1-6ジョニー先生サーフィン始めるんっすか! まさに波乗りジョニー!
(サーフィン……ねぇ)
『エアシップ』の騒乱から逃げてきたオサムは、このまま返っても誰かに待ち伏せされるのではないか。なので購読している漫画の続きを買うという名目で、藤沢に逃げるべく電車へとへと乗った。
行き先はアニメショップだ。普通の本屋には置いてない漫画なので、少し遠くても専門ショップに頼らざる得ない。
江ノ電の出口を出て街中を歩くこと十分ほど、ビルの地下にあるその店は今日もアニメの主題歌が流れ、賑やかだ。そんな店に入るなり、
「あら、桑田ジョニー先生こんにちはっす」
表で漫画を補充していた黒髪三つ編みメガネという昭和の文学少女を思わせる女性。彼女はオサムの来店に気がつくなり、営業スマイルとは違う笑顔で声をかけた。
「その名前で呼ばないでください、理衣さん」
オサムは眉を凹ませ困った顔をする。
そんな店員の理衣はオサムをペンネームでよく呼ぶ。作家同士は本名ではなくペンネームで呼び合うので、オサムもそう呼ばれることはあったがいまいち馴れない。
「えー、あーしの中ではオサムくんじゃなくて、ジョニー先生のほうがしっくり来るっす。そう呼んじゃダメっすか?」
「ダメです。それにお店の中なので」
「あー、バレたらまずいっす?」
バレてもサインを求められることはないだろうとオサムは思っている。店には自分の本はもう置いてないし、そもそもウェブ小説家なんて今時珍しくもない。なので理由は、
「いえ、単純に恥ずかしいです」
とオサムは頭をかく。
「それはそうと、今日は何用っすか?」
「集めてる漫画の新刊を買いに来ました」
「これとこれでっすね」
理衣は自分が並べていた漫画から二冊手に取りオサムに渡す。
「よく覚えてますね」
「常連さんの買うタイトルは覚えるっすよ。
ましてやそれがジョニー先生のならなおさらっす」
「だから、ペンネームで呼ばないでくださいって」
理衣は失敬と言わんばかりに舌を出す。
本当だったら要件はこれだけだったが、電車の中でふと買ってみようと思ったものも聞いてみることにする。
「あと、サーフィンを題材にしたおすすめ漫画とかはないです?
ラノベでもいいですけど」
「サーフィン? 先生はリア充向けスポーツに興味おありっすか?」
オタクから見て、サーフィンはリア充のスポーツだと理衣は思っている。ネットスラングで言うならば『ウェーイ系』と呼ばれるタイプの人間が好むスポーツで、その『ウェーイ系』をオタクは嫌う。それとオサムが繋がらず最初は首を傾げたが、
「あっ! 優里亜ちゃん、サーフィンしてるっすね。その影響っすか? でも優里亜ちゃんは結構前からやってたっすから……」
理衣はオサムの周囲の人間とも交流があった。優里亜の存在も知ってるし、静佳とはたまに鎌倉のバーで飲む程の仲だ。オサムもそれは知っているが、なぜ自分の周りのことに詳しいのかは分かっていない。
「お世話になってるひとの親戚が来てて、その子がサーフィンやってたから――」
「その親戚の子の波乗りを見て興味が湧いた。そういうわけっすね」
「そんな感じです。それでサーフショップの店員さんにも薦められて――」
「ジョニー先生サーフィン始めるんっすか! まさに波乗りジョニー!」
理衣はオサムに噛みつく勢いで話に噛み付いた。
「まだ始めてないです」
そんな理衣の反応に見慣れているオサムは、特に気にすることもなく淡々とした声で否定。
理衣はオサムのファンである。この店でサイン会をすることになり、そのときに作品が好きだという理衣と知り合った。理衣はオサムのことをなんでも知りたいと言い、いろいろな質問をされた。
現在も、理衣と会えばいろいろな話を聞かれる。今はまってること、大学であったこと、友好関係などなど……。
ただのファンというわけではなく、このひとは自分について違う興味を持っているというのはオサムでも察しがつく。だがどうしてこんなにも自分に興味を持つのかは分からないでいた。
「いずれ始める予定があるんですね。分かりますっす」
「分からないでください。っていうか仕事してください」
「はーい」
怒られても懲りないイタズラ少年のような返事をして理衣は、
「では、ご案内するっす~。この漫画がちょうど月刊誌に連載中で、主人公がサーフィンやってますよ」
理衣から、新刊のコーナーにおいてあった漫画を一冊受け取る。表紙の男の子が大きなサーフボードに乗っている。
「サーフィンしてるのは女の子のほうがいいっすか? それとも少年漫画みたいなのがいいっすか?」
「どちらでも。あ、BLとかはなしですよ」
「……はい」
「なんですか今の間は!?」
理衣はオサムの言葉を受け、体の向きをBL小説の並ぶコーナーから、ライトノベルのコーナーへと変える。
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