない。理衣も静佳もオサムのことを気にしてはいても、恋愛とは違う気がしている。


「奈美、前にオサムの腕に抱きついたり、体触ろうとしてたの、あたしが忘れたと思って?」

「えへっ」


 優里亜のイヤミ前回の声と表情に、やっぱりバレてたんだと舌を出す奈美。あのときはオサムの筋肉に夢中だったのだ。


「奈美以外にも、ストーカーの理衣さんとかいるし、なにがいいのかしら」


 優里亜は興味なさそうな口調でそっけなく言ってみせるが、

「それは優里亜ちゃんがよく知ってるんじゃない?」


 奈美の知ってる範囲で、オサムに一番ベタぼれしているのは優里亜だ。そんな優里亜がオサムの魅力を語れないわけがないと思っているが、

「そうかしら」


 表情を変えない優里亜を見て意外とそうでもないようだと奈美は感じた。幼なじみの男の子を好きになる女の子は、大抵こういうところが好きというのを具体的に持っていないのかもしれない。


 サーフィンと一緒だと奈美は思いながらも、ボロがでないか優里亜の表情を伺い続ける。


「まあ、ソーニャには感謝してるわ。オサムにサーフィン教えてくれたおかげで、オサムと一緒にいられる時間も増えたし。これからはあたしがオサムにサーフィン教えてあげないとね」


 優里亜は空いた箇所に乗る気満々と、偉そうな表情で言う。


「それじゃ、奈美ちゃんは誰を目標にサーフィンするの?」

「それは……そうねぇ」


 ストローでコーヒーを飲みながら上目遣いで考えた。


「ソーニャちゃんが来て、優里亜ちゃん前より頑張るようになったと奈美は思うの。ホントはソーニャちゃん居なくなって寂しいとか思ってるじゃない?」


 一時期はソーニャにライバル意識を燃やしまくってた優里亜だったが、その意識がなくなったときにどうなるか。張り合いがないとさびしがるんじゃないかと奈美は思って、優里亜を煽るように言う。


「ばっ、馬鹿言うんじゃないの!?

 そりゃ、ちょっと張り合いがなくなるかもとか思ったけど、それでも恋のライバルは少ないに越したことはないわ!」

「優里亜ちゃんって、理衣さんの言う『ツンデレ』だよね?」


 奈美の思った通りだった。優里亜は優里亜で、ソーニャのことをかなり認めているのが今の発言でよく分かった。自分がうまく乗れなかったショートボードで、自分のできないテクニックを見せてくるソーニャはソーニャは優里亜にとって恋愛だけでなく、サーフィンにおいてもライバルだった。


「変な言葉覚えるんじゃないの!」


 理衣の影響だと優里亜は思って、眉を吊り上げて言う。


「理衣さんのいうツンデレっていうのはね『あんたのために作ったんじゃないんだからね』とか言って、弁当を渡すアニメに登場しそうな金髪ツインテール少女のこと!

 あたしそんな作り物のキャラクターじゃいの!」


「はいはい、そうっすね~」


 モノマネをしながら優里亜のことをからかって笑った奈美は表情を戻して、

「奈美はちょっと心配なところがあるんだよね。オサムお兄さんに」

「あいつのどこが心配なのよ?」


 優里亜はツンツンした表情のまま、奈美の言葉に疑問を持つ。


「オサムお兄さん、ソーニャちゃんが居なくなってもサーフィン続けるのかなって」


 せっかくいい人材が入ってくれたのだ。体もできてるし、懐も大きくて、面白いひと。それでいてお店の常連。オサムがサーフィンをやめてしまうと奈美も泳ぎの練習のモチベーションが間違いなく落ちる。

 奈美はそれが心配でうつむき、アイスコーヒーのグラスを揺らす。


「続けるでしょ。オサムはそんなに簡単にやることを放棄したりしないわよ」


 奈美の心配をよそに、優里亜はそんなことを全く気にしていないような口ぶりとツンツンした表情で否定する。


「信頼してるんだ」

「そんなんじゃないの。もし辞めそうになったらあたしがやめさせない。今度はあたしとサーフィンするんだからねっ」


 やっぱりツンデレだなぁと奈美は笑った。



 早くも大会の前日となった。

 ソーニャとサーフィンができるのもこの日が最後となる。


 だが、今日もオサムは調子を取り戻すことができなかった。


 まったく乗れないわけではない。それでも先週までのようにはいかず、何度も海に落ちた。


「あー、湘南の海ともしばらくお別れかー」


 この日もサーフィンのあとは『エアシップ』のテラスにて、夕日を眺めながらサーフィンの余韻にひたる。ソーニャは特にこれを見るのは最後になるからか、とても名残惜しそうな目で、夕日に照らされる輝く相模湾を見つめ、波の音を感じている。


 だが碧い目の奥には、サーフィンをしているように前を向いて波に乗れる力強さを感じる。


 オサムはそんなソーニャを見て、前だけではなく少し後ろを見てほしいと思ってしまい、

「なあ、ソーニャ。もうちょっと日本にいることはできないか?」

「それはできないよ。ロシア戻ったらすぐに学校あるし」


 ダメ元で聞いてみたが答えは当然ニェット。英語にするとNOだ。分かってはいたのに聞いてしまったという後悔と、寂しさがオサムの表情を曇らせてしまう。


「オサム、どうしたの?」


 あまりも暗い表情に、ソーニャも心底心配そうな表情で優しく聞く。


「俺、ソーニャにもっとサーフィン教わりたい。もっとたくさん技術を磨いて、色んな物が『見たい』」


 オサム自身、これが本当に伝えたかったことか、本当にしたいことなのかどうかは分からない。それでもソーニャにサーフィンを教えてほしいのは自分でもはっきり分かる数少ないこと。


 その気持が伝わったのか、オサムの真剣な目を見てソーニャは、

「オサム、サーフィンの魅力を説明できる?

 前にワタシがサーフィンの面白さを伝えたみたいに」



 前にサーフボードを選ぶときにも見せ、理衣の本心について聞いたときにも見せた、強い表情と口調でオサムに質問を返す。


 ソーニャははっきりとサーフィンの好きなところ、サーフィンの魅力を説明できる。オサムはそれを聞いてサーフィンのことをもっと知りたいと思ったし、実際に始めることができた。ソーニャはオサムよりも『サーフィンの世界』に近い。


 自分はその世界、波に乗っているときに見える風景には程遠い。あの風景がなんなのかすらも分からない。


「まだ説明できない」

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