1-5 あら良い体してる……
「あれ、奈美さんでしたっけ? どうしてこんなところに?」
オサムが外へ出ると。いつの間にやら店の外に居た奈美を見つける。
「駐車場に変な車があったから。その確認」
奈美の黒いジト目の先には見覚えのある赤いイタ車がある。ここから見えるのは車の後ろで、運転席が見えず、柵が邪魔でナンバーも見えない。なので本当に記憶の中にある自信がないので、オサムは見覚があることは言わないでおく。
(あら良い体してる……)
ふと奈美はオサムに視線を移すと、目線の先にちょうどオサムの体が見える。
シャツ越しでも、湘南でサーフィンをしている男性の体と同じくらい鍛えられた形が分かった。ソーニャがオサムにサーフィンを薦めている理由はこれかもしれないと奈美は考える。
(これは奈美もソーニャちゃんに味方かな?)
そう思い早速行動に移る。まずは取り留めのない話から。
「お兄さんはどこ住んでるの?」
「俺は由比ガ浜の方で一人暮らしですよ」
自転車にサーフボード乗せてここまで余裕で来れる。そう思い続けて、
「あ、奈美に敬語使わなくていいよ。奈美は高校生だし、多分お兄さんのほうが年上でしょ。気軽に話しけてくれたら嬉しいなぁ~」
(ソーニャもそうだけど、サーフィンしてる子はフレンドリーというか、緩いな)
「分かった……」
と曖昧な返事。それを聞くと奈美は裏の顔でニヤリとした。
(押せばいけるかも)
「ところでお兄さんいい体してるね~。サーフィンって楽そうに見えて結構体づくりが重要なスポーツなんだよ~。どう? やってみない?」
「いや、俺はソーニャの付添で……」
「ウェットスーツの試着してみない? 店長代理権限で特別に着せてあげるよ?」
「いや、俺は――」
「ソーニャにも薦められたじゃん。いいからいいからっ」
奈美の細くて温かい手に押され、オサムはグイグイと店内へ戻される。中ではまだソーニャと優里亜が話をしていたのを確認し、他人のふりをして目をそらした。
「うちはオーダーメイドの受付もしてるよ~。やっぱりウェットスーツは既成品よりオーダーメイドをおすすめしたいなー」
「いや、まだ始めるなんて――」
「ソーニャ、迎えに来たよ……ってオサムくんはなにしてんの?」
今度は入り口から静佳がやってくる。オサムの思った通り、あの車は静佳の物のようだ。
海岸でソーニャが迎えに来て欲しいと連絡していたのを思い出す。そこまで頭のなかで帳尻を合わせるとオサムは口を開く。
「あー、いや、服屋で店員に声かけられて、ウェットスーツを試着させられそうになってる」
本人もよく分かっていないので静佳や奈美に視線を移動させながら答える。他に客は居ないし、ソーニャと優里亜は未だに話を続けているし、なんでサーフィンを薦められているのか未だに検討もつかない。
静佳はオサムがサーフィンを強引に薦められていることを判断し、
「でもそいつは意外とひょろいからサーフィンなんてスポーツは無理じゃない?」
体を鍛えているオサムとしてはそう言われるのは心外だ。
それに静佳はオサムが体を鍛えているのを知っている。最初は助け舟かと思ったが、そうじゃないように見え顔をしかめた。
「そんなことないですよお客様~。奈美にはいい体に見えますよ?」
奈美にはふたりがどういう関係なのか分からない。でも、この女性はオサムにサーフィンをやらせたくないひとだ。奈美はすぐにそれを理解し、オサムに見せていた笑顔ではなく作り笑いで対抗する。
怯んではいけない。あんな車に乗ってても、年上でも、偉そうなことをしてるひとでも負けたくない。なぜなら、こんなにいい男にサーフィンをやってもらえないのは、自分の店としても、サーフィン業界としても損失だ。
「ネット小説家やってたやつが良い体とはなんて。店員さんの見立て違いじゃないですか?」
静佳の奈美と似た作り笑顔を見て、奈美は自分の予測が正しかったことがわかる。
良くない営業先に向ける笑顔の静佳としては、オサムにサーフィンをやらせることは、自分の目的の邪魔になる。そんな可能性があるなら排除する必要がある。
「……なに? この状況」
オサムが思わず声に出すほどの展開が繰り広げられている。声に出したあと口はそのまま開きっぱなしだ。
現在、ソーニャVS優里亜と、奈美VS静佳のふたつの騒乱が店内で勃発。さらにその火種となったのはオサムという状況なのは、本人としては認めたくないことではある。
前に優里亜が不良に絡まれたとき、優里亜を担いで逃げ出したことがあるが、そういう解決法もこの場合はできない。ソーニャと奈美だったら一緒に担げると思ったが、問題の解決には至らないし、奈美は連れて行っちゃいけいない。
「っていうか店の駐車場に停まってるミニクーパーって、お姉さんの?」
「そうだよ。いい車でしょ」
「お店に用がないなら、コインパーキングに停めて欲しいんですけど」
「いやよ、ここらへんのパーキング高いもん」
「うちだって土地代高いんですよ。お姉さんあんな車乗ってるならパーキング代くらいケチらないほうがいいのでは?」
頭を使うのに疲れたオサムは、
「えっと……俺ちょっと用があるからこれで帰る」
聞こえてるかどうか分からない――いや、聞こえてないほうが良い。そう思ってオサムはひとこと残し、店を出る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます