第二十七話 「弱い」

 魔界にある山、未だ瘴気漂うカルデラの端。

 鎧の淫魔――イモルは静かに目を閉じ、瞑想を続けていた。彼女の中に渦巻くのは闘志。己が戦う理由、戦う目的をしかと確かめ、滾る闘志をさらに昂らせる。そして考える、奴に勝つにはどうすればいいか。何を捨て、何を得ればよいか。死闘こそ使命、果たしうるは血しぶきの結末。

 しかしその時、ふとイモルは目を開く。その直後彼女の目の前に魔力の光が満ち、光の中から例の女が現れた。

『貴様……勇者たちのことは俺に任せたのではなかったのか?』

 イモルは怒りに満ちた目を向けたが、女は飄々と返した。

「ごめんごめん、でもしょうがないでしょ? 私の最終目標がぽんと出てきちゃったんだから」

『フン……キサマなどを信じた俺が愚かだった。女狐めが』

「あらら、淫魔のアナタに言われちゃおしまいね。魔性の女はお互い様、でしょ?」

『私を淫魔扱いするな。それよりもどうなのだ、約束を違えてまで接触してきた感想は』

「意外と根に持つわのねぇあなた……ふふっ、悪くないデートだったわよ」

 女は意味ありげに微笑む。だがこの女のそういう笑い方はしょっちゅうなのでイモルは鼻を鳴らすだけだった。

「あの子供が発していた魔力、私が知る物とはかなり異質だけれど間違いないわ。あれこそが私たちが求めるマスター・ピース……」

『回りくどい。要は四天王同様、仕留めねばならぬということなのだろう。なぜ殺さなかった? 貴様ならば容易いはずだ』

「それもいいけれど、まだ不安要素が大きすぎるわ。いずれにせよ生きている人間は死ぬ以外に行く先はないのだから落ち着いて待ちましょう?」

『そう悠長に構えていられればよいがな……せめて四天王の一人も仕留めてくればよかろうに』

「生憎タイミングがなくってね。四人同時はやはり私でも不可能、殺せたとしてもゲスワーム一人。それもやったら確実に他3人に正体がバレたでしょうし……まだ私の本性を隠すメリットの方が多いと判断したのよ」

 女の言い分に、突然イモルは激昂した。

『回りくどい! 貴様ほどの力を持ちながら何をためらう!? 下らぬ策を弄さずとも正面から当たればよかろう!』

 槍を女の眼前に突きつけ怒号を上げるイモル。だが女はあっさりとその槍を払いのけ、なおも笑みを浮かべていた。

「相手が相手だもの、慎重になるのも当然よ。あなただって契約を使ってゲスワームとのタイマンに持ち込んでいるでしょう?」

『……俺は、貴様よりも弱い。当然の策だ。だが貴様は……』

「私も弱いわよ。強い人間っていうのは、もっと……」

 その時ふと女はどこか遠くを見た。珍しく心の底をさらけ出すような女の表情にイモルは驚いたが、すぐにその目は怪しげな笑みに覆われていた。

「とにかく、今回のことは例外よ。やることは変わらないわ、あの子供も殺したって構わない。私は私で少し調査をしてみるけど、あなたはそういう性分じゃあないでしょう?」

『無論だ。俺はただ、この槍で敵を貫くのみ!』

「それじゃあお話は終わり。出しゃばったのは悪かったわ、何か要求があればいつでも言いなさい。お詫びに力を貸したげる」

『いらぬ世話だ、とっとと失せろ。俺は俺のやりたいようにやる』

「はいはい。それじゃ退散しましょうか」

 女はイモルをからかうように笑うと再び転移魔法により消えていく。独りになったイモルはまた瞑想を始めた。

 全ては――魔王の為に。

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