2-2 逃げようとしたら救命用の浮き輪でとっ捕まえて
オサムは昨日と同じウェットスーツに着替えたソーニャとともに、今日も暑い日差しの海へやってきた。今日は荷物をのお店に預けているので手ぶらなのは楽だ。こういうときにひとと仲良くしているといいことがあるんだなと思う。
さらに今日はキャップ帽を持ってきている。ランニングのときにかぶっているもので、ファッションではない。それでもこの日差しだと、今度はサングラスも用意したほうがいい気がして、その目を細めていた。
ソーニャはサーフィンの楽しさを見ていてほしいと言っていたが、昨日と同じように波に乗っているだけだ。
「箒に乗ったり、ヴァンパイアの羽で空を飛んだりはしないけど、そんな不思議な力。底から見る新しい景色。それがサーフィンなんだよ」
ソーニャの言葉を思い出しながらその様子を注意深く眺める。
ひとが波に乗れるのは当たり前。サーフィンというスポーツを知っているとそんな風に考えてしまうが、もしかしたらそれはすごいことなのかもしれない。どのタイミングでボードに乗り、どうやってバランスを取って、どういう原理で、どういう力が働いているのだろうか?
ソーニャはサーフィンを感覚でやってるように見えたが、それを理屈で考えるととても難しいのではないかと。
読んでいたサーフィンの漫画でも基本的な練習の仕方や乗り方は簡単に書いてあったが、実際にやってみないと分からないのかもしれない。
自転車と一緒で口では説明しづらく、何度も練習して体で覚えていくもの。オサムはそんな気がしてきた。
「あらオサムじゃない」
「優里亜か」
オサムはデジャブを感じながら優里亜へ挨拶をする。明るい紫色のフルボディのウェットスーツに、ソーニャの使っているのと比べてひとまわり大きいサーフボードを持っている。ロゴがソーニャのとは違うので、メーカーは違うところのようだ。
昨日はショップに顔を出しただけと言っていたが、今日はサーフィンしにきたのだろうと思える。
「なに? 今日もあの金髪の子のサーフィン見に来たの?」
「そうだが」
オサムは特に他意はなく、真実なので簡潔に答えた。ソーニャとは昨日知り合っただけだし、自分も暇なのでサーフィンの付き添いくらいならと思っている。
そんなオサムはソーニャにたぶらかされている。そんな風に見えた優里亜は、
「オサム、ちょっと来なさい」
優里亜は海に入ることなく、反対の方へオサムを引っ張っていく。
「どこに行くんだ?」
「あんたの家に」
「それだと『来る』じゃなくて『帰る』が正しいんじゃ」
「いいの! 重要なのはそこじゃない。とにかく帰る!」
思わず優里亜の表現にツッコミを入れてしまったが、今オサムが聞かないといけないのはもうひとつあり、
「ソーニャを置いていくのかよ」
それを強い声で言う。
静佳から付き添いを任されている身としては、身勝手な行動はしたくないとオサムは思ったし、優里亜もそれは分かっているはずだ。それでも優里亜は引っ張る手を話さなかった。
「スマホに連絡いれておきなさい! 日本語も喋れてるし困らないでしょ」
「そうだが……」
別に一緒に居ないと移動できないわけではない。今日はオサムがついてなくてもいいと、静佳に言われているのでいいのかもと考えると、反論の言葉もなかなか出てこなかった。
「っていうか、なんで俺を連れ戻すんだ」
「あんたの家に着いたら説明する」
浜辺からあっという間に『エアシップ』まで戻ってくる。
「奈美いる!?」
ドアを開けるなりベルの音に負けないくらいの大きさで優里亜が奈美を呼ぶ。
「はいはーい。って優里亜ちゃんとオサムくんじゃない?」
「あたし着替えるからその間にオサムが逃げないか監視してて?」
「いいけど、どうしたの?」
「俺も分からない」
首を傾げる奈美にオサムはライトノベルの主人公のやれやれポーズ。
「逃げようとしたら救命用の浮き輪でとっ捕まえて」
(そんな西部劇みたいな芸当はできないでしょ)
(そんな西部劇みたいな芸当はできないでだろう)
とオサムも奈美も思った。だがそれを口にする前に優里亜は更衣室へ入っていく。
「そいえば優里亜ちゃんとは幼なじみなんだっけ?」
奈美は暇になったので、何気なく暇になっているであろうオサムに聞いてみる。
オサムの話は優里亜から少し聞いていたが、ホントに少しだけだ。実際に会ってみると優里亜がいかにに情報を出し惜しみしていたかよく分かる。
「小学生の頃から同じクラスっていう腐れ縁。進学した大学まで一緒」
「へ~。そうなんだ~」
オサムは奈美の言い方に含みがあるように聞こえた。なにを考えているか気にはなるが、聞いたところで答えてくれないだろうと同時に思った。
「優里亜ちゃんがサーフィンしてたのは知ってたんだ」
「あいつからも薦められたし」
「そのときは乗らなかったんだ」
「小説書いてた時期っていうのもあるしそっちのほうが楽しかったから」
「文系なんだね?」
「そんなでもないよ。国語の勉強できなくたって、小説は書けるし」
「オサムくん体鍛えてるでしょ。それは関係ある?」
「それは別の理由で――」
「さぁ、オサム行くわよ!」
「はやっ!? アイドルの早着替えかよ!」
ソーニャでももうちょっと時間がかかってた気がするのに、その倍以上のペースで優里亜は着替えていた。
薄いピンクのワンピースに、赤のカーディガン。それと一年中はいてるニーソックスが優里亜の特徴だと、オサムは勝手に思っている。
「あの子、ソーニャって言ったっけ? 奈美ちょっとオサムを借りて行くって伝えてもらっていい?」
「自分で言えば?」
奈美としてはもっとオサムのことを知りたかった。なのでもう少し時間稼ぎするために、生意気なことを言ってみる。
「そんな暇ないからお願いね」
奈美の返事を待たずに、優里亜はオサムを引っ張って駅の方へ歩いて行く。
「オサムくんからも一報入れておいてねー!」
「分かったー!」
奈美の耳に遠ざかるオサムの返事が聞こえた。
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