第三章 サーフィンショップの店員さん
3-1 いい筋肉でした。ごちそうさまです
「あら、オサムお兄さんいらっしゃいませ~」
甲高い音のするドアベルを流しながら、今日もサーフィンショップ『エアシップ』にオサムはやってきた。店に入ると聞こえてくる黄色い声のが、足音をたてて駆けてくる。
「今日はおひとり?」
「うん~、ウェットスーツがないか見に来たんだけど」
オサムはサーフィンについて必要な知識を数日間かけてネットで調べ、その結果ウェットスーツも重要であることが分かった。体に身につけるものであり、これをケチると大怪我などに繋がるほどだということもネットには書かれている。
「おっ、やっぱりサーフィン始めるんですね」
オサムがサーフィンを始めることについては先日、奈美から電話で聞いていた。だがここはあえて知らないふり。作戦会議については優里亜から固く口止めされている。
「まあ、いろいろあってね」
「ふふっ、いろいろあったんですね」
奈美はその『いろいろ』について知っているので、説明を渋るオサムが面白くて仕方がなく、入れすぎた炭酸ジュースのように自然と笑みが溢れる。
奈美は入り口を狭めたホースのようなテンションで走り、店のカウンター裏からメジャーとメモ帳を取ってきた。
「まずはサイズ測りますね~」
と男子更衣室へ案内する。カーテンを閉めて、合法的にオサムの体に触れる。
「小説書きさんって聞いてるけど、思った通り体ガッチリしてますね~」
サイズを測ってみるとオサムの体がよく分かる。奈美の見立て通りの数字、体の硬さだ。
「鍛えてるから」
さらっと答えるオサムだが、奈美としてはこの体が出来た経緯も気になる。
「小説って体鍛えてないと書けないの?」
「昔いじめられてて、その対策で体鍛えたんだ。喧嘩売られて相手をボコったら怒られたけど」
「意外とワイルドなんですね」
「ワイルドっていうか、なんでも力技で解決しすぎだって優里亜に言われる」
「例えば?」
「不良に絡まれた優里亜を助けるために、優里亜を担いで逃げたとか。パンクした自転車を担いで自転車屋に持って行ったとか、壊れたドアを無理やりこじ開けたとか」
「やっぱりワイルドですね」
そこがいいなと思った奈美は胸にリボンが結ばれるような感じを覚える。
「でも、体鍛えてあるってことはサーフィンだと有利だと思いますよ。結構体鍛えないと出来ないスポーツなんで」
「そうなのか……」
ソーニャや優里亜、そして目の前に居る奈美を見ると、感覚やセンスのほうが必要にも見えていた。
だがサーフボードの上でバランスをとるということや、海を泳ぐにはそれ相応の体力や体が必要なんだとオサムは奈美の言うことを解釈し、うなずいた。
「じゃあ、プールとか通って体力づくりとかした方がいいかな?」
「それいいかもですね。近くにありますし」
必要な箇所のサイズを測りメモし終わると、こっそりと両手を合わせた。
(いい筋肉でした。ごちそうさまです)
当然口には出さずに奈美はお礼を言う。それから何食わぬ顔で、
「測り終わりましたよ」
「ありがと」
「ウェットスーツはどれにします?」
と奈美は目を細め、はしゃぎながらカタログを出してオサムに見せようとする。
「それなんだけど、オーダーメイドって受け付けてる?」
ソーニャも優里亜もウェットスーツはオーダーメイドだと聞いた。店におかれてる既成品もあるが、自分の体に合ったものを探すよりそのほうが良いとふたりは言う。
このふたりは実は似てるのではないかとオサムは思い始めた。
サーフィンをする理由みたいなのも似てるし、こういう考え方もそっくりだった。
そんなふたりの言うことなら間違いないだろうと、言われたとおりのことを聞いてみた。
「オーダーメイド? オッケーですよ!
うち、これでも良い企業さんと仲良くて、いいの用意できますよ~。
パンフ持ってきますね!」
奈美はなんだか楽しくなってきた。久しぶりの良いお客さんというのもあるが、本格的にサーフィンを始めるいい男の子がやってきたのが嬉しい。
カウンター裏に並ぶファイルを取ってきて、オサムのところに戻ると彼は一枚のポスターを眺めていた。
サーフィンのアマチュア大会のポスター。
開催日は八月最後の日――夏休み最後の日だ。
参加資格はアマチュアであること限定であり、オサムも参加資格を満たしているのかが気になっていた。
「出てみます?」
「初めて一ヶ月も経たずに出れるものなの?」
「初参加限定の部もあるんですよ。
こういうのは目標はあると、乗る波が分かりやすくていいと思うんで、奈美的にはおすすめです。
とりあえず、チラシ持って行ってださいよ」
「サーファー特有の比喩表現?」
「そう? 普通ですよ」
奈美は小さい頃からサーフィンやってそうなので、そういう言葉が当たり前なのかもしれないなとオサムは思う。
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