4-2 オサムくんのことはなんでも知ってるんですよ

 サーフィンから帰ってきたオサムは、家でシャワーを浴びてから再び家を出る。


 時間的にもう波に乗ることは出来ない。だがもっと波に乗りたい、そんな欲求がずっと残っていた。


 うまく波に乗れたときのあの感覚。まるで異世界転生してその世界で活躍してるような感覚だったが、それ以上はうまく比喩できないでいた。


 その表現を求めて、夕飯はとりあえず後回しにして藤沢のアニメショップにやってきた。


「ジョニー先生、ズドラーストヴィチェ!

 あーしが薦めた漫画気に入ってくれたっすか?」


 店内に流れる明るいアニメソングに負けないほどのテンションでは、オサムに話しかけてきた。


「うん、まあ。っていうかなんですそれ? なにかの呪文ですか?」


 巻き舌で言われた言葉が理解できず、思ったことをそのまま口にしてみる。


「ロシア語で『こんにちは』って意味っす。ソーニャちゃんとの会話で使わないっすか?」

「使いませんね……」


 オサムとソーニャの会話の中では、前に教えてもらった『ハラショー』くらしかロシア語を聞いてない気がする。というのもソーニャは日本語が堪能すぎるのだろうと考えたオサムは、指を顎に持っていく。


「っていうかソーニャのことなんで知ってるんですか?」


 オサムは少し前のめり気味に聞く。自分はここに連れて来た覚えはない。だが、この場所はぶらぶら歩いていても見つけるには難しい場所にあるはずだ。


「静佳姉様と一緒にここに来たんっす」


 変な理由でなかったおかげでオサムもそれなら納得できた。


(へんなこと教えたりしなければいいけど、ふたりに)

 理衣がオサムのことをどうソーニャに話したか。逆にソーニャはオサムのことをどう理衣に話したか。あと静佳がそれについてどう思ったか。想像がうまくできないだけに、オサムの頭の中に不安が渦巻く。


「で、どうです? サーフィンやりたくなっちゃったりしました?」

「まあ、ウェットスーツとかサーフボードとか買っちゃって――」

「マジですか!?

 先生波に乗っちゃったりしてます?

 ホントに波乗りジョニーになっちゃったんですね!?」


「そんなにかっこいいものじゃないですよ。ようやく乗れそうになって来た感じですね」

「乗れるようになるの、期待してるっす」


 理衣は目を星にしてオサムに言い寄る。自分にどういう絵面を期待してるのだろうか、オサムには想像もできず、うなじを握るように首元に手をやる。


「それで、今日はなにをご所望で?」

「前に見繕ってもらった本覚えてます? あれの続きを買いに来たんですけど」

「そうでしたか~、でははご案内しますね。

 最新刊まで全部いいですか? 重いっすよ」

「大丈夫ですよ。鍛えてますから」


 それを聞いて笑った理衣に案内され、何冊もの本がオサムの手に積まれる。


「これで漫画は全部ですね。ラノベの方もお願いします」


「異世界サーフィン小説ですか?

 実は三巻で打ち切りになっちゃったみたいで……」

「打ち切り、か……」


 オサムはライバルが死んだときの勇者のような悲しげな表情になった。


「作者のツイッターも更新ないですし、実質エターなったんっすよね……」


 投稿小説などの更新がなくなり、作者も反応がなくなったときのことを『エターナル』という言葉をもじってそう呼ぶ。その事実を伝える理衣も、応援していたアイドルの引退を聞いたような寂しげな表情になった。


「その点ジョニー先生はすごいっすよ。ちゃんと完結させましたもん」

「完結させるって……終わりをちゃんと決めておけば、そんなに難しいことじゃないと思ってるんですけど」


 オサムは自分小説を完結させた。引き延ばすことも編集担当の静佳から薦められていたので、できないことはなかった。だが、自分にはこれ以上この世界を引き延ばすことはできないし、引き伸ばしてダレることも恐れた。


 なのでそこまで過大評価されるとどう分からず口ごもってしまう。


「それがっすね、先生。世の中目標や到着点を決めずにでる見切り発車も多いんですよ。小説書くのも、漫画書くのも、サーフィンするのも」

「サーフィンするのも?」


「そうっすよ~。

 女の子にモテるためにサーフィン始めたのはいいのに、彼女できたり、できなかったりして諦めちゃったひとたちがたくさんっす。

 そうして波乗りしなくなった陸サーファーたちが世の中にはたくさんいるんっす」

「陸サーファーってそういう意味だったんですね」


 そんな『陸サーファー』の意味と一緒に、陸サーファーにならないためでもあったわけだと、ソーニャが目標を持てといった理由をオサムは理解して頷いた。


「でもオサムくんは心配してないっす。ちゃんと目標を持ってやり遂げるひとだって知ってまっすから」


「いえ……俺はそんなに大層な人間じゃないです」


 小説を書くことも、サーフィンをすること、筋トレをすることも、いじめっ子にやり返すのも、難しいことではないとオサムは思って片手を振る。


「そんなことはないっすよ~。だって、オサムくんが毎日体を鍛えてるっす。最近は水泳も始めたって知ってるんっすよ~」


「な、なんでそれを……?

 俺しゃべりましたっけ?」


 あーしに隠しごとはできないと言わんばかりのしたり顔で言った理衣の言葉に、オサムは緩んだ口元で情報ソースを確認する。


「ふふふ、オサムくんのことはなんでも知ってるんですよ」

 理衣口に指を当てて、お姉さんキャラクターのようなポーズを決めた。

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