第三十話 弓

 不浄の湖から帰る馬車の中。

「いやーお騒がせしました!」

 かおるはあっけらかんとした笑顔で言った。ついさっきまで死にかけていたというのに元気だった。

「本当よまったく! レオンがいたからいいものの、心臓止まるかと思ったわよ」

 セイラは呆れ顔で吐き捨てる。ちなみに今はレオンが御者を担当していた。

 かおるが森から大怪我をして現れた後、すぐにレオンが特殊な土魔法で治療し、かおるは無事だった。

「いきなり狙撃されたとはな……かような木の密集した場所でかおるを打ち抜くとは相当な腕前と見える。かおる、お主ももちろん無抵抗だったわけではあるまい?」

「はい、森の移動は慣れてますし、風魔法も使って応戦しました。でも最初に一発お腹に受けたのがやっぱり辛くて、うまく戦えませんでしたね」

 かおるは森を見て回っていた時、突然どこからか攻撃されたのだという。風と心を通わせるかおるすら察知できない距離からの正確な攻撃だ、恐ろしい精度を持っている。

「一発反撃したんですけど、それが限界で、相手がもっと強い攻撃を持ってたら危なかったので皆さんの方に逃げたんです。間一髪でした」

「かおるちゃんほどの実力者を一方的に攻撃するなんてね……結局、私たちで探しても見つからなかったし」

「とうの昔に逃げ去っていたのだろう、我ら四人全員を相手とる気はあるまいて。今後も警戒が必要だな」

 突然の襲撃に驚いた四天王だったが、なんだかんだで湖の浄化は終わった。瘴気はセイラとかおるが主に吸収し、不浄の湖は元の姿を取り戻す。まだ水の汚染はあるが、瘴気がなくなったのでいずれ自然に消えていくことだろう。あの魔物たちの姿も見えなくなった。

「それで、次はどこに行くんでしたっけ?」

「ここより南西、ジオルクの街だ。軍事都市とも呼ばれ多くの兵がおると聞く」

「勇者はその地下に立ち寄ったらしいけど、地下に何があるのかは微妙なところね。図書館の本には訓練施設と書いてあったけど作為の臭いがしたわ」

「じゃあとにかく行ってみようってことですね!」

「だけどかおるちゃん、あなたの傷は埋められただけで治っていないんだからね? レオンともども無理は禁物よ」

「はい!」

 ともあれ、次なる目的地ジオルクへ向け、馬車は進んでいった。




 馬車。駆ける森。空を飛ぶ鳥、吹き抜ける風。

 遠く、遠く、はるかに遠く――男は丘の上から馬車の姿をしかととらえていた。

 逆立った髪した男の目は鷹のように鋭い。その目は何も通さずに、遥か遠くの馬車の姿をもとらえている。傍らには巨大な弓が置かれているが、男の肩には包帯が巻かれていた。

「血は止まったか」

 弓を持つ男の背後、別の男の声がかかる。そちらは鋭い印象の弓の男とは対照的に巨漢でゴツゴツとしており、巨大な槌を背負っていた。

「ああ……この弓のヨマ、弓矢で射返されたのは初めてだぜ」

「うむ」

 弓のヨマと名乗る男は怪我をした肩を抑え、後ろの巨漢は手に一本の弓を持っている。それはついさっき、ヨマの肩を抉った弓――ヨマが射ち抜こうとした敵からのものだった。

「弓自体はそう特徴はないただの弓だな。だが恐るべきはやはり風の力」

「弓に風魔法を纏わせて自在に軌道を修正、さらに風の刃で切り裂きながら突き進む……あれが四天王か。俺のことは見えていない様子だったが、まるで矢が生きているように俺を狙っていたぜ」

「おれもうっかりしていた、おれがあの矢を防いでおれば今頃馬は仕留められたものを」

「過ぎたことはいい、次を考えろ。俺はあの小娘をターゲットに決めたぜ」

「ほう……さすがにプライドが傷つけられたか」

「そんなもんじゃねえ。ただな、弓のヨマが弓で負けたままじゃいられねえだけだ」

「それをプライドが許さないというのだ」

「フン……とっとと行くぞ」

 男たちは静かに去っていく。その瞳に、静かな殺意を漲らせながら。

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