2-5 あーしはオサムくん、いえ『桑田ジョニー先生』のストーカーだよ
「はぁ~……」
優里亜は自転車を漕ぎながら久しぶりに重い溜息をつく。日が傾きだす時間とは言ってもまだまだ暑いうえに、思ったようにことが運ばずイライラしている。
さっきオサムの家で見つけた漫画を買いに行くため、優里亜は家にサーフボードを置いてから本屋めぐりをすることにした。まずは隣の鎌倉まで行って探してみたものの、漫画が一冊だけ、他の本屋に行ってもそのタイトルしかなかった。
本屋にないとすると、ありそうなのは藤沢にあるアニメショップくらいだ。だがあそこには優里亜の苦手とする人物がいる。
「ユーリャちゃんじゃないっすか、いらっしゃいませ~」
騒がしい店の入り口のコーナーで、雑誌を並べていた三つ編みメガネという今時流行りそうもない格好をした店員。『理衣』という名前だけは今時だと優里亜は思っている。
「こんにちは、理衣さん。でもあたしの名前は優里亜です」
「前にも言ったっすよ、ユリアの愛称はユーリャだって」
理衣は自分をそう呼ぶが、どういう理屈でそういうことになったのかは優里亜はよく分かっていない。それでも理屈を聞いたところで自分の納得の行く答えは出てこないだろうと、今日も追求を諦める。
「こんな非リア充のスクツにお探しものっすか? オサムくんは来てないっすけど」
「さっき会っていたので知ってます。今は家で漫画読んでるじゃないかと」
「それは野暮なことを聞いたっす」
と理衣はわざとらしく頭を叩いてみせる。この変な動きやペースが優里亜には苦手だった。
「あとそれを言うなら『巣窟』です」
「知ってて言ってるっすよ。ネットスラングってやつっす」
理衣は舌を出して言い訳をする。
こうして会話のペースを完全に持っていかれるのも優里亜は苦手だった。波に乗るのではく、波に乗せてもらっているのでもなく、波に乗せられている感覚。優里亜はため息をついて、
「この本を探してるんですけど。一番上のしか本屋で見つからなくて」
そう言ってスマホのメモ帳を見せる。
「あら~、桑田先生の買っていった本と同じっすねぇ~」
「なんでオサムが読んでる本だって知って――」
今のは言わないほうが良かった。慌てて飲み込むも、理衣は逃がしてくれるはずもないだろう。理衣のメガネの向こうの星がそう言っている。
「だって、あーしが教えたっすから。でもどうしてっすかね~? 偶然には見えないっす」
どう説明したものか。白状して、オサムの家にあったから気になって買いに来たというけべきか否か。でもそれを言ってしまうと、なんて言われてしまうか。
このひとのことだから、自分とオサムとの関係を聞かれてしまうだろう。幼なじみであることはみんなに言っているし事実ではあるが、それ以上のことを追求されるだろう。
例えば好意を持っているかどうかとか。
理衣は少し優里亜の表情を伺ってから、
「……分かったっす。じゃ、残りの本を取りに行くっすよ」
なにが分かったのだろうか。もしかしたらいらぬ勘違い――勘違いの方がまし――をされた可能性もある。でも、それ以上聞かず本の場所を案内する理衣を見て、一旦は危機を脱したと内心でホッとする。
「はい、これ」
理衣が連れて来たのは新書サイズの小説と思われる本が並ぶコーナー。バラで飾られた表紙が目立つなと思ったところで、理衣に本を渡される。
(あれ、こんな本オサムの家にあ――)
「って、これ違うじゃないですかっ!」
表紙はイケメン男子がふたり、サーフボードではなくお互いの肩を抱いている。背景が海辺で、丁寧にサーフボードもふたつ描かれているので、サーフィンをする小説なのは優里亜にも分かる。だがこれは明らかにそれがメインではない。
「サーフィンするイケメンが出てくる本っすよ。
これもオサムくんに勧めようとしたんだけど失敗しちゃって……。
ユーリャちゃんはこういうのも良いかなぁって思ってのチョイスっす」
「良くないっ! こういうのってどういう層が読むの……?」
「あーしみたいなひとっすかねぇ?」
「あたし普通のひとなんで」
「ちぇ~、では改めてご案内っす」
優里亜はため息をつきながら、渡された本を元の場所に戻す。次に理衣が案内したのは、女の子が表紙を飾る漫画ばかりのコーナー。
やっぱり表紙は女の子がたくさん描かれていたが、これはオサムの家にもあったやつだ。
「こういうのってどういうひとが買うんです?」
「オサムくんみたいなひとっす」
「まあ、そうね……」
優里亜としては理衣だけではなく、この店自体が異世界だ。オサムが書いていた本のような魔法と剣の世界ではなく、もっと混沌とした『なにか』だと思っている。
周りを見れば、自分くらいの歳の女子にも流行っているアイドルアニメとかのグッズや漫画も取り揃っている。知ってる世界の住民もここに足を運ぶことは想像できるが、それ以上は想像もできない。
「あとは、このライトノベルっすね」
すぐ裏にあったライトノベルのコーナーにあった本を渡されて、全部揃ったことを優里亜はメモで確認する。
(サーフィンで世界を救うって、最近の世界は安くなったのか、魔王が弱くなったのか、分からないわね)
オサムが書いていた小説が出版されたレーベルの本は、こういうのが多かったのを思い出す。結局オサムのしか買ってないし、他のにどうしても興味が沸かなかった。
それでもオサムの本を読めたのは、オサムが書いたという事実もあり、それ以上に力強さを感じる物語だったからだ。
それを思い出すと、ふと疑問が湧く。
「ところで、理衣さんって、オサムとはどういう関係なんです?」
オサムが小説を書いていたことも知っているし、優里亜や静佳のことも知っている。一体どういう経緯で知り合ったのか、どういう理由でオサムが小説家であることを知ったのか、優里亜は疑問に思っていた。
「あーしはオサムくん、いえ『桑田ジョニー先生』のストーカーだよ」
「はぁっ!?」
いつもと違う口調、トーンやその表情に優里亜は水鉄砲を食らったようなリアクションをとる。行き交うひとたちが変な目で優里亜を見たが、優里亜にとってそれどころではない。
「冗談っす」
そう理衣は取ってつけるが、あまり冗談には聞こえなかった。このひとならストーカーしてても不思議じゃない。
「あーしは『桑田ジョニー先生』の大ファン。先生のことはなんでも知りたい。好きな物、読んでる本、友好関係、過去のエピソード、先生を形作っている全ての物を知りたいの」
(それじゃストーカーとあまり大差ないんじゃ)
そう思ってしまったが、多分これは口にしちゃいけない。それは理衣が傷つくからではなく、開き直って本当にオサムをストーカーしそうだから。
今度オサムの家に行ったときに、盗聴器とかカメラなどがないか確認する必要がある。そう優里亜は思いながらレジへと足を運ぶ。
「お会計は、千八百円っす」
「結構お高い。面白かったら続きも買おうと思ったんだけど、すぐは難しいわね~」
優里亜はさっきいじられた分、仕返しにいやみったらしく言ってみる。
このひとが店でどういうポジションにいるか分からないが、値引きしてもらえないかと気まぐれで思った。
「でしたら、ポイントカードをお作りするのをオススメするっす?
あーしが見繕った本は、他の本屋さんにないんっすよね?
でしたら、今後もここで買ってくれるっすよね?
百円で一ポイント、一ポイントで一円分還元っす!
さらに今は漫画キャンペーンやってて、漫画はポイント倍っすね」
「作って」
この場では理衣のほうが何枚も上手だった。
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