2-9 あんたが決めたことならそれで……

「おまたせ」


 オサムは夕陽をボケーっと見つめていると、優里亜が着替えを終えてやってくる。


「おう、ジュース飲むか? おごるぞ」

「やったっ」


 店の横にある自動販売機で、オサムはコーラを、優里亜はスポーツドリンクを選ぶ。オサムは早速缶の蓋を開けようとするが、

「ここで飲むの?」


 優里亜は店の建物の上を指差す。自動販売機の奥にはしごがある。


「奈美のお父さんがね、サーファーの交流の場所にしてほしいって作ったらしいんだ」

 屋根の上に登ると、ビーチパラソルにテーブルと椅子が用意されている。屋根の上で車や防波堤を飛ばして見える相模湾夕日に照らされ先ほどとは色を変えていた。江ノ島もシルエットになっており、一日が終わっていくのが分かり寂しさを覚える。


「その割には、ひとがいなさそうだけど」


 ついでにそんな交流の場所にはひともおらず寂しさの要素を増やしていく。


「そういうこと言わない」


 奈美の父親をフォローしながら、優里亜は椅子に座り改めて缶を開ける。オサムもコーラに口をつけて思った。ここから夕陽を眺めながら七里ヶ浜を眺めるのは、気分が良さそうだ。


「で、どう? 小説書いてみたくなった?」

「いや、残念ながら」

「なによそれ」


 オサムのインスピレーションを刺激しょうと思って誘ったのだ。それがこの反応だと、今日のサーフィン鑑賞料イコールジュース一本では割にあわない。


 優里亜はそう思ってやけ気味にジュースを口に流し込む。


「俺、サーフィンやってみようと思う」

「なんでそうなるのっ!?」


 優里亜はジュースを飲み込んでから、下の奈美にも聞こえるほどの声を出す。


 サーフィンを薦めたときにやってほしかったのに、今更始めるなんて言われると優里亜としては文句も言いたくなる。


「やっぱりあのソーニャって子にそそのかされたの?」


 今始める理由としてはこれくらいしか優里亜には思いつかなかった。


「そうじゃない。 小説を書かなくなって、しばらくダラダラ生活してたけど、

やっぱりなんかやらないとつまらないなって思う。

 小説書くにしても全く書きたいものが見えてこない。

 ならきっかけはどうあれなにもしないより、新しいこと始めたらいいんじゃないかって」


「あんた、小説でも同じこと書いてたわよ」


 引きこもっていた魔法使いのキャラが、錬金術士への転職を決意したときの台詞だと優里亜は記憶している。オサムはすっかり忘れていたようだ。


 そんなオサムが決心したような目をしていたのは、サーフィンをすることだったようだ。


 優里亜は自分の思っていたのと違うことに少しがっかりした。

 でも時間がかかったとはいえ、自分の好きなサーフィンに興味を持ってくれたことも嬉しかったので、

「ま、いいんじゃない。あんたが決めたことならそれで……」


 優里亜は目をそらして、

「あたしも見ててあげるからさ」


「そういうことはこっち見て言えよ」

「うっさいわね」


 奈美の表情も、江ノ島と同じくシルエットになって分からなかった。

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