5-5 ……危なかったぁ~

「オサムーユリアー、可愛いお店あるよー」

「まーた、そういうのに釣られて……。展望台に登るんじゃないの?」


 展望台の入口手前で、またおみやげ屋にソーニャが引き寄せられていく。

 ここに来るまでもいろいろなものに、まるで魔法で引き寄せられているように引っ張られていたソーニャ。優里亜はその手を引いてようやくここまでやってきた。


「まあ、展望台は目の前だし、いいんじゃない?」

「またソーニャの肩を持つ」

「そんなんじゃないって」


 優里亜としては、ペースをソーニャに持って行かれてしまうのが気に食わなかった。前はオサムを自分のペースで引っ張っていたが――動かせていたかは別として――今はソーニャが一緒なことが多く、オサムもそんなソーニャに流されていた。


 今日は自分のペースでオサムを連れて歩く。そう思っていたのにこの調子だ。

 そんなやりとりをしている間に、ソーニャはすでに店の中に居た。

 オサムはお手上げのポーズ、優里亜はため息をついて店内へ。


「わー、かわいー」


 店内はイルカやシャチなどの海の動物のグッズであふれていた。ぬいぐるみやキーホルダー、小物などなど。

 明るい色の商品や、きらびやかな小物などがあるせいか、店内はとても涼しく感じる。騒がしく暑い江ノ島とくらべて、穏やかで涼しい店だ。


 ソーニャが目を輝かせながら、シャチのぬいぐるみと見つめ合っているのをのを見たオサムは、あまり自分向けじゃないなと思った。


「……ユリア?」


 いつの間にかお店の隅に居た優里亜、コーナーの一角を見ているようだ。


「優里亜?」


 オサムがそばに寄り、声をかける。優里亜はイルカの小さなぬいぐるみを見つめたまま動かない。オサムが優里亜の顔の前で手を振るが、それも見えていないようだ。

 まるで魔法で意識を奪われているようだとオサムは思った。こんなおしゃれなお土産屋に呪いのアイテムが売ってるとは考えられないが。


「それかわいいね」


 無邪気なテンションでソーニャが声をかけてようやく優里亜がビクっと動く。


「そっ、そそうね」


 ソーニャに声をかけられるまで本当に気がついてなかったらしい。別にそんなことは気にしないソーニャは、

「ソソーってどういう意味?」

 というトンチンカンな質問をする。


 優里亜もなんでそこでその質問が出てきのかと、首をかしげながら、

「不注意やそそっかしい失敗のことだけど――」

「そのイルカが粗相なの?」

「――そうじゃなくて」


 優里亜の詰まった言葉がそう聞こえたのだと優里亜はやっと分かった。ようやく誤解が解けたことも気にしないソーニャは続けて、

「欲しかったら買ったらいいと思うよ」

「まあ、そうなんだけど」


 そう言って優里亜は、手に持って見つめ合っていたイルカを棚に戻す。家で飼えない子犬を捨てるような表情の優里亜を見たオサムは、

「なんだ金がないのか。前に今月ピンチとか言ってたもんな」

 以前にジュースを奢ったときに、優里亜はそんなようなことを言っていた。


「水着買ったからねー」

「なっ、なんで知ってるのよ!?」


 前にソーニャと静佳のふたりに辻堂のショッピングモールで遭遇したときは、なんだかんだあって買っていない。水着を買ったときに一緒に居たのは奈美と理衣だ。


 優里亜は理衣あたりが言いふらしそうと思ったが、本人も恥ずかしい思いをしそうなので多分言わないはず。


「値段はいくらだ?」


 優里亜が情報の出どころを考えているうちに、オサムが値札を見て、

「これくらいなら買ってやるぞ。サーフィン教えてもらってるしな」

 そう言って優里亜が戻したイルカがもう一度手のひらに戻ってくる。


 オサムから初めてプレゼントを貰った。


 まだ会計もしてないので、自分のものじゃない。

 けど、すでにラッピングされた箱に入ってそれを直に渡された気分になった優里亜。イルカの目が『よかったね』と言っているようにも見えてきた。


 ライバルが思わぬ利益、という占いの結果を思い出す。こればっかりはみやげを見ていこうとしたソーニャに感謝しないといけない。


 それはついででいいと思った。


「あっ、ありがと……」


 上目遣いで礼を言う。こういうときくらいな素直にならないとと思った。


(なんだ、あたしちゃんと素直になれるじゃん。なら、今なら――)

「ソーニャも同じくらいのなら買ってあげるよ?」

「いいの!? じゃあーこれかな」


 ソーニャは同じタイプのシャチのぬいぐるみを手に取る。


 手に持ったイルカが『油断大敵だね』と言っているような目をしていた。そこで優里亜は、占いで油断大敵というアドバイスもあったことを思い出し、溜息をつく。



「「おー、オサムくんやるなー」」

「おー、オサムお兄さんやりますねー」


 植物園の茂みに隠れ、理衣はカメラの望遠レンズで、静佳と奈美は途中のお店で買った望遠鏡を覗いて、店内の三人の様子を観察しながら口をそろえて言った。


 様子から察するに、オサムがふたりにプレゼントを買ってあげているのだろうと判断し、理衣はオサムを褒めた。


「優里亜ちゃんよかったね」

「でも両方に買ってあげてるからなぁ……。

 別に女の子にプレゼントとか思ってないぞ」


 ドラマを見て感動したような口ぶりの奈美に、無粋なコメントする静佳。

 静佳はオサムの性格上、プレゼントを買ってくれても大層な気持ちはないと思っている。これは経験から基づく推測だ。


「静佳お姉さん分かってないなぁ。あれでも女の子は嬉しいんですよ」


 素人には分からないでしょ、という表情で若干小馬鹿にした返しをする奈美。


「奈美ちゃんさ、私のこと女だと見てないみたいだね~」

「そんなことないですよ~」

「どんなところが?」

「おっぱいとかおっぱいとか」

「ふたりとも、三人が移動しましたよ」


 嬉しそうなソーニャと、涼し気な顔のオサム、そして喜んでいいのか分からない複雑な表情をした優里亜が展望台の入り口へ向かった。



 エレベーターと階段を登り、屋外展望台へ。クーラーではなく、潮の香りがする風が心地よく涼しい。


「わー、どこ見ても海があるー」


 階段を出て左を向けば山と海、正面は藤沢の街と海岸、右を向けばたくさんのヨットと鎌倉の街。テレビでよく見る景色だなとオサムは思った。


「そりゃ、島の展望台だし」


 神社へのお参りのついでにたまに登っている優里亜はいつもどおり、見慣れた景色。いつもはここで物思いに耽るが、今日は騒がしいのが居てそういうわけにもいかない。


「奈美のお店見えるかな?」

「ここからだと遠すぎるかな?」

「望遠鏡!」


 オサムが目を細めて見てみようとする前にソーニャがそれを見つける。


「有料よ」

「百円? 見る見るー。……あー、百円コインがない」


 小銭入れを見て残念そうな顔になるソーニャ。

 優里亜はこういうのに百円も使う必要はないと思っている。

 でもオサムはポケットから百円玉を取り出し、

「ほら」


「えっ、いいの?」

「うん。いつもお世話になってるし」


 両手でそれを受けっとたソーニャは、雲から出てきた太陽のように表情を変えた。

 優里亜はジト目で、オサムがソーニャに硬貨を渡すのを見ていた。

 オサムはやっぱりソーニャに甘い。そんなふうに見える。


 さっきはプレゼントしてくれたけど、似たようなものをソーニャにも買ってあげていたし、もしかしたらふたりはすでに付き合っている可能性も考えられなくはない。


 自分だったら、別の女の子にプレゼント買ってあげるなんて極刑レベルの罪だが、ソーニャならなんだか許してしまいそうだ。だから、店内のやりとりはふたりがつきあっていないという理由にはなってない。


「優里亜どうした?」

「なんでもないわよ」


 ぷいっとそっぽを向く優里亜。向いた先には日差しが反射するキラキラした海と、夏の海を楽しむたくさんのヨット。


「あ、見えた。でも今日お休みなんだよね」

「また泳ぎの練習してるんじゃないか?」

「そうかも! 奈美がサーフィンするところ早くみたいな……」


 そうつぶやいたソーニャの表情が、一瞬だけ寂しそうにオサムには見えた。なにか変なことを言ってしまったかと思ったけど、

「あっ、見えなくなっちゃった」


 がっくりと肩を落とすソーニャを見て、気のせいかもしれないと考えを消去する。


「でも面白かったよ! なんでみんなこれ使わないのかな?」


 望遠鏡は三箇所設置されていた。富士山方面、藤沢方面、鎌倉方面と使われそうな場所にあるが、子供がいたずらする以外に使っている人は見られない。


「百円が高いからじゃない?

 それにカメラのレンズを使えば結構見えるらしいし」

「リーがおっきなの使ってたよね? 今度借りよう!」

「っていうか安い望遠鏡とかオペラグラスでいいんじゃないかしら」

 と優里亜は言うが、

「今度、ね」


 優里亜の言葉は聞こえておらず、ソーニャは遠くを見てそうつぶやく。



 一方で静佳たちは、展望台をエレベーターを使わず階段を登っていた。


「はっくしょん」


 そうして登っているところで、理衣が盛大なくしゃみをする。音が響く空間なので、その声も反響する。


「理衣さん、おっさんみたいなくしゃみしな――くしゅん」


 理衣のくしゃみに釣られたように奈美もくしゃみ。こちらはあまり響かなかった。


「あら、かわいい」


 自分のことは棚に上げて、声優の演技みたいなくしゃみだなと理衣は思った。


「風邪でも引いた~?」


 エレベーターの周りをぐるりと回るように作られている螺旋状の階段の下、静佳はふたりに声をかける。


「静佳姉様早く!」


 理衣は下を向いて静佳に言う。静佳は息を切らせながら階段を登っていくが、ふたりに追いつく気配はない。


「そうですよ! こうしてる間にも何が起こるか――」

「うっさい!

 デスクワーカーに運動を求めるな!

 あと歳を考えろ歳を」


「階段じゃないとバレるって言ったの静佳お姉さんですよ~」


 嫌味たっぷりな言い方で奈美は言って、また階段を登り出す。


 エレベーターで登ってしまうと、バレてしまう可能性がある。階段で昇り降りする人はめったにいないので、ばれないだろうとの静佳の提案だったが、いまさら後悔していた。



 展望台の南側は当然海しか見えない。


「風が気持ちいー!

 サーフィンしてるときみたいー」


 遮るものはなく、潮風が吹くのでそんな気分になったのだろう。オサムはそう思ったが、優里亜はそうは思えなかったようで、

「そんなわけないでしょ。体に跳ねてくる水しぶきが足りないわ」


「ユリアはサーフィンしてるとき『感じる』?

 それとも『見える』?」


「見える? 感じる? どういうこと?」


 あまりに抽象的というか不思議な聞き方をされて、優里亜は困惑する。


「えっと、なんて言ったらいいかな……。前に優里亜はサーフィンが不思議体験って言ってたじゃん。どういう不思議を感じるかってこと」


 オサムがフォローを入れると、ソーニャは笑顔で何度も頷く。


「ああ、そういうことね……。

 あたしは、波に押されたり、乗せられたり。

 あとは体にかかってくる水しぶきが気持ちいいわね」


「じゃあ『水を感じる』ってこと?」

「なんでそんな異能力者みたいな言い回しなのよ」


 ソーニャがアクション漫画みたいな言い回しをするのが、優里亜は気になった。日本の漫画などに影響されたのだろうか?

 どっちにしても普段からそういう小説を読んでない人には通じないだろう。


「イノーリョク?」


 今度は逆に聞き返されて、優里亜は首を落とす。意図せずにそういう言葉遣いをしていたようだ。


「漫画とかアニメに出てくる特殊能力が使える人のこと。

 火が使えたり、水を操れたりとか。そんな感じの言い方だったってこと」


「なるほどー、かっこいい!」


 再度のオサムのフォローに、ソーニャは手品でも見るような目でリアクション。優里亜には自画自賛に見えた。


「通じるのはオサムと理衣さんくらいよ」

「今度理衣にも話してみる!」


 理衣がサーフボードに乗った時に『見える』と表現したので、多分通じるだろうとオサムは思った。自分の周りはみんなサーフィンをそんな風に表現している。奈美もサーフィンできるようになったら、どういうふうに『感じる』のか聞いてみたいところだ。


「優里亜は違うっていうけど、ワタシはサーフィンしてるのと同じ感覚がするよ!」


 そう言ってソーニャは手すりに沿って走りだす。まるでサーフボードに乗ってターンしてるような動きだ。


「こーらー、危ないからやめなさい!」

「はーい!」



「……危なかったぁ~」


 ソーニャが手すりに沿ってぐるりと回っていたとき、静佳たちは屋上までの階段に身をひそめていた。階段出口の反対側から賑やかな声が聞こえてくるということは、バレずにすんだようだと三人は揃ってため息。


「ソーニャちゃん、アニメのヒロインみたいな行動するっすね」

「ときどきあんたの目から見た世界がどうなってるのか、分からなくなるときがあるわ」


 そんな会話をしながら外へ。風にのって三人の会話がよく聞こえる。



 静佳たちには気が付かなかったソーニャは、一周回ったところでオサムたちのところに戻ってくる。止まる時の動きもサーフボードから降りるようなアクションだ。そんな動きを見た優里亜は、

「ホントサーフィンバカね」

 と酷評。


 だがソーニャには通じなかったみたいで首を傾げる。


「どういう意味ー?」

「サーフィンのことばっかり考えてる子のことよ。

 そこの男は脳みそまで筋肉だし……」

「すごーい! どうやって鍛えたの?」

「ソーニャ、俺たち馬鹿にされてる……」


 と言うもののソーニャは首を傾げる。

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