第十五話 四天王集結
火の村の民家。
石をくみ上げて作られたドーム状の家に、セイラとその家に住む少女、そして戻ってきたレオンとかおるが向かい合って座していた。家の主である少女の両親には退席してもらっている。
「黙っていたことは悪かった」
少女は他の3人を見渡し頭を下げ、すぐに上げた。彼女の今の名前はファイといい、年齢は12歳とのことだった。
その表情は険しいがやはり幼げな雰囲気も色濃く、声に至っては年相応の少女そのものだ。レオンは説明こそ受けたものの、いまだにこの少女があの四天王最強の老竜ダグニールだとは信じられなかった。
「儂も戸惑っておったのだ。記憶を取り戻したのは例の産声があってから、自らが蘇った所以も意味もようとわからずに、ひとまずは平静を装い異変以前の生活を続けておったところにお主らが来たのだ。四天王が勇者の剣を手に儂を探しに来たという状況、混乱は察してもらいたい」
「まあ……無理もないか。俺らが敵か味方かもわからないものな」
「ゆえに儂は演技を続け、まずはお主らを見極めようとしたわけだ。本当に四天王なのかどうか、その力、そしてその心をな。今は驚いておるよ、まさかお主ら全員が、善心をもって動いているとはのう。変われば変わるものだ」
「それはあんたに言われたくないわよダグニール。竜から人、老いぼれから子供って、面影皆無じゃあないの。しかも女子って……」
「死して身を離れた魂に雌雄もなかろう、元より儂ら竜に雌雄の概念はないがな」
古めかしい言葉遣いで話し、ファイは頬を微妙に吊り上げ笑った。老練の深さと悪戯めいた浅ましさを併せ持つその笑い方はたしかにダグニールのそれだ。レオンは改めてこの少女が老竜の生まれ変わりだと理解し、そして改めて驚愕していた。
だが驚いてばかりもいられない。レオンは本題を切り出した。
「魂が身を離れたと言ったな、実はそのことで話があるんだ」
「ああ、セーレライラから聞いた……今はセイラベルザ王女かの。ともあれ、かつての儂の体と力をそのまま持つ竜がお主らを襲った、とな」
「ええ……あれは間違いなくダグニールだったわ。でもやっぱり私には今話しているあなたがダグニールに思えるし、その上であれがただの偽物だったとも思えないのよ」
セイラが語ったのはエルフの森での襲撃のことだ。四天王最強たる赤熱の巨竜『竜炎』のダグニールは100年前そのままの姿と力で森を襲ったが、ダグニールのことをよく知るレオンとセイラには、その言動が到底本来のダグニールとは遠いことがすぐにわかった。
ふうむ、とファイは腕を組む。
「儂にも仔細はわからぬが……どうも、儂の心は此方にあり、儂の体が彼方にある、といった様相だのう」
「ああ、俺もそう思う。お前がダグニールなのは間違いなさそうだからな」
「私はこの子の力を見たからね、あれはたしかにダグニールでなきゃできない芸当だったわ。さすが四天王最強って感じ」
「いや……実はのう、今はそうでもないのだよ」
ファイは困ったように眉をひそめた。ただし子供の姿なのでどこか芝居がかっていたが。
「儂の火炎魔法は独特での、火炎自体は儂の竜としての能力なのだ。それを操りまた心を焼く特異な性質を付与するのは儂の魔法だが……要はの、今の儂は竜の体を持たぬゆえに、かつての業火を自ら生み出すことができぬのだ。既にある火炎を操ることはできても火炎を放つことはできぬ。先の戦いの折も、敵が火炎を使ってくれたがために反撃に転ずることができただけなのだよ。今の儂に出せる炎は、この体の技術相応のもの……まあこんなものだ」
ファイは指を立てるとその先に火を灯す。蝋燭のように揺れる火は火炎魔法としては安定しているが、かつてこの世の全てを焼く尽くさんばかりだった『竜炎』に比べるとあまりにも子供じみていた。かつての最強の思わぬ弱体化にレオンたちはショックを隠し切れなかった。
だが、とファイは言葉を区切った。その瞳には力を失ってなおも衰ええぬ、老獪の狡猾さと智慧が滲んでいた。
「逆にいえば儂の力は竜の体あってこそ……もしも儂の体を操り、使うことができたのならば、大きな戦力になるはずだ。儂の遺体の存在、そこに魂を吹き込む魔術の存在の2つを仮定するならば全ての説明はつき……儂はその2つに心当たりがある」
「じゃあ、エルフの森で現れたダグニールは……」
「儂の抜け殻を利用しておるのだろうな。かつては至上の種たる竜を誇った儂だったが、所詮強きは体だったということだ」
ファイは自嘲気味に言うとおもむろに立ち上がった。改めてレオンたちの顔を見回し、何かを決めたのか頷く。
「今の儂は四天王最強どころか、多くの魔術師にも劣る魔力と技術しか残っとらん……本当ならばただの一介の村娘ファイとして、今生は平穏を満喫したかったのだよ。人としての生も興味があったことだしの。だが儂の体が勝手に動き、悪さをしているとならば放っておくこともできん」
ファイはレオンと目を合わせると、意味ありげに微笑んだ。
「微力ながら力になろう、勇者殿。それが宿命でもあろうて」
火の四天王、ダグニール。その生まれ変わりもまた、勇者の側に立つことを決める。ファイの決断をレオンも笑みで返した。
「こちらこそよろしく頼む。弱くなったとはいえやはりお前が味方だと心強い」
「これでついに四天王勢ぞろいってわけね」
「おおお! 面白くなってきました!」
セイラ、かおる(難しい話をしてる最中は寝てた)もまたファイの加入を喜びを持って迎える。セイラが言ったように、ついにかつての四天王が今の世で、異なる立場と姿をもって集まったのだ。
『土葬』のゲスワーム、『幽水』のセーレライラ、『薫風』のウッデスト、そして『竜炎』のダグニールは、レオン、セイラ、かおる、ファイ、新たな名前を持ち新たな志と共に結束する。かつてよりも強く、かつてよりも気高く。
「役者は揃ったな。さあ、ひとつ世界を救ってやろうじゃあないか」
勇者たるレオンが嘯くと、頼もしき四天王たちは首肯した。
勇者と仲間たちが集い、勇者パーティは完成した。これから真の旅路が幕を開ける。待つのは希望か絶望か、それとも異なる何かか――わからないが、四天王たちには何が待とうと受けて立つ力がある、それだけは確かだ。
全ての仲間が揃ったことを、四天王たちは祝すのだった。
――はたしてそれが、『全て』だったのだろうか。
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