第十四話 火の四天王
火の村の外れ、川が干上がってできたらしい巨大な溝にそいつはいた。
見た目は冗談みたいな奴だ。人間1人分ほどもある巨大な眼球に汚い絵の具をぶちまけて着色し、そこからタコみたいな触手を四方八方にうねうね生やし、触手の先にも目をとりつけたものを、ふわふわ浮かせたような魔物。子供が見たら泣くだろうし大人でも夢に出そうな、端的に言って気持ちの悪い姿をしている。
セーレライラには見覚えのない魔物だったが相手の方はセイラのことを知っているらしく、眼球だけで愉快そうに笑っていた。
『王女サマのおでましかぁ、いいねえ、俺ちゃん体の大半水だから、あんた様には親近感湧いちゃったりしてんの! ノッホホホ!』
口どころか顔すらない魔物だが、その声は奇妙な魔法でセイラの脳内に直接響く。耳障りな早口と音を作っただけの笑い声は、ただでさえ焦熱の中にいるセイラをさらにイラつかせた。
「芸術的なほどにムカつく奴ね……体が水ならちょうどいいわ、破裂させて打ち水にしてあげる」
『ちょいちょ〜い、なんか余裕なさげじゃな〜い? 暑いんだしクールダウンが肝要よぉ? 俺ちゃんも今走ってきたとこだからさあ暑くて暑くてやんなっちゃう! ま、俺ちゃん1度から99度くらいまでならだいたい平気だけど! ウヒヒ!』
化け物中の化け物な見た目のくせに、妙に態度はフランクで人間じみていて、それがまた腹が立つ。汗をだらだら流しながら、セイラは辛うじてイラつきを抑えていた。
「一応聞いておくわ……目的は何? また私らを狙いに来たの? それともこの村か……ダグニールかしら?」
セイラは意味ありげな微笑と共に探りを入れてみた。王族として酸いも甘いも噛み分けてきたセイラ、こういった腹の探り合いは大の得意なのだ。
……が。
『あ、ゴメン、聞いてなかった。耳が遠くってねー、何の話?』
魔物は目だけでニコニコ笑いながら聞き返す。セイラの額に青筋が立った。
「あ・ん・た・ねェ……!」
『ゴーメンゴメンて。あ、自己紹介しとくとね、俺ちゃんシー・ソー・ゲイズって言うの。気軽にソーちゃんって呼んでね。あ、これ真ん中かよーってツッコむところよ? わかってないなァー』
魔物、シー・ソー・ゲイズの軽口はただの挑発だとわかってはいたが、暑さのせいで余計に頭に血が上る。これを狙って魔王がここにこの魔物を送り込んだとしたらたいしたものだとセイラは怒りを通り越して感心すらしていた。
『ま、俺ちゃんの目的はあんた様が想像する限りのゼンブってことで! まずはあんた様を殺しちゃうのが大事だしー、そろそろ始めない? 女って話長いんだよなー』
「奇遇ね。あたしもとっととあんたを殺したくて仕方がなかったのよ……!」
『ワーオ、すっごく怖い顔。どっちが魔物かわかりゃしないや、俺ちゃんじゃなきゃね! クヒッ』
怒るセイラと笑う魔物、その表情はまさに対極だったが、魔力を高めていることとその性質は同じだ。
怒りに任せ、溜めに溜めた魔力。どの道長引けば熱に体力と水を奪われるばかり、セイラはとっておきの技で一気に決めることにした。
「行くわよ、『水鏡・幻影』!」
セイラが魔力をわずかに解き放つと、その姿がゆらりと崩れる。そして次の瞬間、右に1人、左にもう1人、セイラとまったく同じ姿の幻影が出現した。
幻影は増えていく。左右にさらに1人ずつ、そのまた隣にもう1人。休みなく増え続けた幻影はゲイズを円形に囲い込んだ。さらにその円が二重、三重となり、実に100人近いセイラが敵をぐるりと取り囲む。
本来ならばここまで幻影を増やすのは魔力の消費が尋常ではないが、今むしろセイラの魔力はほとんど消費されていなかった。その原因はセイラが苦しめられ続けたこの環境にあり――
『蜃気楼か』
ピタリと言い当てたゲイズにセイラは少なからず動揺した。
そう、この幻影の正体は蜃気楼。セイラは一帯を包む灼熱を逆に利用し、水魔法を応用して蜃気楼を作り出していたのだ。環境を利用した技なので魔力消費も少なく、かつ見破られにくいはずだったのだが――
やはりこいつ、とぼけた態度は演技か。セイラは目の前の敵の力量を把握が必要だと決めた。
「生憎、暑い場所は戦う分には得意なの。水と光のトリックを使いやすいからね……原理がわかるのと、対処できるのは別の話よ!」
その途端、100人以上のセイラが一斉に襲い掛かる。蜃気楼なので攻撃が通るのは本体だけ、だが単純な目晦ましでもここまで数が多いと攻略は簡単ではない。また蜃気楼ゆえにその形は歪んだり揺れたりして、距離感や射程を見誤りやすくする。ついでに魔力消費は少ないので、苦労して攻略したところでセイラに痛手はない、まさに完璧な攻撃――そのはずだった。
『悪いけど俺ちゃん……あんた様より強いんだわ』
ゲイズの言葉がセイラの脳に響き渡る。その瞬間、ゲイズの周囲一帯の地が音を立てて裂けて勢いよくドロドロとした何かが吹き出す。それは真っ赤で鈍い光を放ち、随所に岩の混じった、人がけして触れてはいけない火山の本体――溶岩だった。
「なッ……!?」
驚くセイラとその幻影たちが足を止める、それと同時に溶岩は一本の柱のようにまとまると、蛇が首を振り回すみたいにセイラの幻影全てを振り払った。
最後に残った本物のセイラは辛うじて溶岩を回避し遠くへと飛び退く。溶岩はまた不自然に動き、ゲイズのすぐそばに柱となってとどまった。よく見ればその溶岩は淡い光に包まれていた。
『キメ顔俺ちゃん! クールだろォ? 溶岩だけど! ニョッヒッハ!』
軽々と溶岩を操ってみせたゲイズはまた眼球だけで軽薄に笑う。それは驚き慌てるセイラとはまるで正反対の態度だ。
だがセイラは冷静さを取り戻し、敵の力について分析していた。
「聞いたことがあるわ、一部の魔物は念動力と呼ばれる特殊な魔法を使うと……! 物を動かす力そのものを魔力で生み出し、自在に操るらしいわね。そういえば頭に直接言葉を届けるのも、念動力の一部って聞いたわ……」
『あーどや顔で説明したかったのにィ。でもその通り、俺ちゃん多分メイビー十中八九世界で一番の念力使い! あ、でもでも待って、あんた様のオハナシは微妙に違う! 俺ちゃんの念動力はただの腕力の代用品でないのよ』
ゲイズは触手をうねうねと動かし、その全ての目をセイラへと向けた。念力が来る、とっさに身を守ったセイラだったが、ゲイズは全ての目を使ってセイラを嘲笑っただけだった。
『俺ちゃん念力を俺ちゃんの周りに飛ばしてね、それが届く範囲で色々わかっちゃうの! 地面の中の溶岩の流れとか、分身の術の正体とか……かわいいあの子の下着の形とか! イヤーッ、恥ずかしいッ』
その説明でセイラは理解した、この魔物は戦う前の会話の中抜け目なく地中を探り、溶岩の流れを自らのそばまで動かして、念動力で溶岩を操ったのだ。
「溶岩を武器にするとか、どんな念動力よ……いや」
莫大なエネルギーの塊である溶岩を操作したことに正直驚愕していたセイラだったが、はたと気付く。この地の溶岩は魔王の魔力を帯びている特殊な溶岩、魔物にとっては味方に等しい。
セイラは強かに計略する。普通の人間ならば魔王の魔力は害悪であり猛毒、溶岩操作の原理がわかったところでどうしようもないが、セイラの場合はむしろ――そちら側の存在。
『溶岩……溶岩……ウーン、なんかダジャレ言おうしたけど思いつかなかったわ。てなわけで普通に攻撃ィー!』
ゲイズは再び溶岩を操作し、今度は上から放射状に広げ逃げ場をなくすようにしてぶつけてきた。だがセイラはその場から動かず、灼熱の溶岩へと両手を向ける。
「見せてあげる……『幽水』!」
セイラ、いやセーレライラは魔力を解き放つ。その両手から打ち出されたのは、ただの細い水鉄砲だった。
だが水鉄砲は溶岩とぶつかり合っても蒸発せず――ニヤりとセイラは頬を歪ませる。その途端、溶岩はぴたりと動きを止めた。
『んんっ!? 反抗期かな?』
「その余裕なくしてあげるわ! 『幽水』ッ!」
セイラは歯を食いしばって力を込め大きく腕を振るう。すると溶岩は彼女の動きに同調して動き出した。さらにゲイズの背後、溶岩が噴出している場所がさらに活発化し、二方向からの溶岩がゲイズに襲い掛かる。
『ノオオォ!? ウェイウェーイ、ジャスタモーメーンッ!』
ゲイズは文字通り体いっぱいに目を見開くと、念動力で溶岩を押し留めた。セイラとゲイズ、両者が魔力で溶岩を押し合うも、どうやら互角のようだった。
『ワーオ、マジで驚いた驚いた。あんた水の四天王だろ? なんで溶岩を動かせんだ?』
「無知はかわいそうね、溶岩っていうのは岩が高熱でドロドロの液体になったもの……私は水の四天王、流体ならば操れる!」
セイラは四天王の魔力を解放し、溶岩を操る力をさらに強める。いかにゲイズが強力な魔物といえど、四天王とただの魔物ではやはり差はある。じわり、じわりとセイラが押し始めていた。
「ただ念動力をぶつけるだけのあんたと、魔法の特質を活かしてる私……! 力は互角でも燃費が違うわ! このまま真っ黒こげの目玉焼きにしてあげるわ!」
『ヒ……ヒィッ!?』
ここ一番、全開の魔力を放つセイラ。やがて空中で静止していた溶岩はゲイズへと降りかかった。
解き放たれた赤熱する溶岩は荒れ狂い、もはや止めようもないほどの勢いで地を喰らった。滝の直下のような勢いで、触れるもの全てを溶かす溶岩が流れ続ける。やがて地を溶かしつくした溶岩は火口のような穴だけを残し、他の全てを飲み込んで地に還っていった。
「……チッ」
セイラは舌打ちすると後ろを振り返る。そこにはゲイズが何食わぬ顔で浮いていた。
「どーやってあれを回避したのかしら……まあいいわ、あんたの切り札はもう潰した。まだやるってんなら相手になるけど……どうする?」
挑発的な手つきでセイラは魔物を誘った。王族の面影を残す悠然とした佇まい、四天王の風格を残す威圧的な視線、そしてつい先ほど見せつけた邪悪な魔力。生半可な相手では触れることすらできないセーレライラがそこにいた。
だが。
『威嚇は弱いヤツがやるもんだ……ハッハハー』
ゲイズは笑っていた。例のわざとらしく軽薄な声がセイラの脳裏に響き渡る。
『あんた様、溶岩を操るのだーいぶ無理しちゃってんじゃない? 魔力が派手に乱れてるぜぇ、おおえろいえろい。さっきどや顔で説明してたことの半分以上ウソなんでなーい? 魔力の量と質に物を言わせてムリヤリ操ったってカンジ! 力任せが燃費悪いって自分で言っちゃってたしぃ?』
目をにたにた歪めながら言葉を連ねるゲイズ。どこまでもふざけているがその言葉は核心をついていた。
そう、セイラが溶岩を操れるというのはほとんど嘘、魔王の魔力を含む溶岩に同質である自分の魔力を混ぜて、強引に魔法の対象にしただけだ。当然魔力消費は激しく、乱発できるものではない。
『俺ちゃん詳しいんだ、戦いたくない奴はまず隠れて威嚇はその次、最後に死んじゃう。結構ギリギリみたいねセーレライラさん。喉乾いた? にょほほっ』
目だけでセイラを嘲笑うゲイズにセイラは言い返せない。この目玉の言うことはいちいち癪に障るが、またいちいち的を射てもいたのだ。
照りつける陽光と足元からの熱気はセイラの体力を奪い続けており、ゲイズが溶岩を操作したせいで熱気は一層増している。溶岩を操る相手では水魔法も使えず、得意とする話術の駆け引きものらりくらりとかわされ続けている。
余力がなかった。セイラが派手に溶岩を動かして戦ったのも、威圧感を出したパフォーマンスをしたのも、全ては余裕のなさから来るものだった。
「ハアッ……別に、時間を稼いでもいいのよ。その内に勇者たちが戻ってくるわ、そしたら選手交代できるものね」
『それをわざわざ口にしちゃう? 俺ちゃんだったら秘密の作戦にして不意打ち狙うけどな~、今のでそれがないことと、あんた様の頭もだいぶぼやけてきてるのがわかっちゃったねぇ』
話している間にも汗は流れ、見る間に体力は削られ続ける。暑さに思考を奪われて、効果的な攻め方が思い浮かばない。セイラは追い詰められていた。
いずれにせよこのまま膠着状態が続けば不利になる一方――セイラはやぶれかぶれでも攻めることを決断した。
「じゃあさっさと死になさい! 『水切り』ッ!」
セイラは両腕を水の刃へと変じ、ゲイズへと飛び掛かった。
『んー、俺ちゃんの力って遠くても近くても強さおんなじだから、近距離戦苦手なのよねー。だから』
ゲイズは触手でぽりぽりと頬をかくような仕草をした後――その目前から、溶岩を噴出させた。溶岩は空中で曲線を描くと地中へと再び飛び込み、さながらゲイズは溶岩の輪を半分地上に出して身を守るようにする。
限られた水による攻撃を無駄にすまいとセイラはすぐさま足を止めた。
「また溶岩で来るなら来なさい! あんたも消費は私と同じでしょ、根比べと行きましょうか?」
『それもいい! けど、俺ちゃんこの後村を消した後、他の四天王とも戦わなきゃだしー、あんた様に無駄な労力かけてらんないのよ。だ・か・らー……』
ゲイズがまた瞼を歪ませて笑うと、触手の数本が怪しく動き出す。
『溶岩よりこっちのが苦手だろ?』
次の瞬間、溶岩の柱から、火炎がセイラ目掛けて襲い掛かった。
「なっ!? に、『逃げ水』!」
セイラは自らの体の全てを水に変える魔法でその場を脱し溶岩から距離をとる。だが火炎の弾は次々に溶岩から飛び出してセイラに襲い掛かった。
逃げ惑うセイラの脳裏に、ゲイズの声が響き渡った。
『アッハッハ! 種明かしするとね、俺ちゃんの念動力で周辺の僅かな塵とかをまるめて、火種にして溶岩に突っ込ませてからあんた様に飛ばしてんの! 火種の種明かし! うぷぷ、われながらサイコー!』
溶岩の灼熱で火炎を生み出して、それを念力で操り攻撃してくる。実質動かしているのは火種となる小さな塵だけでゲイズに消費はほとんどない。
「くっ……火が、水に勝てると思ってんの!?」
セイラは水魔法を打ち放ち、火炎に水を浴びせかけて消火した。だが溶岩からは次々に新たな火炎が生まれて襲い掛かり、キリがない。セイラの水に限りがあるのに対し、ゲイズは念動力で極小の塵から火を生み出すのだ。
次第にセイラは追い詰められていく。
「に、『逃げ水』……うっ!?」
『その魔法、水に変わってもそこそこダメージを受けるらしいね? こと火の攻撃は、んねっ!』
体を水に変えてまで逃げるセイラだったが、避けきれずに顔に火を受けてしまった。彼女が怯んだすきに火炎はさらにその数を増やし、周囲一帯は火炎に覆いつくされ足の踏み場もなくなっていった。
『さあて、と』
ゲイズは一旦攻撃をやめると、必要ないと判断したのか自らを守っていた溶岩を鎮め地に戻した。これでセイラがあの溶岩を操って逆襲するということもできなくなる。セイラは間接的にでも対象と触れていない限り操作はできないのだ。
そして多大なエネルギーを消費する溶岩の操作をやめたゲイズは、持ちうる全ての力を火炎へと回すことができる。
『勝利の味は格別だねェ……特に格上の相手を倒せるのはサイコー! 恨むなら恨んでよ、その百億倍俺ちゃん喜んじゃう! ウヒョー!』
ぐるぐると目だけの体を回転させてひとしきり笑った後、その全ての目がセイラを睨んだ。
『とどめだ』
次の瞬間、莫大な量の火炎が一斉にセイラへと襲い掛かった。
「う、くっ……うううっ!」
策もなければ、抗う体力も水もない。それでもセイラは必死に炎を睨みつけ、何か手はないかと考える。死にたくない、死ぬわけにはいかない、私は、私は、私は……!
だがその時。
火炎は、セイラの視界から消えた。視界どころか周囲一帯を燃やし尽くさんばかりだった全ての火炎が突然にセイラに見えなくなり、辺りが火山の枯れた土の光景に戻り、ゲイズの姿も目に映る。そのゲイズもまた驚愕に目を見開いていた。
『え、な、な……なんなんなんなんなん! なんだってんだーっ!?』
ゲイズは全ての触手をピンと伸ばし、四方八方に視線を巡らせ異変を探る。そして見つけ全ての触手とその先の眼球で睨みつけたのはセイラ――いや、その背後。
セイラは振り返る。セイラが戦っていた場所、川跡の窪みの縁に、いつの間にか1人の少女が立って、セイラたちを見下ろしていた。
驚いたことにそれはあの、セイラたちが魔物から救った少女だった。かおるよりも幼く、赤褐色の耐熱ローブをマントのように羽織っている。その下にある身体は細く小さく、質素な布服で包まれた体は子供のそれだ。だがセイラおよびゲイズを悠然と見下ろす赤い瞳――その頭上に束ねられた、太陽と見紛うばかりの火炎の熱風を受けて揺れる、ひとつにまとめられた紅の髪、そして何より、その全身に満ちる魔力がセイラの心を驚愕に染めた。
少女は口を開く。そのか細い手がゆっくりと掲げられ、頭上の火炎にかざされた。
「よくぞ、火を使わせてくれた……これで儂の力を存分に奮える」
声は幼い少女のものだ。高く拙く、威厳などまるでない。だがその佇まいには一片の迷いも、慈悲もなかった。
やがて少女は薄く笑うと、自らの名を名乗った。
「この……『竜炎』のダグニールの力をな」
業火を従え、ゲイズを見て微笑む少女。その姿にゲイズが恐怖した瞬間。
「燃えろ」
少女は腕を振り下ろし、ゲイズが放った火炎の全てを、本人へと打ち返した。
束ねられた火炎はゲイズが操っていた時よりも遥かに速く激しく猛り、かつての主を襲い掛かった。
『フ、ヒヒッヒヒヒ! しかしところがぁッ!?』
だが火炎はゲイズの直前で見えない壁に弾かれ、その周辺を火の海へと変えるに留まった。ゲイズの念動力が火炎を防いだのだ。
『ダグニール! お前ちゃんがどんな姿で潜伏してたかは知らなかったが、俺ちゃんはお前ちゃんとも戦うつもりで来てたんだぜィ? 勝算があるに決まってんだろー!? 『竜炎』は人の心を焼く炎、魔物の俺ちゃんにゃ効かねえっ! ヒヒヒ、アッヒャッハー!』
業火をものともせず、セイラをも巻き込む念話で高笑いを上げるゲイズ。だがその言葉とは裏腹に、態度には明らかに焦燥と恐怖が滲んでいた。
そんなゲイズをまるで憐れむかのように少女は見る。そしてなぜか目を閉じると、こめかみの辺りに指を添えた。
その途端。
『戯けがッ!』
少女の怒号がセイラの脳内に直接飛び込み、思わず意味がないのに耳を塞いでしまう。その声はゲイズにも当然届いているようで、ゲイズは反射的にか触手で身を守るような仕草をとっていた。
高度な魔法である念話すら操るのか。セイラは少女をある確信を持って見上げた。少女は念話を続ける。
『かつて我が炎が人の心のみを焼いたのは、同胞たる者たちを想い我が意図してそうしただけのこと……人は火を恐れないがゆえに獣に勝る。だが竜の火炎はこの世のあらゆる生を焼く』
『ヒッ……な、なーに、お、俺ちゃん、火なんかぜーぜん怖く……』
『では試してみろ……我が炎は、じきに貴様の魂すらも焼き尽くす!』
ゲイズを覆う火炎が勢いを増した。すでにその火は少女の支配下にあり、禍々しい魔力に満ちている。それに囲まれたゲイズは明らかに狼狽し、恐怖し、戦慄していた。
『ヒッヒッ、ヒヒ! ヒヒ、ヒヒ……ヒ、ヒィーーーーッ!?』
最後まで笑い続けようとしたゲイズの音が次第に乱れ、ついには恐怖の叫びへと変わる。
その瞬間、ゲイズの姿がパッと消えた。
「あっ!? に、逃げたの?」
「瞬間移動……念動力を極めたことでできる技能のひとつだ。だが案ずるな、儂の炎で心に焼き付けた傷は、そう容易く癒えはしない。しばし奴は陽光の下に出ることすらできぬだろうて」
少女は穏やかにそう語ると、滾らせていた魔力を収めた。
見た目にはただの幼い少女。だがその内にある存在が、セイラの目には確かに見えていた。
「……さて、まずは村へと戻ろう。募る話、諸々あろうからな……」
少女は微笑む。皺ひとつない若い姿で。その老練を瞳の奥に滲ませて。
ついに、四天王が揃う。
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