第十二話 灼熱の地

 かおるを仲間に加えた一行はエルフの森を出て旅を続ける。

 だが次の目的地をどこにするか決めようとした時、セーレライラは思わぬことを言い出した。


「変わっていない? ダグニールの反応がか」

「ええ。私とゲスワームがシウダッドの街を出た時に、他の2人の四天王の居場所はわかっていたのだけれど、その位置がまったく変わってないの。エルフの森にいた間は森の魔力に邪魔されて感じてなかったんだけどね」

「え? どういうことですか?」

「あのね、私たち四天王は魔王由来の同種の魔力を持っていて、互いに感知しあうことができるのよ。その精度は個人差があるみたいで、私は人一人の単位で正確にわかるの。そういえばあなたはどうなの?」

「そういえば、私も何か感じます! あっちの方です!」


 かおるは元気よく南西の方角を指差し、セイラは頷く。


「私と同じ、やっぱり間違いないようね。あの方角から強く四天王の気配がするわ」

「ふむ……明確に俺らへの敵として魔王に与することを決めたダグニールがこんな近くにいるとは思い難いが……あのダグニールは、本物ではないようにも思えたからな」

「とにかく行ってみましょう! まずはそれからです!」


 かおるの言葉は極めて浅い考えから出たものだったが、情報もなしにここで話し合っていても仕方がないのは事実。レオンとセイラは互いに頷き合った。


「かおるちゃんの言う通りね、待っているのが敵にせよ味方にせよ、放っては置けないわ」

「俺らはどうも考えすぎるきらいがあるからな、かおるは丁度いいバランスかもしれん。じゃあそこを目的地に出発だ」

「いよいよ冒険ですね! 私、生まれ変わってからほとんど森から出なかったし、前は木だったので、外歩き回るの初めてですっ!」


 地理に詳しいセイラによると目的地まではそう遠い距離ではなく、途中に街もあるので道中も問題ない。ならばもはや悩む理由もなく、勇者一行は謎の燻る地へと足を向ける。


「でも、この方角は……」


 ただ向かう先に対し、セイラは少し不穏な表情をしていた。その理由はすぐにわかることとなる。




 二回ほど太陽と月を眺め、一行はようやくその地に辿り着く。

 端的ににいってその土地は、地獄だった。

 エルフの森とは180度違う、枯れ木すら生えない不毛の地。見渡す限り荒野と岩山が続き、川も湖も干上がったものしかない。その理由は至って単純に、一帯を覆いつくす猛烈な熱気だった。


「……ハァ」

「ぜえ、ぜえ……」

「あっっっっつい! あァっっっっっっついですねえ!」


 一行は体を引きずるようにして岩山を進む。岩山は傾斜こそ緩く足場も悪くないものの、草木の欠片もないほどに暑い、いや熱い。それもその熱は太陽の光ではなく岩山自体から発せられているようで、影で防ぐこともできないばかりか、地に肌をつけるだけで身を焦がすような思いをするのでおちおち休憩もできない。


「なんでここは、ふう、こんなに、暑いんだ……?」

「ぜっ……こ、この、ゼノン国立公園は、中心にあるヴォロウ火山の、魔力を含む溶岩のせいで……全域、超熱帯になってるのよ……ヴォロウ火山自体、100年前の『魔王の産声』で生まれた山で、性質が……ちょっと待って口開くと水分持ってかれる……」

「あぁぁぁぁぁっっっっっついですねええええっ!」

「かおるちゃんも黙って……よけい暑い……暑苦しい……」


 3人とも汗をだくだく流しながら必死に歩いているのだが、どうもセイラだけ特に暑さに弱いらしく、普段の人を喰ったような態度はどこへやら今にも死にそうだ。元が水の四天王だけあり水不足に弱いのかもしれない。


「それでセイラ、お前らの感じた魔力ってのはどこなんだ? そろそろ個人レベルでわかる頃だろ」

「無理。暑すぎてわけわかんない。楽じゃあないのよ、魔力を探るのも……」

「私なんとかわかります! あっちです、たぶん」

「そうか……」


 かおるの指した方向になんとか進んでいく勇者一行。セイラがまだまともだった頃に聞いた話だと、この焦熱地獄も多少ましになるポイントがいくつかあり、そのひとつに少数民族が村を作り暮らしているのだという。こんな生気のまるでない場所に人が住んでいるとは信じがたかったが、国立公園についてロルス王国の王女が直々に語っているのだから間違いはないだろう。もっとも当人は今ふやけきっており、レオンは少々情報の信憑性を疑いつつもあった。


「本当に村がなければわりと命に係わるぞ、これは……」

「だいじょぶよ、そろそろ地下の溶岩が深い場所に出るわ……そしたら暑さも少しはいいはず……」

「あ、それならこっちだと思いますっ!」


 すっかり腑抜けきったレオンたちを引っ張るように、ただ1人元気なかおるがぴょんと前に飛び出た。


「ほんのちょっとだけど草の声がします! その、暑くない場所にがんばって住んでるみたいです!」

「なるほど、こんな環境でも僅かな場所を探し植物は生きているのか、たくましいな」

「どうでもいいから早くいきましょ……もう気化しそう……」


 なんとか希望を見つけ、歩を進めようとする勇者一行。だがその時、先行するかおるが何かに気付いた。


「2人とも、こっち! こっち来てくださいっ!」


 かおるはなぜか進路を変えてぴょんぴょんと駆けていく。一刻も早く休憩地点に着きたいレオンたち、特にセイラは突発的なかおるの行動にうんざりしたが、先導役である彼女を1人にしておくこともできず、渋々後を追った。



 鳴り響く地鳴りと岩の崩れる音。巨体が起こす振動は、周囲の岩をこすり削りながら辺りを揺らしていた。


『グゴゴゴゴゴゴッ!』


 岩山を這っているのは巨大な岩の怪物だった。人の身長の数倍はあろう岩を数珠繋ぎのようにした蛇のような姿をした魔物で、目も鼻もなく、砂でできた舌はチロチロと動かす度に風に流れ消えていく。

 そしてその前方。


「はあっ……はあっ……!」


 幼い少女が岩の魔物から必死に逃げていた。赤褐色のローブで身を包んだ彼女は度々後ろを振り返りながら、怪物に追いつかれまいと走り続ける。岩の魔物が這う速度はさほど早くないものの巨体故に威圧感はかなりのものであり、岩山をものともせず疲れの色もない怪物がやがて少女に追いつくであろうことは明白だった。


「わっ……!?」


 岩山の凹凸にけつまずき、少女が転倒しかけたその一瞬。


「よっと」


 風のように舞い降りたかおるが少女を受け止め抱きかかえた。さらに遅れてレオン、セイラが到着し、少女を庇うようにして魔物に立ちはだかる。レオンたちの魔力の気配を察してか岩の魔物も動きを止め、警戒するように首をもたげた。


「大丈夫ですか? お怪我は?」


 かおるは少女の様子を尋ねているが、少女の方は何が起こったのかわからない様子だ。ひとまず彼女のことはかおるに任せるとして、レオンはセイラと共に魔物と対峙する。


「イワノコ……知能も低いし魔力もないが、頑丈な巨体とパワーのある厄介な奴だ。ここは俺の土魔法で……」


 進み出て戦おうとしたレオンを、ふいにセイラが引き留めた。訝し気なレオンの視線も気にせず、黙ったまま前に出る。そこにイワノコが砂の舌を出して動かし、風に散った砂がセイラに当たった。イワノコはそれでセイラを外敵としてロックオンするのだ。


「こんな暑い中、せっかく休憩できると思ったのに……ただでさえ面倒だってのに、あんたねぇ……」


 セイラは顔をうつむけてわなわなと震えている。イワノコはそんな彼女の様子など意にも介さず、その巨大な口を大きく開け、セイラに襲い掛かった。


『グゴゴゴッ』


 セイラはあっさりとその口に呑まれてしまった。イワノコは口を閉じ、首を上げて口にした獲物を嚥下しようとする。だが少しんぐんぐとその首の岩がうねった次の瞬間。

 イワノコの全身から血が吹き出した。


『グガッ……!?』


 苦し気な呻き声。全身の岩を血に染めて、イワノコは一瞬硬直する。だがやがてぐらりとバランスを崩すと、轟音と共に崩れ去り、息絶えた。

 岩の間からセイラがのそりと出てくる。全身イワノコの体液に覆われてべとべとだったが怪我はなかった。どうやらわざと体内に取り込まれることで体内の水――この場合は血液に水魔法をかけ、無惨にも内部から破裂死させたらしかった。


「うん、やっぱりここに住む生物、体液に耐熱作用があるわ。きったないけど暑いよりいいわね」


 はっきりいってレオンはドン引きだったが、セイラの体調と機嫌が少しはよくなったようなので気にしないことにする。それよりも、と、レオンは改めて、このイワノコに追いかけられていた少女を振り返った。


「はい、もう魔物は倒しましたよー。ちょっと怖かったかもしれませんけど、もう大丈夫ですからね!」

「……うん。ありがとう、お姉ちゃん」


 かおるに慰められたおかげで少女も落ち着きを取り戻している。かおるよりも少しだけ幼い少女だった。


「それで、と……お嬢ちゃんは、近くの村の子かな? この火山地帯にあるっていう……」


 レオンが尋ねると少女はこくんと頷いた。やはりこのような場所にただの子供がうろついているはずはない、レオンたちが目指す村の住人だったのだ。身を包んでいるローブはその村の耐熱具なのだろうか。


「それじゃあなた! 私たちを、その村まで案内してくれませんか? 私たちもあなたを安全に村まで送り届けなきゃいけませんし!」

「い、いいけど……お姉ちゃんたち、誰なの……?」

「ああ、俺らは勇者だ。旅をしている」

「勇者……」


 レオンは勇者の剣をちらりと見せたが少女の反応は思ったより淡白で、驚くというよりは困惑した表情を見せている。まあまだ小さいのだ、いきなり勇者だと名乗られても混乱する方が普通かとレオンは思い直した。


「私たちはあなたの村に用事があるんです! 案内してください、お願いしますっ」


 かおるは子供相手にもいつもの調子で真っ直ぐに声を掛ける。その純粋さには怯えた少女も心を許したのか、ふっと顔がほころんだ。


「うん、わかった。私たちの村まで、連れてってあげるね。だけど……」

「だけど?」


 少し困ったように眉をひそめた少女に、何か不都合でもあるのかと不安になったレオン。だが少女が見たのは、魔物の体液でべとべとになったセイラだった。


「そっちのお姉ちゃんは、村に入る前に、体きれいにしてね。ばっちいから」

「……わかってるわよ」


 子供の正論に何も言えず、セイラは罰の悪そうに目を逸らす。レオンはほくそ笑む顔を手で隠すのだった。




 そして、勇者一行は少女の案内で無事に、火山の村へと辿り着いた。

 一行はそこで、あまりにも衝撃の事実を知ることとなる――

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