5-3 すごーい。お祭りみたいー

 待ち合わせ場所の江ノ島電鉄江ノ島駅。今日も観光客や海水浴客で賑わっている。


 今日の天気は晴れ。絵に描いたような夏の濃い青空に、甘さ控えめのわたあめのような白い雲が多い。そんな雲で日がちょくちょく隠れるが熱中症に注意とラジオでも言っていた。


 麦わら帽子をかぶり、涼し気な白のワンピースの優里亜は待ち合わせの三十分前に駅前に立っていた。


 朝早く起きてしまい、ゆっくり支度をして待ち合わせ場所に向かったとしても、到着は二時間前。漫画を読んで一時間つぶし、その後はゆっくり移動しようと思って来たらこんな時間だった。


 あまりにも暇だったのでスマホで今日の運勢でも見てみようかと思った。

 適当に検索して一番上にでた占いに、誕生日と血液型を入力。


『運気上昇! ライバルが意外な利益をもたらしくれるでしょう。思わぬ物がもらえるかも? でも油断大敵だよ』


(運気ね……恋愛運が上がって欲しいんだけど。

 でも、ライバルが思わぬ利益って――)


「あー、ユリアー」


 噂をすればなんとやら。手を振りながら改札から騒がしい声が出てくる。その声の主の後ろには、本来一緒に江ノ島に行きたかった相手がいる。


 ソーニャのなびく金髪と赤いカチューシャは、日陰でも眩しく見える。襟元に大きなフリルが付いたおしゃれな白いドレスシャツが、さらに明るさを強調させる。


 優里亜はその格好をまるでデートみたいだと思った。


「よう、早いな」


 対してオサムはそんなことはまったく意識してないようで、Tシャツにダメージジーンズといつもどおりの格好。


 まるで自分がバカみたいじゃないと優里亜は思って、

「おっ、思ったより早く着すぎちゃっただけよ。勘違いしないでよね」

 気持ちを別の言葉にしてオサムにぶつける。


 そんな思考があったことは当然ふたりには分からないので、一体なにを勘違いするのだろうかとオサムもソーニャも首を傾げる。


「今日の優里亜可愛い!」

「そっ、そう? いつもこんな感じよ」


 デートだから家にあるファッション雑誌を読みなおし、自分なりにがんばってコーデしてきた。だけどそんなことは恥ずかしくて口が裂けても言えない。

 ライバルが居なければ少し自慢してもよかったかもしれないが、ここでソーニャが言わなければ、オサムはスルーすると優里亜は予想。


「ううん。今日は特別可愛い! オサムもそう思うよね?」

「あ、ああ。なんか『女の子のおしゃれ』って感じがするぞ」

「そっ、そう……」


 優里亜がうつむいて帽子で顔を隠す。

 顔の下は早くも熱中症になったみたいに真っ赤。

 オサムも言った後に恥ずかしくなって顔をそむける。


「どうしたのふたりとも?」

 妙な空気ができてしまったが、三人は歩き始めた。



「すごーい。お祭りみたいー」


 駅から江ノ島での道のりにはたくさんの店がある。何十年も営業していそうな写真屋やラーメン屋、最近出来たコンビニや、江ノ電グッズ専門店など。


 通りに沿って建っている店はまるで祭りの露店や屋台みたいにソーニャの目に写ったののだろう。


「そう? 江ノ島の中もずっとこんな感じよ」

「ホント!? 江ノ島すごい~」


「お店もたくさん~、ラーメン、服屋さん、綺麗な絵もある~。すごい! ブロックのオモチャのお店だって~! 商店街みたい!」


「観光客向けにいろんな店が出来ただけじゃない。そんなに珍しい?」

「珍しいんじゃないか?」

「ソーニャの肩を持つんだ~。ふ~ん」

「そんなんじゃない」


 そんなやり取りをしてると、いつの間にかソーニャは民家の前でやってるアクセサリーショップに吸い込まれていた。


「ほーらー、江ノ島行く前にここで買い物してどうするのよ?」


 オモチャの誘惑に負けている子供をひっぱる親のように、優里亜はソーニャの手を引く。


「日本人すごい。こんなにお店あるのに目的地に向かってちゃんと歩ける」

「ソーニャが特別誘惑に弱いだけじゃないのそれ?」


 外国人がこういうお店に引っかかって、江ノ島にたどり着けないなんて話を優里亜は聞いたことがない。


「ソーニャは空港のお土産屋とかずっと見てそうだな」

「うん! 日本着いたとき、シズカが迎えに来るまでずっとおみやげ見てた!」


 オサムが思ったことを口にしたら本当にそのとおりだった。優里亜は頭を抱える。


「オサム、ソーニャのことちゃんと見てなさい」


 ものすごく不本意だが、そうしないと江ノ島を回れないだろうと優里亜は思った。



「おー、島が橋でつながってるー。最初江ノ島まで船が出てると思ってたよ。橋ができるまでは、船が出てたのかな?」


 江ノ島と本州をつなぐ『江ノ島弁天橋』を見てソーニャは言う。


「たまに潮が引いてるから、その時に渡ったんじゃないか?」

「そうなの!? すごーい!」

「橋の車道の向こう、たまに潮引いいて歩けるようになるのを見るな」


 オサムたちの歩いてる歩道の横には自動車専用道路がある。片瀬海岸と海で、当然歩くととはできない。

 それでもソーニャは虹の橋がかかっているような目で向こうを見つめていた。


「あっ、マリンバイクだー。すごーい」


 エンジン音が聞こえて、今度は通称西浜と呼ばれる方向を指差すソーニャ。二台のマリンバイクが海の上を走っている。


「さっきからすごいすごいしか言ってないじゃない」

「だって、すごいんだもん。

 こんなにスポーツができる場所があって、こんなに海を楽しめる場所もあって、陸にもたくさん遊ぶ場所がある!

 日本は小さな国なのにすごい」


 未来の乗り物を見つめているような目で、マリンバイクの動きを追うソーニャ。


「狭いから物が固まっちゃってるだけでしょ」

「ユリア日本が嫌いなの?」

「なんで?」


「さっきから文句ばかり」

「文句を言ってるわけじゃないけど――」

「優里亜はソーニャのことをライバルだと思ってるんだ。ライバルが相手と同じ考え持ってると仲間になっちゃうだろう?」


「そっかー。ライバルはテキトーしないとね」

「敵対よ! ライバルと適当するってどういう意味よ!?」

「じゃあ、オサムにツンツンしてるのもオサムがライバルだから?」


 優里亜のツッコミを海に流して、次の質問へ行くソーニャ。しかも急に答えにくい質問。


「それは……」

「「それは?」」


 オサムにツンツンした態度をとる理由。そんなの素直になれないからに決まっている。

 当たり前だけどそれを素直に答えられたら、そもそもこんな質問はされない。


「いっ、言えるわけ無いでしょ馬鹿!」


 もっと素直になれたら、そもそもこんなことにはなっていないという意味も込めて、ふたりにそう叫ぶ。



「すごーい、お祭りみたい~」

「それさっきも言ったわよ」


 弁天橋を渡り江ノ島へやってきたオサムたち。向かって右のスパも、右の食事処も、入り口付近で出店を出している。限定のアイスクリームや、地元で取れた海産物など、江ノ島ならではというものが並んでいる。


「でもこっちのほうがお祭りっぽい! トリィがあって、神社みたい」

「この先に神社があるから、余計にそう見えるかもね」


 オサムたちの歩く先には、門のような建物が見える。ソーニャはつま先立ちをして、それを見渡す。


「どんな神社?」

「えっと……」


 神社があることはオサムも分かっていたのでそう言ったものの、詳細は全然知らない。そもそも自分の住んでいるこの辺にどういう建物があって、どういう場所なのかも詳しくなかったりする。


「三人の女性の神様のいる神社よ。神様は一柱二柱って数えるから、正確には三柱の神様ね。海の神様なんだけど、芸能の神様として有名よ」

「詳しいな」


 ソーニャは口を丸くしながら小さく拍手。オサムも素直にその知識に驚く。


「まっ、まあね……」

「でもなんで、『縁結び』のグッズが売ってるの?」

「それは……」


 おみやげ屋の表にはハートマークの入ったお守りや、南京錠なども置かれている。プリントシャツやお菓子、キーホルダーなど普通に置いていそうなものももちろんある。


「縁結びの神様がいるからなんじゃない?

 江ノ島はデートスポットとしても有名だし」


 オサムが江ノ島に持っているイメージはデートスポットだ。梅雨時期から夏にかけて、テレビでは湘南の特集や旅番組がよく放送される。


「そっ、そうよ……。

『龍恋の鐘』ってスポットがあって、その周辺に南京錠をかけると永遠の愛が叶うって言われてるの。江島神社より奥にあるんだけどね」

「だから南京錠が売ってるんだな」


 おみやげ屋に奥には不思議な物だけど、新しい流行とか、色物みやげのたぐいだとオサムは思っていた。


「すごーい。もしかしてユリアも鍵かけたことある?」

「なっ、ないわよさすがに……」


 優里亜の言葉に意外という顔をしたソーニャ。


「ふ~ん。優里亜だったら恋人がいてもおかしくないのにな」


 とイヤミでもなんでもない素直な言葉に、

「はぁっ!? そっ、そんなの……いないわよ」

 優里亜の妙な言い方にオサムは変なやつだと思った。ソーニャは口元に指をやって、

「う~ん、もしかして……」

「もしかして?」

「いいや、あとで聞こ」


 優里亜もソーニャも分からないことを言うので、オサムは腕を組んで言葉の意味を考える。


 確かに優里亜が彼氏を作らないのは疑問に思っている。

 オサム自身、優里亜は容姿端麗な方だと思うし、そのスタイルから彼氏作りには悩まなくて済むと考えていた。

 サーフィンという趣味があるから、恋愛なんてしてる暇がないのだろうか?

 それともツンツンした性格に男が寄ってこないのか。


 そいえばソーニャには彼氏がいないのか。オサムはこれも気になってきた。

 だがソーニャこそ、趣味に没頭してて男のことを見ていない可能性もある。

 ソーニャみたいなタイプなら、彼氏が居たらそれとなくそういう話題を話すはず。それに静佳が『ソーニャは彼氏持ちだから手を出すなよ~』と言って煽ってくる可能性もある。

 そんなことを考えながらふたりのあとを追う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る