第五章 江ノ島どたばたデート

5-1 オサムお兄さんってシスコン?

「また駐車場に泊めてるー。

 お客さん以外は駐車しないでって言ってるじゃないですか!」


 オサムが『エアシップ』に着くと、ツンツンした奈美の声が聞こえた。


「今日はソーニャのサーフィンを見に来たのよ。

 ここのお店のお客さんであるソーニャの知り合いの私もお客さんってことでしょ?

 だから、お客さんってこと」


 奈美が文句をいう相手は、オサムの予想どおり静佳だった。静佳の言い分は悪い大人が子供を言いくるめてるようだとオサムは目を細めた。


「むー……ならいいですけど」


 口では言っても不服そうに顔をふくらませる奈美。

 そんなやりとりを見ていたオサムに気がついた静佳が、

「やあ、オサムくん。サーフィンを見に来たよ」


 爽やかなあいさつを言う。

 今日もスーツ姿なので仕事の合間に来たのだろう。それでも忙しさが見えないあたり、大人の余裕を感じさせる。


「ようやく乗れるようになったので、そんなに面白くないかもしれませんよ?」

「いいんだよ。君が元気にやってるところが見たいだけさ」

「まるで姉みたいなこといいますね」

「君だって私を姉のように扱ってるじゃないか」

「そうですけど、そう呼べって言ったのは静佳ねぇだよね?」

「今もそうだが、オサムくんもノリノリだったじゃないか」


 オサムが小説を書いていたとき、最初はうまく会話ができなかった。

 静佳もオサムと歳が離れているので、どうしたらいいかと考えた。そこで自身を姉のように接して、そう呼ぶように言った。


 あまり仕事の相手だと思わないで、親戚の姉のように考えてほしい。


 ひとりっ子だったオサムは、自分に姉が居たらこう接するだろうなと想像しながら、静佳と会話するようになった。

 静佳も弟ができたみたいで楽しく仕事ができた。


 そのおかげで、オサムが小説を書いていない今でも、付き合いがあるのだとオサムは思っている。


 一方で静佳はオサムともっと一緒にいたくて、プライベートで交流を続けている。


「オサムお兄さんってシスコン?」


 奈美は真顔でオサムに問う。

 そんなエピソードは奈美には分からないので、オサムが静佳のことを慕っているのはそういうふうにも見えた。


「いやいや、それはない」

「そうよね~。オサムお兄さんは奈美のお兄さんですし」

 と奈美はオサムの腕に抱きつく。それを見た静佳は腕を組んで、

「ほ~、オサムくん妹ができたのかい?」


「な、奈美ちゃんは俺より年下だから俺のことそう呼んでるだけで、別に妹ってわけじゃ――」

「奈美ね、一人っ子だったから、お兄さん欲しかったの。だからオサムお兄さんがお店にくるようになって奈美はうれしいなー」

 オサムは否定したかったが、奈美が間髪入れずに妹宣言をしてくる。抱きつく力が強くなってくる。


「ほうほう、ならばこの私が奈美ちゃんのお姉さんになるけどいいかな?」

「お姉さんはいいや、オサムお兄さんだけほしい」


 奈美の小悪魔な発言と笑顔に、静佳の笑顔がこわばってきた。


「コンニチハー」


 店内で奈美と静佳が火花を散らしている中、ソーニャという水がカーテンの中から出てきた。静佳と一緒に来なかったのはどうやら、買い物をしていたらしい。

 状況を見るなり、

「みんな仲良しだねー」


「この状況を見て仲良しと言えるソーニャが羨ましいよ」

「ワタシはオサムが羨ましいよ? 友達いっぱいで」


 ソーニャの性格なら友達がたくさんいそうな印象があるのに、そうオサムが思ってそれを聞く前にカーテンが勢い良く開く音がする。


「こいつにそんなに友達が居るわけ無いでしょ!?」


 そう言ってオサムの台詞を奪ったのは、更衣室から出てきたウェットスーツ姿の優里亜。


「なんで優里亜が言うんだよ」


 オサムはツッコミ先を変更。優里亜は最近オサムの台詞を奪う。


「だって、そうでしょ……。友達なんてあたししかいなかったくせに」

「いやそれはない。小説書いてたのを話したのは優里亜だけだったけど」


「大丈夫だよ!

 今はワタシも、シズカも、ナミも、リーもいるよ!

 それにみんなユリアともお友達!」


「な、奈美や理衣さんはともかく別にあんたなんか……」

「同じ海の波に乗ればみんなサーファー仲間だよ!」


 両手を上げ海を称えるように言うソーニャ。優里亜はムキになって、

「言っておくけど! あたしはあんたのこと仲間なんて思ってないんだからね!」


(おいおいそれじゃまるでツンデレの台詞じゃないか)


 あまりにお決まりの台詞だったので、思ったことを口にしたかったオサム。だが多分火に油を注ぐんじゃないかと思ったので黙っておく。


「じゃあ、なんて思ってるの?」


(ソーニャみたいなタイプがその台詞で優里亜を嫌いになるわけないじゃないか)


「それは……ら、ライバルよ」

 優里亜としては宣戦布告だった。オサムは渡さないし、サーフィンでも自分のほうが上手だって証明したい。そのために今まで自信がなくて参加してこなかった、大会への参加も決意したのだ。


「ライバル……うん! ワタシがユリアのライバル、素敵」

 優里亜は頭を抱えた。そういう意味で言ったんじゃない。でも本当の意味を言うわけにはいかず、次の言葉に悩む。

「ワタシも負けないよ! サーフィンの大会、がんばろうね」

「そうね……練習してくる」

 多分この子に何を言ってもうまく伝わらない気がしてきた優里亜は、店を出て海へ行く。

「ワタシもー。ほら、オサムもユリアに負けないようにがんばろ!」

「いや、ソーニャは着替えてきてよ」

「そうだった!」

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