第十三話 貧乏くじ

 魔物から助け出した少女の案内を受けて、勇者一行は火の村へと辿り着いた。

 火の村はヴォロウ火山のふもとにある村で、人口は100人にも満たない。溶岩の関係で全域猛烈な熱気で覆われるゼノン国立公園だが一部には熱気の穏やかな場所があり、火の村はそこを狙って作られている。なぜこんな場所に村を作ったのかというと、実はこの村は火山で採れる特殊な鉱石や耐火属性の強い植物を採取しロルス王国に納めるためのものであり、村民は過酷な環境の代わりに王国により衣食住全てを保証されている、いわば王国直属の職業なのだ。

 そのためか、忘れがちだがロルス王国の王女であるセイラが魔物の体液まみれで訪れた時には、村人たちは大いに驚いたようだった。




 勇者一行は案内した少女の家に通されて一息ついていた。石をドーム状に組み上げて作った家は中に入ると驚くほど涼しく、石の性質や空気をうまく利用して熱気を遮断する住居にしているのだという。

 暑さに参っていたセイラもようやく元気を取り戻し(もちろんすでに魔物の体液は落としてある)、王女の様子を心配していた家の主、つまり少女の両親も一安心したようだった。だが両親はいきなり現れたロルス王国王女セイラベルザ・エル・ラ・ロルスにかなり恐縮している様子だった。


「まさか、セイラベルザ王女がこんなところにお越しになられるとは……それも勇者様にご同行なされているとは……」

「そんなに緊張しなくていいのよ、王女としての立場は旅に出る時に捨てたようなもんだし」

「ただの俗物だな」

「セイラさんって王女さんだったんですね! まったくわかりませんでした!」

「あんたらは気を遣わなさすぎ」


 なにはともあれセイラのおかげでこの村では歓迎ムードだ、このまま用事もスムーズに済めばよかったのだが。

 休憩もそこそこにレオンは少女の一家に本題を切り出した。


「実は俺らは人探しをしているんだ。この村に『魔王の産声』が来てから態度のおかしな奴はいないだろうか」


 四天王という単語及び自分たちの正体は隠し、探りを入れてみる。この村から四天王の魔力を感じるのは間違いない、必ず何かあるはずだ。

 だが一家は思い当たるふしがなかったようで、考えた後首を横に振った。

 この村にいるはずの四天王――『竜炎』のダグニールには、エルフの森で100年前のままの姿で現れたり、にも関わらずこの村に魔力を感じたりと謎が多い。ひょっとしたらレオンたちと違って素性を隠して生活しているのかもしれない。

 そう思ったレオンはセイラに目で尋ねてみたが、彼女は首を横に振った。


「この一帯の地下には魔力を含む溶岩が流れてるわ。しかもその魔力は『魔王の産声』の魔王の魔力、紛れちゃってとてもじゃないけど感知はできないわね」

「……エルフの森でもそうだったが、お前の探知能力まったく役に立たないな」

「はあっ!? あんたに言われたくないわよ!」

「お二人とも、子供の前でケンカはよくないですよ!」


 かおるに諫められ、レオンとセイラはにらみ合いつつも矛先を収める。基本的にこの2人は仲が悪いのだ。


「そもそも、ここらの溶岩が魔王の魔力を含むのなら……お前らが感知した魔力っていうのも実は溶岩なんじゃあないのか?」

「ありえなくはないのが辛いところね……」

「でも、私が感じたのは、なんかもっと強そうな感じでしたよ?」

「あ、あの……」


 3人で話し込んでいたところにおずおずと父親の方が声を掛ける。人の家だということをうっかり忘れていたレオン、慌てて応じた。


「皆さんの話し方からすると、この村に魔王の手先がいるってことなんですか? 魔王の魔力を探してるということは……」

「ん……まあ、そうだな。必ずしもそれが悪とは限らないが、勇者としてその正体も確かめずに放置はできない」

「あの、村以外のことなんですけど、実はあの異変以来変わったことがありまして……」


 そうして村人が語ったのは以下のようなことだった。

 ここ最近、ヴォロウ火山の様子がおかしく、活動が活発になっている上に本来ならありえない場所から溶岩が吹き出したり、有毒ガスの発生が多くなったりしている。魔物も多く出現するようになり、火山に何かが起こっているのではないかと思う。確認しに行きたいが火口付近はあまりにも危険かつ原則立ち入り禁止なので困っていた――

 それが魔力の気配に繋がるかどうかは定かではないが、住民も困っていることだし何もせずにいるよりはと、レオンたちは火口を調べてみることに決めた。




 レオンはかおると共にヴォロウ火山を進んでいた。


「まったくあの水棲生物め……」

「2人でがんばりましょう!」


 セイラへの悪態をつきつつ、ごつごつした岩場を進むレオン。村人を守る者が必要だとか調べるだけなら2人で充分だとかのたまい、セイラは村に残ったのだ。もっともどう理屈をこねようと、要は再び暑いところに出るのを嫌がっただけである。結局レオンとかおるの2人だけで火口を目指していた。


「やはり火口に近づいていくと熱気もすごいな……かおる、魔力は感じるか?」

「うーん、感じますけど、火口に寄れば寄るほどヨウガンの魔力が強くてよくわかりませんね」

「もう少し近づかないとダメか……ふぅ……」


 セイラほどではないが、レオンも熱気に強いわけではない。火口に近づけばそれだけ熱気も激しくなり、レオンはすでに汗だくだった。対し、かおるだけは妙に元気である。


「かおるは、暑いの大丈夫なのか?」

「いえ! でも私は自分の周りをうすーく風のベールで包んでるんです! 暑い空気はどっか行きますし、ずっとそよかぜを感じるので涼しいですよ!」

「便利だな、風の四天王……」

「ほんとはレオンさんの分もやってあげたいんですけど、ここ木が少なくってあんまり私力出せないんです。山の上に何かいるなら魔力も温存しなくちゃいけませんし! レオンさんは自分でがんばってくださいね!」

「意外と容赦ないなお前……」


 レオンが不公平感をひしひしと感じていたその時、辺りに地響きが鳴り響き、道中にも出てきた岩の魔物が姿を現した。


「あ、レオンさん、あれ風も弓も効きにくいので、お願いします」

「わかったよ……」


 世界は不公平で理不尽である。やはりきれいごとだけではいかないなと思いつつ、レオンは戦うのだった。




 一方で火の村に留まっているセイラは、涼しい室内で悠々とくつろいでいた。


「すみません王女様、ろくなおもてなしもできずに……」

「だから気にしなくていいってば、水をもらえただけで十分よ。水がないと力が出なくって」


 最初に助けた少女の家に落ち着き、水だけをもらって身を休める。王女としての立場を利用しすぎない程度に利用して、どこぞの貧乏くじ勇者とは逆に、セイラはうまい汁をすすっているのだった。


「ねえ、お姉ちゃん」


 ふいに、例の少女がセイラに話しかけてきた。言葉遣いや態度を母親が咎めようとしたがそれを宥め、セイラは応じる。


「何かしら、お嬢ちゃん」

「お姉ちゃんは勇者さんといっしょに戦ってるんだよね。じゃあ、魔法とか得意なの?」

「ええそうよ、特に水の魔法が得意なの。ほら、こんな風に」


 セイラがコップの水に指を向けると指からぽたりと一滴水が落ちる。そしてコップの水はまるで生きているかのように渦を巻きながら動き出して、コップを飛び出てくるくると踊った後にコップに戻った。わあ、と少女は顔をほころばせる。


「魔法は珍しいのかしら? そういえばここ教育機関とかないわよね……お母さん、勉強とかってさせてるの?」

「あ、いえ、私たちはそういうことはあまり……」

「うーん、レオンの農村もそうだったけど、うちの国識字率が依然として低いのよね……やっぱり商業よりもっと教育に力を入れるべきよね、できれば僻地に教育機関を……でもまずは魔物を管理しないと……」


 つい考え込むセイラだったが、慌てて首を振った。自分はもう王女ではないと自ら言ったばかりなのに、まだ王族の癖が抜けない。

 彼女は自分に言い聞かせた、かつての立場は忘れなくてはならない、たとえ魔王討伐に成功した後でも赦されないのかもしれないのだ、甘い希望は捨て去るべきだ――そう、国に戻った後、命を要求されたとしても、私は――

 その時だった。


「これ……!」


 目を見開き、セイラは思わず立ち上がる。彼女の鋭敏な感覚が告げる、家の外、村のすぐ近くに魔力の気配。四天王のそれではないが、邪悪で強大なものだ。


「ねえ、この家って水はどこに溜めているの?」

「え? そ、そこの瓶の中に、一日に使う分は……」

「ごめんなさい、絶対後で返すから、その水全部もらうわ! 必要なの!」


 困惑する住人を押しのけるようにして、セイラは部屋の隅に置いてあった瓶に駆け寄ると、その中に手を入れてすくうように動かす。すると中に入っていた大量の水はセイラの体に引きつけられるようにして浮かび上がり、瞬く間に吸収されていった。

 この灼熱の地で戦うには充分な水が要る。セイラの行動は、激しい戦闘の予感を示すものだった。


「まったく、楽できたかと思ったら、とんだ貧乏くじね!」


 セイラは迷わずに、迫る敵のもとへと飛び出していった。

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