1-4 オサムにもサーフィン興味持って欲しくて連れてきた
「あっ、戻ってきた~」
ソーニャの着替えのためにサーフィンショップに戻ってくるなり、ふたりに褐色の店員が話しかけてくる。待ちわびていた表情でオサムたちのところにくるが、
「えっと、フォエアアーユーフロム? で、通じるかな……」
店員は英語で話しかけて良いのか分からないような喋り方で、恐る恐る聞いた。
「日本語で大丈夫だよ!」
「やった! ねえねえどこから来たの?」
外国人の客は珍しいのか、店員は騒がしい笑顔と興味津津な高い声で聞いてくる。
「ロシアだよ!」
「マジで? ロシアだとカムチャッカくらいしか、乗れるところないでしょ? やっぱりもっと乗りたくて日本に?」
「うん、カムチャッカも良いところ。だけど、日本の――特に湘南はサーファーたくさんくるいい場所って聞いたから」
「そうそう! よく分かってるじゃない! あたしは。奈良県の『奈』に、美しいって書いて奈美。ここの店長代理だよ。君は名前なんていうの?」
「ワタシはソーニャ。ナミって良い名前」
「でしょう? お父さんもサーファーで、安直に海の波から取ったんだって。おまけに七月三日生まれ! 語呂合わせでナミになるんだよ!」
「素敵! でもテンチューダーリってなに?」
「店長代理。店の偉いひとの代わりってこと」
女子トークに圧倒されていたオサムがすきを見てフォローする。本当は『早く着替えろよ』と言いたいが、このトークを遮ると怒られそうな予感がするのでこれ以上は言えずにいた。
「ということは、お父さんがお店の偉いひと?」
「小さいお店だから偉いもなにもないけどね。夏休みの期間はお父さんと交代で店をみてるんだ。お父さんは海の家出してるから。ねぇねぇ、カムチャッカのサーフィンについて教えてよ?」
「いいよ! あそこはね――」
話についていけそうもない。オサムはそう思ってとりあえず、外の自販で一杯しようかと店を出ようとする。
「奈美~、今日もご苦労さん……ってオサム!?」
「優里亜じゃん」
常連の挨拶でお店にやってきた女の子は、オサムのよく知る人物で幼なじみの優里亜だった。
細い肩が見えるノースリーブのシャツに、ジーンズ生地の短パン、トレードマークの黒のニーソックス。表情や格好は友達の家に遊びに来たという感じがする。
「なんでこんなところに来てるの?」
「静佳ねえの親戚が来てて、その付き添いだよ」
ふたりの会話に気がついたソーニャがトコトコと駆け寄ってくる。
「ロシアから来ましたソーニャだよ。コンゴトモヨロシク」
と礼をする。それを見て無表情のまま優里亜は『変な子』と脳内でコメントした。
「旅行で来たの?」
それに来たならここには来ないだろうと思いつつも、他に理由が思いつかない。優里亜が本当に聞きたいのは、どうしてオサムがここにいるかなのだが、直に聞くことができず顔を固めたまま探りを入れることにした。
「サーフィン! ワタシ日本でサーフィンがしたくてきたの。オサムにもサーフィン興味持って欲しくて連れてきた」
優里亜としては聞き捨てならない言葉に、茶色のつり目を見開いた。
「どういうことよ!?」
「知らない知らない!」
優里亜の声をガードするように両手を振ったオサムも、これは初耳の話だった。
「言ってないっけ?」
「言われてない言われてない」
首を傾げるソーニャ、首をふるオサム、優里亜は縦にも横にも動かさず、
(私が誘っても一度も見に来てくれなかったくせに)
と優里亜はオサムにはあとで文句を言うことにしようと、その言葉は置いておく。今はこの金髪の女の子に言うことがある。
「あたしはオサムにサーフィンしてほしくない」
「どうして?」
「オサムは小説家やってたの! サーフィンじゃなくて小説書いてほしいの!」
優里亜の言葉に『なんで?』と聞きたかったオサムだが、それより先にソーニャは、
「オサムもサーフィンやってほしい! こんなに楽しいスポーツない! しかもここならいつでもできる! 家にいるより波に乗った方がいい!」
今日出会ったばかりなのに、ソーニャはオサムのことをよく知っているような、強い口調で言った。
「オサムはサーフィン向いてると思うよ。ここの波がいいって教えてくれたのはオサムなんだから。ヒッチャクヒッチョウだよ」
「多分『必殺必中』って言いたいと思うんだけど、使い方違ってるわよ」
「アレ?」
首を傾げるソーニャを見てペースを崩された優里亜は咳払いをして、
「それはともかくあなた! オサムと出会ってどのくらい経つの? オサムのこと、どのくらい知ってるの?」
「今日初めて会った」
「ぬあっ……!?」
衝動的に言ってはいけないことを言ってしまうのをこらえた声を出した。その言葉を腹の奥に飲み込み、苦虫を噛んでいるような表情の優里亜は、反論の口を再度開く。
「確かにオサムは体を鍛えてる。でもサーフィンやるやつじゃないわ。幼なじみで、何年も一緒に居たあたしが言うんだから間違いないの!」
(そこまで否定しなくても……)
だがこれを口に出すと優里亜は自分に牙をむくと、オサムは分かってた。なのでただただ中立を保つため、ソーニャにはサーフィンを誘われてないという顔を作る。
「オサナージミィってなに?」
「幼なじみ! 小さい頃から一緒にいる……友だちってこと」
友だちという言葉を使うのに優里亜はためらい顔をしかめる。だが今はその言葉しか適当な単語が浮かばず、苦虫と一緒に飲み込んでから選んだ。
「なるほどー。そうなの?」
「まあ、幼稚園から一緒だな」
オサムは優里亜を刺激しないようにそっけなく答える。だがそのためらった理由をソーニャも、当事者であるオサムも理解してない。ためらったことも不思議に思うところはなかった。
「……だから、オサムにサーフィンを薦めないで!」
今使える言葉を絞り出すように優里亜は強く言った。
「サーフィンは難しいスポーツかもしれない。危ないことも多いし、ルールもマナーもたくさんある。でもそれ以上にいろいろなこと感じられる」
優里亜の言葉に対して、ソーニャは両手を握り自分のサーフィンへの思いをぶつけるように語った。
「そんなの……分かってるわよ。あたしもサーフィンしてるんだもの」
「そうなの! 仲間!」
「仲間じゃない!」
優里亜は最速の反応で否定した。
ソーニャは自分のライバルとなる。このファーストコンタクトでこれを判断した優里亜は、同じサーフィンを趣味にする女子だとしても馴れ合えないと思い、ソーニャを見つめた。
それに対しソーニャはわがままな子供のような表情で優里亜に友達申請を送る。
「えー、ユーリアもサーフィンしにきたんでしょ?」
「今日は奈美と話をしにきただけ」
「じゃあお話しようよ!」
「だから、なんでそうなるのよ」
(逃げるなら今か……)
自分が会話の中心からそれたのを聞くなり、ふたりがこちらを見ていないことを確認の上で、店を出る。
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