5-6 えっとね、ワタシ、変じゃないかな?

「…………」

 展望台から降りて、その下にある植物園『サムエル・コッキング苑』を出る三人。だが、ソーニャが出入り口の方を見て固まっている。


「なによ、幽霊でも見えるの?」


 それとも暑さでフリーズしたのか?

 優里亜の想像できないことを考えているのか?


「ううん、なんでもない」


 優里亜の頭には疑問符しか浮かばない。ちょっと先で待っていたオサムに小声で、

「ちょっとオサム、ソーニャっていっつもあんなんなの?」


「なにかに熱中するとあまり話を聞かなくなるな。

 前に俺の家で漫画読み始めたら1時間くらい動かなかったこともあるし。

 サーフィンやりだすと、日が傾くまでやるし」

「集中力が高いのね」


 優里亜はそう解釈した。

 天才肌の人間は高い集中力を持っていると言われてるし、ソーニャはその傾向があるのだろうと素直に思った。その代わり、変なところや子供っぽいところもあるなと。



 一方でそんな様子を見ていた三人は、

「今度こそバレたっすか?」

「いや、大丈夫だろう」


 三人は入り口の花壇に隠れ、オサムたちが歩きだすのを待っている。

 植物園に入る人たちが不思議そうな目で、静佳たちを見ているがあえて気にしないものとする。


「理衣さんが大きなカメラを持ってるので怪しまれそうですけどね~」

「いやいやなーみん、江ノ島は観光スポットだし、バードウォッチングしにくるカメラマンならこれくらいの装備は当然ですよ」

「じゃあ、なんで理衣さんはそんな装備をお持ちで?」

「乙女のたしなみっす」

「奈美の知ってる乙女はそんなにたくさんカメラのレンズを持ってないです」



「ねえ、ちょっと休憩にしない?」


 島の西側、岩屋へ向かう道への鳥居を潜ろうとしたそのとき、優里亜はそんな提案をする。ソーニャがふと横を見ると、

「わーこの店素敵ー」


 ちょうどいい場所にお茶屋がある。木造のちょっと暗い店内が、木陰のような涼しさを演出している。


「ちょうどいいじゃない、お茶にしましょうよ」

「俺こういう店入ったことないぞ」

「大丈夫よ、女の子となら」


 そう言われてオサムは優里亜とソーニャに押されてお店の中へ。


 優里亜に言われて初めて、両手に花状態であることに気がつく。そう思うとなんだか気恥ずかしくなってきた。

 夏の江ノ島、女の子二人とデートとは、男が一度は夢に見る光景。少なくともマンガやラノベでも書かれるので、健全な男子のあこがれのひとつにはなるだろう。

 店内はクーラーが効いてて涼しいのに、オサムの心拍数は妙に高く、その心臓あたりも熱くなっている。


 オサムが適当にテーブル席に座ると、打ち合わせたようにオサムの向かいへ。

 優里亜が早速メニューを開くと、

「『ハートもなか』って可愛いじゃない」

「ワタシこれにするー」

「あたしも」

「オサムは?」

「ふたりとも決めるの早すぎ」

(そりゃそうよ。ソーニャはともかく、予め決めておいたんだもの)


 ソーニャのオサムとのふたりっきりデートを防ぎ、さらに自分のペースを作るには江ノ島の地形を把握し、計画を練ることが必要だった。


 ソーニャが行きたそうな場所をある程度予想し、そこに自分の行きたい場所を追加。なるべくソーニャのペースでオサムが連れ回されないようにする。

 この場所にお茶屋があることはリサーチ済み。さらに外装もソーニャが好きそうで、自分ごのみでもある。どういうメニューがあるのかも調査済みで、どれにしようかも決まっていた。


 本音を言えばふたりっきりが良かったが、それはいずれ。今はソーニャの手からオサムを奪還することが優先。


「ねぇ、ふたりに聞きたいことあるんだけど」


 優里亜が『恋の奪還大作戦』と言う名のハリウッド映画みたいな妄想を膨らませている中、普段のソーニャからは考えられないくらいの弱い表情と声で聞かれる。


「なによあらたまっちゃって」


 いつもの優里亜の言葉を聞き少し緊張は解けたがなお、絞りだすような、引っ張りだすような、該当の日本語が出てこないような、そんな顔のソーニャが出した言葉、

「えっとね、ワタシ、変じゃないかな?」

「どこが変なのよ」


「ワタシね、ロシアだとよく変な人扱いされるの。

 ……えっと、日本語にすると『変な子』とか『考えてることがよく分からない』とか、そういう風に言われるの」


 ソーニャの言うとおり、オサムもソーニャの考えていることは分からない。でも、その行動を見れば何がしたいのかは分かるし、どうしてそうしたのかも分かる。オサムにとってはそれは『変な行動』ではないし、変な人に入らない。


 優里亜はソーニャのことを変なやつとは思っているが、ソーニャの言う変な人ではないと思っている。変という言葉を使わなければ、掴みどころがないという表現になる。


「さっきも、歩いてた人、変な目でワタシのこと見てた。しゃべってて変だと、見た目も変なのかなって」


 日本人のほとんどは黒髪だ。奈美みたいに染めたりしないと金のような明るい色にはならない。なので目立ってしまうのは仕方がないし、人によっては変な目で見てしまうのかもしれない。


「俺も昔は変人扱いされて、いじめられてたぞ」

「そうね、オサムは変人よ。ついでに理衣さんも静佳さんも変人よ」


 ソーニャは『そうなの』と目を丸くする。


「そういうこと、俺の周りはみんな変な人ばかり」

 と自虐的な言い方をするオサム。ソーニャは目を細めて、

「あたしと奈美を混ぜないでよ。

 ……でも奈美もちょっとおかしなところあるからなぁ」


 言った後、奈美のことを思い出す優里亜。筋肉フェチだったり、わざとぶりっ子するところとか、変な行動を見る。


「そういうのって『個性』があるってことじゃないか? 漢字で書くとこう」


 スマホを取り出しメモに漢字を打つ。


「個人の性格がある。つまり、ソーニャは他の人と違う考え方も持ってるだけで、それは悪いことじゃないと俺は思ってる」


「そうね、考え方なんて人それぞれだし、それを強制するのは人としてどうかなって、あたしは思ってるわー」


 優里亜は世間に呆れているという顔をしながら言う。なにか思うところがあるのだろうかと思ったオサムだが、

「優里亜はよく俺にああしろこうしろって言うけどな」

「オサムがしっかりしてるのは筋肉だけだから言ってるのよ」


 ふたりはいつもの調子で言い合う。それを見たソーニャはクスリと笑い、

「ふたりともいつもそうなの?」

「変に見えたでしょ?」


「こういうこと。自分から見たら誰だって変なところがある。それでいいじゃん」


 ちょうどいいタイミングで店員がオーダーを持ってくる。話を聞いていたのか聞いていなかったのか、微笑ましいものを見たような表情をしていた。


「さ、話がまとまったところで食べましょ」

「うん! オサム、ユリア、ありがと」



 お茶屋の縁側、ちょうどオサムたちが座っているテーブル席と窓を挟んで反対側に、静佳たちは座って会話を聞いていた。


「ソーニャがそんなこと悩んでたとはね」


 かき氷を食べながら難しい表情になる静佳。


 ロシアと日本どちらの国でも変に思われるハーフの宿命だろうか。ロシア人からすれば日本人は本当に理解が難しい人種らしいし、日本では外国人が珍しい上に目立つ。


「静佳姉様も知らなかったっすか?」

「電話で話をしたりするけど、ロシアに居るときのソーニャを実際に見ていたわけじゃないしなぁ」


 ソーニャとは家で毎日飽きるほど話をしているし、両親にもいろいろ聞いた。それでも実際に様子を見てみないことには分からなかったことも多い、と静佳は思った。


「でもおふたりは変人扱いされて反論しないですね?」


 オサムたちの会話で静佳も理衣も、それについて質問をした奈美も、変人の一例としてあげられていた。


「あーしは自覚症状あるから」

「自覚してても治そうとしないんですね」


 奈美は呆れたように言う。奈美からすれば理衣はスタイルもいいし、知識も多いし、黒髪もキレイだし、イヤミでもなんでもなく『もったいない』と思っている。


「私は……そうだな。ちょっとうれしいかもしれない」

「えっ……。変人扱いが?」

「変わってるだろう?」

「ええ、まあ」


 まさか肯定するとは思っておらず、奈美はコメントに困った。


「そういう奈美ちゃんは、優里亜ちゃんにああ言われてるけどどうなの?」

「奈美の筋肉フェチも自覚してるんで」

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