2-3 なぁ、優里亜はどうしてサーフィンするんだ?

 優里亜が自転車だったので、オサムは七里ヶ浜から自分の家まで走らされた。汗で出てしまった水分を冷蔵庫の麦茶で補給しながら、

「で、俺を家に連れ戻した理由が聞きたいんだけど」

「あんた、小説書いてないでしょ」

「書いてないな」

「書いて」

「なんで?」

「あんたの小説読みたいひと、たくさんいるんじゃないの?」

「静佳ねぇは、また書きたくなったら書いてほしいって言ってたな」

「ほら、だから書いたほうが良いんじゃない? あたしが手伝ってあげるわ」

「手伝うってどうやって」


 とりあえずオサムはパソコン机の前に座って、ノートパソコンを立ち上げる。奈美はそれを監視するように後ろに立つ。


「例えば……」


 優里亜はそこで言葉に詰まる。手伝うと言っても小説を書くという作業はひとりでしかできない。優里亜もムッとなって勢いでオサムをここに連れて来た――帰って来させたが、具体的にどうするかまでは考えてなかった。


「コーヒーがほしい? 入れてあげましょうか?」

「いや、いい」

「肩もんであげようか?」

「それも大丈夫」

「なにかお菓子とか買ってきてあげましょうか?」

「それも大丈夫」

「じゃあなんで小説書かないの?」

「書けないの」

「だからなんで?」

「書きたいと思う物語がない」

「じゃあなんで前は書けたの?」

「あれは世の中が嫌いだったから。優里亜も知ってるだろう? 俺がいじめにあってたこと、一時期引きこもっていたこと」

「力技で自己解決したことまでちゃんと覚えてるわよ」


 優里亜としては忘れることができないエピソードだ。ただの幼なじみだったオサムのことを見直すことになった出来事。優里亜としては忘れるはずもないことだ。


「いじめられてるときは心底世の中が嫌いだった。

だからこの世の中じゃない場所を作った。

今はいじめなんてないし、この体じゃ喧嘩を売ってくる奴も居ない。

物語を書くひとっていうのはいい意味でも悪い意味でもこの世の中が嫌いなんだ」


「じゃあ、今不満に思ってることってないの? そこからネタに出来たりしない?」

「特に不満はないな。書いてたときの原稿料やら印税で今もだいぶ生活も楽だし」


「ソーニャって子が来て困ってるじゃないの?」

「困ってることは困ってるけど、そんなに真剣に悩んでるってわけじゃない」

「そうなんだ~。あたしから見れば随分仲良く見えるから、そうなのかもねぇ?」


 優里亜は語尾を上げ、弱みにつけ込むいやらしい下目遣いでオサムを睨む。


「あっちが一方的に仲良くしてきてるだけだ。俺はあんなに気軽にひとと話はできないし、優里亜の方が気が知れてるから話してて楽だし」

「ふ~ん」


 優里亜は琥珀のような茶色いジト目でオサムを見つめる。


 そんな優里亜から見れば、オサムにも言ったとおりかなり楽しそうに話ししているように見える。それは新しい発見とか、新しい出会いを満喫してる表情をしているからだ。

 それに優里亜と話してて楽、気が知れてる、というのも引っかかる。優里亜と話してても新しい発見とかはない、新鮮味にかけるという意味に優里亜はとった。


「あの子、アニメのキャラみたいじゃない? モデルにしたら面白そうでしょ」

「そりゃ、ステレオタイプな外国人のイメージはしてるけど……。

 ソーニャはソーニャでなにを考えてるか分からないから、書くに書けない」

「確かになに考えてるか分からないわね」


 どうしたらオサムに小説を書いてもらえるか。優里亜はヒントはないかと思って、目を泳がせる。目に入ったのはサーフィンの漫画。


(なんでサーフィンの漫画とか小説? やっぱりソーニャの影響で興味持ったの? それで今日も見に行ったとか? それとも漫画の内容が良かった?)

「ちょっといい?」


 そう言って優里亜はポケットからスマホを取り出す。メモ帳を開き、メールを打つふりをしつつ漫画と小説のタイトルをメモする。写真が撮れれば楽だが、それだとメモをしているのがバレてしまう。


 この行動がバレてしまい、それを深く追求されると優里亜は答えられない。

 優里亜の言えない答えは、オサムが読んでいる物が気になるからだ。だがそれはオサムのことが気になる。そしてオサムに好意を持っているということもバレてしまう可能性がある。


 メモし終わるのを見たオサムは、

「なぁ、優里亜はどうしてサーフィンするんだ?」

「どっ、どうして急に?」


 優里亜は不意打ちな質問に、ポケットにしまおうと思ったスマホを落としそうになる。さらにクーラーが効いているのに体が暑くなっていくのを感じる。


「いや、昨日ソーニャにも同じこと聞いたから」


 その一言に体温の上昇はストップ。

 優里亜のテンションとともにどんどん下がっていく。


「あらあら、随分仲良しになったのね」


 優里亜の眼差しの温度は零度を下回り、バナナを凍らせて釘を打てるようになりそうな目でオサムを見る。オサムはその冷凍ビームを受け流し、

「さっきも似たようなこと言ったが、あっちが仲良くなりたいっていうから、仲良くしてるだけだぞ」

「ふ~ん」


 オサムはこの発言も特になにかをごまかすために言ったつもりはないが、優里亜は表情を変えず、腕を組んで冷たい眼差しの送り続ける。


「参考までに教えてほしいんだが……」


 オサムはいやらしいことを聞いているわけではないのに、なぜそんな氷魔法のような威力のある目線でこちらを見ているのか分からない。むしろ前に自分に薦めてきたスポーツを知りたいと言っているのだ。逆の立場だったら喜んで話をするところだ。


(なんの参考にするんだか……まあいっか)

 優里亜はそんなオサムに冷凍ビームを撃つのをやめて、頭を切り替える。


「あたし、サーフィンは手軽にできる不思議体験だと思ってるのよ」

「へっ?」


「『なに言ってるんだこいつ』って顔しないで聞きなさいよ。

波の力でジェットコースターみたいな感覚が味わえるのよ。ジェットコースターは人間が作った乗り物で電気で動いてるでしょ?

それなのにサーフィンは自然が作った力で、人間はボードを用意しただけ。

乗れないはずの水の上に乗って、滑って、海風や空気を切るの。

こんなにおもしろい感覚なかなか味わえないんじゃない」


「ソーニャも似たようなこと言ってた」

「……サーファーはみんなそんなこと思ってるんじゃない?」


 優里亜は思考回路がソーニャと同じなことが悔しかった。自分はあんなにボケてないし、オサムとも距離が近い。いきなりやってきて、仲良くなりたいと思っている女の子より、自分のほうがいいに決まってる。


 絶対に。


 だからソーニャに負けるわけにはいかない。優里亜はそう思い口を強く結ぶ。


「じゃあ明日もサーフィンする?」

「もちろんするけど、オサムが小説書くまではやめようかしら」


 イヤミの追加効果全快で優里亜は明日の予定について答える。どうせサーフィンをしに行ってもまたソーニャがいるのだ。オサムはそっちばかり見ているのだろうと思った。


 オサムはソーニャがあれだけ言うサーフィンというスポーツを気にしていた。


 もしもっといろんな考えや波乗りを見れば、波に乗って異世界転生とまではいかなくても、ソーニャや優里亜が言う『不思議』が分かるかもしれない。


「いや、優里亜がサーフィンしてるところ見たい」

「はぁ!?」


 優里亜は今まで撃ってきた氷魔法が全て反射されたように驚いた。


「なに驚いてるんだ?」

「そっ、そうね……驚くほどのことじゃないわね……」


 口ではそう言ったが、驚きを引きずっている優里亜は息切れするような感覚に襲われている。


「でもなんで急に?」

「いや、今日もソーニャが乗ってるのを見て少し思った。

こんな身近に知らない世界への入り口があるなら、ちょっと覗いてみたいだろう?

優里亜がサーフィンしてるのを見たら、なにかしたくなるかもしれないだろう?」


「なにかって小説書くこと?」

「そうなるかもしれない」


 優里亜としてはもう一度オサムに小説を書いてもらえればそれでいい。そのきっかけがサーフィンで、自分が波に乗っているのを見てみたい――自分を見てもらえるなら一石二鳥かもしれない。


「分かったわ。じゃあ明日二時に奈美の店でいい?」

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