第十一話 使命

 四天王ウッデストの参戦により強敵を退けたレオンたちは、改めてかおるに話を聞いていた。


「……じゃあお前、解こうと思えばいつでも解けたのか」

「はい! やっぱりエルフのみんなの力より、私の力の方が強くて」


 いつもの無邪気な笑顔と大きな声で話すかおるには一見何も変化がないようだったが、その内にはレオンたち同様の邪悪な魔力が渦巻いていた。

 かおるが宿す四天王ウッデストとしての力はエルフたちによって封印されていたはずだが、聞けばその封印はかおるが解こうと思えばいつでも解くことができたのだという。

 力を封じたままにしておいたのは、かおるの意思だった。


「私、みんなといっしょにいたかったんです。私が四天王の力を目覚めさせなければ、みんなも安心できるみたいだったので、ずっとそのままにしてるつもりでした、私にはもう不必要な力でしたし。でも今日は必要になったので、使っちゃいました!」


 かおるはどこまでも純粋で真っ直ぐだった。大抵ひねくれた言動のレオンとセイラには少し眩しすぎる気もする。


「力を解放しちゃったので、もう私村には戻れません。だからお2人についていこうと思います! 魔王を倒したらまたこの村に戻ってきます、それでもダメならその時はその時です! よろしくお願いします!」


 かおるは改めてレオンたちに頭を下げ、パーティ加入の意思を伝える。やや強引ではあったがレオンからしても元四天王が仲間に加わるのは大歓迎だ。


「ああ、こちらこそよろしく頼む」

「私とは境遇が似てるわね。今度はあなたと友達になれそうで嬉しいわ」

「はいっ、私も嬉しいです!」


 『土葬』のウッデスト、『幽水』のセーレライラ、そして『薫風』のウッデスト。かつて世界中を恐怖に陥れた四天王の内3人がここに集い、今度はまったく逆の目的のために足並みを揃える。はたしてそれが世界にとって善となるか悪となるかは、まだわからない。

 と、その時、レオンたちは接近してくる気配に気付いた。


「待て、四天王どもッ!」


 叫び声と共に、ひかるというエルフが木から飛び降りてきた。かなり遠くから駆けてきたのか息が上がっている。その目はまっすぐにかおるを、敵意を込めて睨んでいた。

 どうやら用があるのはかおるのようなのでレオンたちは身を引き、かおるは前に出るとひかると正面から向かい合った。

 ひかるは必死の形相で弓を構え、かおるに向かって弓を引く。


「なぜ……なぜ私を見逃した? 貴様はいつでも力を取り戻せたのだろう、いつでも私を殺せたのだろう! 情けをかけたつもりか? 四天王ウッデストが、今さら善人面をできると思うなッ!」


 ひかるは怒鳴りつけるが、その声は怒っているというよりも苦しんでいるように見えた。レオンやセイラに詳細はわからないが、四天王の転生体と暮らすことによりなんらかの感情が胸に溜まっていたのは想像に難くない。

 だが、かおるの返答は穏やかだった。


「ひかるちゃん、ひかるちゃんが私を憎むのはいいです。でもそのことでひかるちゃんが苦しむのはダメですよ! 私を殺すのもダメです、ひかるちゃんはいい子なのできっと後悔しますし、私も死ぬよりも森のために戦いたいです。だからまずは、私が、えーとそう贖罪をしてきます! 勇者さんたちと魔王様……じゃなくて魔王を倒してきます! その後にまた会いましょう! それまでひかるちゃんも死んじゃダメですよ? 私をさらったことも他の色々も、黙ってれば村のみんなにはわかりませんし!」


 かおるはかおるの言葉で、ひかるのために言っているのがわかった。震えていたひかるの腕が次第に収まり、瞳には消極的な迷いがいっぱいに広がる。構えた矢を放ちたくないと彼女も思っていることは明らかだった。

 やがてひかるはがっくりと項垂れ、矢を落とす。憎悪とそれを否定する感情の中で揺れるのは辛いことだろう、その原因は他ならぬレオンたちだ。レオンもまた改めて自分のなすべきことを実感した。


「また、ひかるちゃんと友達になれればいいなって思ってます! それまでさよならです!」


 かおるはひかるに手を振ると、そこで踵を返し、またレオンたちの方を向く。その表情に迷いはなかった。


「さあ、行きましょう!」

「もう出るのか? 村に声を掛けていったりしないのか」

「はい、大丈夫です。あとは全部ひかるちゃんに任せますから! 弓は持ってきたのでこれで十分です」

「できれば旅の物資をもらっていきたかってけど、まあ森の復興もあるだろうし……行きましょうか」


 レオン、セイラ、かおるの3人――四天王たちはひかるに背を向け、森の外へと歩き出した。

 そこにいる全ての人間が、自分がなすべきこと、なさねばならぬことについて、考えていた。







 同刻――大陸の西、魔界某所。

 『竜炎』ダグニールが宙から舞い降りる。その足元で、1人の人間がそれを迎えた。


「おかえりなさい。戦果は芳しくなさそうね」

『ああ……』


 巨竜を塵芥ほども恐れずに声をかける女と、それに応じる竜。両者の間の信頼関係が伺える――それが正負のいずれによるものかは定かではない。


「あなたが失敗したということは、3人目の四天王も目覚めたわけね。エルフの森への損害は?」

『一部を焼いたに過ぎん。サラマンダーを失い、エルフ自体への攻撃も皆無……見事なまでに失敗した』

「あらそう」


 女は竜を咎めるでもなく、ただ微笑んでいた。訝し気に竜の縦長の瞳が女を覗き込む。


『嬉しそうだな……ある意味では貴様の思う通りの結果だったのか?』

「どうかしらね、私にだってある程度の情は残ってるわ。でも……」


 女は笑みに妖しさと、狂気を混ぜた。


「私にとっては『あの人』のことが一番大事。それ以外はどうでもいい……あらゆる過去も、未来も」

『……魔性め』


 竜は吐き捨てるように言う。女も否定はせずに、緊張感のある視線を交わし合う。


「さて、あのこれで勇者様ご一行は3人になったわけだけど……次の目的地は、やはり『あなた』がいる場所でしょうね。でもあなたはしばらく動けないでしょう?」

『ああ……憎らしいが、我の体はまだ不安定なのでな。貴様に任せる』

「了解、ゆっくり身を休めて。あなたは大事な戦力だもの」

『フ……貴様がよく言ったものだ』


 竜は巨体を揺すり何処かへと消えていく。後に残った女は1人、深く思考を巡らせていた。


「……邪魔をするなら殺してやるわ。二度でも、三度でも」


 やがて女もまた、闇の中へと消えていった。

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