4-5 なんか、雑コラみたいっす
辻堂にあるショッピングモール。平日でありながら夏休み中ということで今日もとても人通りが多く、様々な声が賑やかに飛び交っている。
理衣は久しぶりに本屋とコンビニとスーパーマーケット以外の店にやってきた。服を買うための服がないことを悩むような気分になりながらも、あまり馴れない喧騒の中までざわざわやってきた理由は水着だ。
一週間前、オサムに普通に遊びに来てほしいと言われた。それ以来『普通に遊ぶ』ということが分からず、ずっと考えていた。そこで家にあるマンガやラノベのキャラクターが、どういう風に『普通の遊び』をしているのかを研究してみた。その結果海でビーチバレーがいいという結論に至る。
ビーチボールはとりあえず百円ショップで買ったので、あとは水着。話題にも上がったスクール水着を着るわけには行かないので、新調することになった。
手軽に通販で買うのもいいかと思ったが、サイズが合わないと困るので、現物を見に来たのだった。
サイズの不安もあるが、普段から服を買うかと言うとあまり買わない理衣からすれば、水着選びはハードルが高かった。通販サイトも眺めてみたが、選び方が全然分からなかったし、同じ金額のアニメ作品のブルーレイを買うのとはわけが違った。
だが、まるでソーニャの様なスタイルの良いマネキンが着ているフリルの付いたハイビスカス柄の可愛らしいビキニや、金メッキのリングが施されたブラックテイストのセクシーなビキニを眺めてもピンと来ない。
それを見た理衣は、装備できない鎧を眺めているような顔をしていた。
「あら、先日居たオサムお兄さんのファンだっていう――」
「理衣さんね。こんにちは」
不思議そうな声で理衣に話しかけたのは、ラフな白シャツにチェック柄のミニスカートといつものニーソックス、絶対領域が眩しい優里亜。
その隣りにいる、タンクトップに短パンというリア充らしい格好で、さらにサーフィンショップというリア充要素の役満とも言える奈美だった。
「ユーリャちゃんと、サーフィンショップの――」
「奈美ですよ。サーフィンショップの一人娘でーす!」
「あーしは、理衣って言いまっす。オサムくんの小説のファンっすよ」
「……アニメショップの店員さんよ」
理衣の妙な自己紹介に首を傾げる奈美を見て、優里亜が淡々とした口調で補足をくわえる。
「理衣さん、こういう『リア充のいる場所』は苦手なんじゃないんですか?」
「そうなんっすけど……」
理衣は弱々しい声で、優里亜の指摘を肯定する。可能ならば近寄りたくない場所。例えるなら、渋谷と秋葉原くらい違う場所だと思っている。
「あっ、先日の話です? 水着を買いに来たとか?」
「う、うん」
奈美のストレートな声の質問に理衣は少し引きながらも答える。
優里亜はオサムのおかげでオタク文化に理解があるから話せる。
だが奈美のようなリア充に話が通じるのか、共通言語があるのか、理衣は不安があり本棚を探るように言葉を探りながら答える。
対して奈美はというとそんなことはない。
どこの国の人間か分からなかったソーニャに、片言英語で話しかけようと思うほどの行動力と度胸、好奇心がある。
だから、初対面でも友達の友達なら気軽に話しかけられる。
なので、理衣の反応には首を傾げつつのやりとりになる。
「どういう風の吹き回しかわからないですけど、それで悩んでるわけですね」
本当に理衣になにがあったのかは分からないが、ここでマネキンを眺めている要件を優里亜は理解し、腕を組んだ。
「水着選びなんて初めてだから、どうしたらいいかチンプンカンプンなんっすよ」
「でも理衣さんは、いろいろ本読んだりしてるじゃないですか。
萌系の漫画とか。それに出てくる水着とかでいいんじゃないです?」
「そういうのはユーリャちゃんや奈美ちゃんが着るからいいの。
あーしはほら、こけしみたいな女だから」
と自嘲し乾いた笑いをしながら理衣は言う。奈美は子供を見るような目で、
「自己評価低いんですね」
「オタクってそういうひとっす」
リア充には分からないだろうなぁ、と理衣は思って苦笑い。
理衣が友達と呼べる存在はオサムと静佳くらいだ。いきなり知らないひとに話しかけることもできないし、水着選びができないし。こういうときにオタク――というよりコミュ症は苦労すると理衣は分かっていた。だから自分に呆れた表情ができた。
「じゃあ奈美たちが選んであげましょうか?」
「えっ、悪いっすよ……」
「あたしも先日買いに来たんだけど、どこかのロシアの金髪に邪魔されちゃって~」
優里亜のイヤミたっぷりな声に、ソーニャのことだろうと理衣にはすぐに察しがつく。やっぱり恋敵として認識しているんだろうなと理衣は感じた。
「だから、あたしのを選ぶ『ついで』ですよ。それなら遠慮しないですよね?」
(ツンデレさんらしい言い回しだなぁ)
優里亜はアニメの微笑ましい展開を見ているような気持ちになり、表情と自虐精神が緩んでいく。ここまでされたら断ることはできないと思って、
「そういうことでしたら、よろしくお願いしまっす」
#
「それで、理衣さんはどういうのが好みです?
こんなのとか、こんなのとかどうです?」
奈美が近くにあったビキニを両手に持ち、ワンツーパンチするように理衣に見せる。フリルのついたいかにも可愛い子が着てそうだと理衣は感じたが、それを着た自分があまりに想像できず顔が引きつる。
「あー」
「――先に言っておきますけど『あーしには似合わないっす』っていうのは抜きで」
理衣が口を開いた瞬間、優里亜に台詞を先読みさた。理衣は固まった表情で、
(こういうことに関してはリア充は一枚上手っすね)
と思いながら台詞を考え直した。
「そうっすね……大人し目というか地味っていうか」
「渋い感じ?」
「多分それっす」
「じゃあ、これとか?」
次に奈美が見せてきたのは黒のワンピース水着。競泳用というわけではないが、きっちりしてて体のラインがよく出るデザインに、理衣は曇った目で自分の体と水着を交互に見た。
「あーし、プロポーションには自身が……」
「んー、となると……」
「理衣さん自分のが選べなかったら、あたしのを選んでくださいよ」
奈美の提案にしっくりこない理衣に、優里亜が探偵助手のように人差し指を立てて代替案を出した。
「あーしが? ユーリャちゃんの?」
「そうですよ~。理衣さんのセンスならどうなるかちょっと興味あります」
「理衣さんって、デザインのセンスとかあるひとなんです?」
「いあいあ、あーしができるのは本の陳列とかポップ作りとかしか――」
「できるんですね~。奈美も興味湧いてきました」
新しい興味を見つけたように奈美は輝いた目を理衣に向ける。
両手を振って自分のことを謙遜する理衣は、自分にあまり自信がないタイプだと優里亜は感じる。自分の好きなことはとことん突き詰めるのでそこに自信はあるが、自分自身には自信が持てない。だから、自分に似合う水着が分からないではないか。
だったら自分のセンスが間違ってないことを、他人の水着を選ばせて証明すればいい。そうすれば理衣はもっと自分に自信が持てるのではないかと思っての提案だ。
「最終的に決めるのはあたしなんで、提案だけでもしてくださいよ」
「ユーリャちゃんがそう言うなら……」
理衣はベタラメに作られた方程式を見ているような困った顔のまま答える。
最終的には優里亜が決める。だから自分は良さそうなのを見つけるだけ。オサムにおすすめの本を見繕うのと同じ。それを水着、ファッションに置き換えただけ。そう考えながら、ハンガーにかけてある水着を手に取る。
理衣は相手に本を勧めるとき、相手が普段どういう漫画やアニメを見ているか聞く。それ以外にもプレイしているゲーム、好きな声優やアイドルなど、相手の好みや話し方からどういうひとなのかを想像する。
優里亜はオサムの幼なじみで、彼のことが好きな女の子だと理衣は認識している。サーフィンもしていて、友達も多いリア充寄りの子。性格は絵に描いたようなツンデレ。気も強くで、たまに毒を吐く。でも悪い子ではなく、むしろ正義感は強い。
多分理衣の知っているこれらの情報を優里亜に確認すると、顔を真赤にしてなぜ知っているのかと問い詰めに来るだろう。
そんな優里亜が似合いそうな漫画ではなく、水着に置き換えた場合は、
「こういうのはどうっすか?」
理衣が弱々しい手つきでとったのはパレオのついた薄い紫色の水着だ。優里亜のイメージを、なんとなくデザインにするとこの色だという、感覚というか直感の入ったチョイス。
あとこのバストのフリルが、優里亜の胸の小ささをフォローするだろうというのもある。
「あら、可愛い。でも、あたしだったら目に止めなかったかも」
「いいなぁ~。やっぱりいいセンス持ってるじゃないですか~。理衣さん、奈美にも選んでよ~」
「ええっ、なーみんの水着もっすか?」
奈美の思わぬ反応に理衣は上がった声で聞き直した。
理衣はふと思いついたアダ名で奈美を呼ぶが、まだ彼女のことをよく知らない。ということは優里亜と同じように、人物を分析して似合うものを選ぶことができない。かと言って、理衣は奈美とうまく会話する自信がない。
昨日はお店のテラスですれ違ったときに思った。
多分自分が話しづらい相手。だが相手はそんなことは思っていなくて、積極的に話しかけてくるタイプだと。
「はいはい、今日はあたしの水着を見に来たんだから。それに奈美は今日はそんなお金持ってきてないでしょ?」
メガネと同じように目を丸くした理衣を助けるように、優里亜は奈美の首根っこをつかむ。
「うー……。あと理衣さん、『なーみん』ってなんですか?」
「可愛いアダ名思いついたので呼んでみたっす」
奈美がジト目で優里亜の水着と理衣を交互に見つめる。『なーみん』というアダ名に物言いたげな感じと、なんだかんだ言ってお小遣いがある優里亜ばかりズルいと羨むような顔に見えたが、優里亜は奈美を放っておく。
「じゃあ、自分の水着も選べますよね?」
「それは……難しいっす」
応用問題を出すような優里亜の言葉に、理衣の目はまた曇る。
他人のを選ぶのと自分のを選ぶのでは違うと理衣は思っている。そもそも自分には、どの水着も似合わないだろう。
「さっき言ってた他人への勧め方、これを自分にやればいいだけじゃないですか」
「そうですよー。自分のことなんだから、よく分かるんじゃないですか?」
「簡単に言ってくれるね、なーみん」
「簡単なことだと思ってますから」
ケロッとした声と『奈美はできるよ』と言わんばかりの涼しい表情で奈美は言ってしまう。
自分を客観視して、同じように考えればいい。そう言っているのは分かるが、それは難しい。
「理衣さんは自分をどんな人間だと思ってます?」
「どんなって……オタクで、仕事以外は家でゴロゴロ漫画や小説読んでる、女の風上にも置けないやつっす」
「悲観しすぎですよ。理衣さんもちゃんと女性――女の子してますよ」
奈美は自分に自信が持てない理衣を見て可愛いと思って、年下の女の子に話しかけるような作った声で言った。年上の女性とは思えない不器用さと自信の無さ。このひとは無自覚に『女の子』なんだと奈美は、理衣のマイナスオーラをみて感じている。
「そうっすか?」
「じゃなきゃ見た目を気にしません。
見た目やファッションを気にして、それを見せたいひとがいるなら、乙女の心はちゃんと持ってますよ~。
ね~優里亜ちゃん」
「おおむね同意だけど、なんであたしの方見ていうの?」
「だって~水着を見せたいひとがいるから、わざわざこの時期になって新しいの買おうって思ったんだもんね~」
「あ~、なるほどっすね」
「な、なんで理衣さん今納得したんですか!?」
「ううん。そういう風に考えるんだなぁって、思っただけっすよ」
優里亜と奈美のやりとりに、気持ちが切り替わった理衣はリラックスしてほぐれた表情でハンガーにかかっている水着を見ていく。
理衣が水着を買うのはオサムとソーニャと遊ぶため。ふたりと一緒にいてもおかしくない格好になるためにここに来た。
だからそういうのを見つければいい。
そうすれば自然に似合うものが見つかるはず。
自分の見てきたアニメや漫画と同じく、色も形も多種多様の水着の中で、
「なら、これ……どうっすか?」
理衣が見つけたのはビキニタイプの白を基調とした水着だった。黒いアクセントがあまり地味すぎないワンポイントになっているところに興味のような気持ちを感じ、手に取った。
「いいと思いますよ」
「奈美もいいと思います!
似合うかどうか試着しましょうよ」
「うん、あたしも試着したいし」
「ええ~、今着るんっすか?」
まるで宝物を見つけたような表情の優里亜は、宝物の価値が分かっていなさそうな理衣を試着室の方へ押しながら、
「当然です! 最終的には誰かに見てもらうんですから!
それに買ってから似合わない、着れないなんてことのないようにですよ!」
「う~、インドア派の自分にはつらいっすよ~」
理衣は困った顔のままずいずい押されていく。だがその表情は少し笑ってて、本心ではこのかわいい水着を着てみたいという女の子の心を優里亜は感じた。
「どうして水着を買いに来たのかは分かりませんが、これを機会に脱引きこもりのですよ。それにいずれはこれを来て人前にでるんですから!」
言葉でも理衣を押していく。
「そう言われればそうだけど~」
「理衣さんはもっと自信持っていいと思いますよ。
奈美の見立てが正しければ、結構スタイルいいはずですから」
自分の目に間違いないという目をしながら、奈美も理衣を物理的にも心理的にも押していく。
「引きこもりなのに?」
「スタイルがいいというのは、細いのがすべてじゃないですよ。出るところがちゃんと出てるのも魅力的なんですよ」
「細い二人に言われても納得できないっすよお~」
そう喚きながら理衣は更衣室のカーテンの中に押し込まれた。
#
「ほら似合ってるじゃないですか」
理衣がカーテンを開けるなり、先に着替え終わっていた優里亜が自信満々の声と顔で言う。だが理衣はその言葉を最後まで聞こうとせずにカーテンを閉めようとした。
「ほら、逃げない逃げない。かわいいですよ」
愛らしい人形を見ているような微笑ましい表情の奈美が素早くその手を止める。
優里亜と奈美からは逃げられないと分かると、恥ずかしさで理衣の顔が赤くなっていく。
「ユーリャちゃんほどじゃないっすよ~!」
肉食動物に追われて逃げ場がなくなった小動物みたいに、理衣は必死にカーテンを閉めようとしているが、ふたりの手には無駄な抵抗になっていた。
「理衣さんは年上ですけど、なんだか可愛いって思っちゃいました」
そんな様子を見て奈美は、ネットで猫動画でも見ているような笑みで思ったことを口にする。対して理衣は、アニメの中の女の子に言うように、
「『おまかわ』ってやつっすよ」
「変な言葉でごまかしてもダメですよ?」
「ネットスラングで『お前のほうが可愛いよ』ってやつっすよ~」
奈美の褒め言葉に反論するも、反論になってないとばかりに奈美も優里亜も表情を崩さない。
「でもお世辞抜きで結構似合ってると思いますよ」
「……ホントっすか?」
優里亜の言葉に理衣の手が止まる。理衣が自分が一生かかっても解けないと思っていた方程式の回答が優里亜からできたような気分になり、顔もうずうずしてくる。
「これ以上褒める方法は店員さんも呼んで、永遠と『理衣さん可愛い』コールするしかないですよ」
「ユーリャちゃん、『延々』じゃないんすか?」
「『永遠』であってますよ」
「なにそれ楽しそう」
優里亜の提案だけでも恐ろしいのに、奈美がそれに乗り始めるともう投降するしかない気がしてきた。理衣は文字通り投降のサインとしてカーテンから手を離した。
「うう、リア充怖いっす」
と奥歯を震えさせながら恐怖のコメント。理衣はこのノリと勢いで攻めてくる感じが苦手だ。
優里亜は理衣の姿を見て本心からいいなと思って褒めているのだが、自信の持てない理衣には伝わっていないようだと感じる。
スポ根アニメのコーチのように腕を組んで、
「理衣さん鏡見た?」
「鏡は苦手なんっすよ」
優里亜の質問に、苦手な食べ物を口に含んだような表情で理衣は返す。
「とりあえず見てみてください。普段おとなしめな服を来てる自分が、結構違って見えるかもしれませんよ」
諭すように言われた理衣は、おばけに恐怖するように真後ろにある鏡に向かう。
得体の知れない存在が後ろにはあった。
自分の顔をしているが、首から下は見たことがない体だ。
シンデレラにかかる魔法が中途半端だったのか。変身の実を半分しか食べれなかったのか。画像編集ソフトが途中停止して中途半端に保存されたのか。原因は分からないがその状況に理衣の思考は止まる。
「どうです?」
口を開けてボーッとしている理衣に優里亜は『思った通りだと』思いながら声をかける。
「なんか、雑コラみたいっす」
理衣が固まった頭を再起動しながらようやくひねり出した言葉がそれだった。自分にはオサムみたいないい表現はできないなと、その表現に心のなかで苦笑する。
「雑コラ?」
「アニメとか漫画の画像を継ぎ接ぎしてウケ狙いで作るコラージュ作品っす」
「……ホントそういう言葉遣い変えればもっといいのに」
「喋らなきゃ美人ってやつ?」
優里亜はその発言にお手上げだった。奈美も残念美人と言わんばかりの酷評をしながら苦笑してしまう。
「それそれ。声も綺麗なのに、使ってる言葉がオタクっぽい……」
「オタクっすから」
そんなふたりの残念美人扱いも特に気にすることはなく――気にする余裕も理衣にはなく、いつもどおりの飄々とした声で答える。
だが心の中では『自分はまるでシンデレラ』という気分だった。
「で、理衣さん。その……『雑コラ?』って表現したってことは、結構いい感じだと思ってるんですよね?」
優里亜の確認の言葉に、方程式の最後の解ができた。
自分はアニメのヒロインのように、新しい自分を見つけられたのかもしれない。
まだ恥ずかしいが、周りからは恥ずかしいやつだと思われない姿。
この姿になりたくて、ここに来た。
「そうっすね。これにするっす」
晴れ晴れしい理衣の表情を見て、優里亜と奈美は顔を合わせて笑った。
#
会計をすませて、目的を達成した理衣は少し浮足だっていた。
自分がこんなに可愛らしい水着を買ってしまった。地味な単なるオタクが、ラブコメアニメに出てくる女の子のような水着を買った。さらに次の週にはこれを着て男の子や、金髪少女と遊ぶ。こんなにアニメみたいなイベントが待っているのだ。
これはおふたりにお礼をしないといけないと思った理衣は、通りかかったコーヒーチェーン店を見て、
「今日はありがとうっす。おごりまっすよ?」
と、ご機嫌な表情で提案する。
「いいんですか!?」
「こう見えても社会人っす。あーしの場合、漢字にすると『社壊人』とか『社怪人』かもしれないっすけど」
優里亜と奈美が顔を合わせる。理衣がなにを言いたいのかよく分からなかったが、
「ごちです!」
「です!」
とりあえずごちそうになるものはなろうということにして、元気に返事をした。
全国どこに行っても同じシックな雰囲気のコーヒーチェーン店に三人は入る。店員に挨拶をされてから、リア充に混じって列に並んだ。営業スマイルの店員から、店の内装と同じデザインのメニューを受け取った理衣はそれを見て、
「とは見栄を張ったものの、どういうのがいいのか分からないんっすよ」
引きつった笑みでリア充仮面を剥がし、降参するように手を上げた。
自分があまりこないお店だったとはいえ、文字から見た目も味も想像できないとは思ってもなかった。メニューを見たときに見えた文字がRPGゲームの呪文か、SF小説の用語かなにかに見えた理衣は、メニューをふたりに渡す。
「じゃあ、新作のキャラメルとワッフルの入ったのがいいと思いますよ」
「わっふるわっふる」
「……芸人のネタかなんかですか?」
「あははは……、そのワッフルでお願いします」
そんなお笑い芸人がネタを滑らせたように奈美の質問に、理衣は乾いた笑いで答える。優里亜はそんなやりとりを見て、理衣に聞こえるように大きなわざとらしいため息をつく。
レジの順番が来ると、奈美がその呪文のようなメニュー名を三つ注文。レジのひとがさらに略称と思われる言葉を作るひとに伝える。そんなやり取りを見た理衣は自分のいる場所との世界観があまりに違い、目を丸くしてびっくりするばかりだった。
店員の案内でカウンターの前でドリンクを待つという、効率的なシステムにも驚きながら、
「ホントおふたりがいて助かったっす。
このお店もそうでしたが、あーしには水着なんてどうしたらいいか分からなかったっす……」
と見栄を張ったことを後悔したことを正直に言う。
「でも、水着はちゃんと選べたじゃないですか」
「そうそう! 奈美も今度は理衣さんに選んでもらいますからね」
「お手柔らかによろしくっす」
作ってもらった甘そうなクリーム色をしたドリンクを受け取り、ちょうど空いたテーブル席へ足を運ぶ。
さっそく理衣はドリンクのストローへ口をつけると、
「なんっすかこれ!?
世のリア充どもは、こんなに美味しいのをちょくちょく飲んでたんっすか!?」
初めて飲む魔法のドリンクは、文字通りの意味で別の世界の飲み物だったとプラスチック製のカップを二度見して理衣は驚いた。
「理衣さんって変なひとだと思ってたけど、こうして話してみるとやっぱり変なひとよね」
特に遠慮したりオブラートに包むことなく、優里亜は理衣を見て思ったことを淡々と口にする。奈美もちょっと苦笑いをしていたが、理衣はけろっとした顔で、
「自覚はあるっすよ」
「でも面白いひとだと奈美は思うな~。
感性が独特っていうか、オサムくんもたまに変なこと言うし、ソーニャちゃんもおかしな言葉使うけど、ふたりを足してパワーアップさせた感じ?」
「それは最上級の褒め言葉っす」
憧れのオサムや、愛らしいソーニャの要素が自分にもあるというのは理衣にとって光栄と言う他なく、心底嬉しそうな笑顔で理衣は答える。
「ほら、こういうところが」
だが、自身を奇人、変人というふうにけなしている理衣にとっては『独特』という言葉が褒めているように聞こえる。
奈美も優里亜もこういうところが変だと思っていた。
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