第二十六話 鍵

 ラピスが去った後、四天王たちだけで改めて話し合いが始まった。

「……以上が図書館で調べたおおまかなことだ。瘴気の発生地点、現代の世界の様子などはわかったが、儂らのことについて正確な情報は得られんかった」

「ひどいもんよ。私たちについて本によって見た目も能力も違うし、出自や動機がてんで的外れな意見が重要な研究として載せられてたり。ま、当事者以上の情報がないのは考えてみれば普通だけどね」

「でも面白かったです! 私たちってやっぱりたくさんの人に興味を持たれてて、今でも恨まれてるってわかりました」

「そうか。ひとまず目的地は絞れそうだな」

「うむ、瘴気の発生地点を巡りつつ、東の大陸を進んでいこうと思う。してレオン、お主の方はどうなのだ」

「ああ……」

 レオンは膝の上に乗せた黒髪の少女をずれ落ちないように抱き上げた。少女はいまもなお穏やかに寝息を立てている。疲労しているのかもしれない。

「私たちが図書館にいた時に感じたとんでもない魔力は、本当にその子のものだったの?」

「そうだ。その魔力を感じてラピスも飛んできたんだ。俺も足を一本やられた、今こっちの足は完全に土になっている」

 レオンが身を屈め自分の右足を強くえぐると、その部分が土となりボロボロとこぼれた。見た目だけ普通の足だが、実際は土を固めてそう見せているにすぎない。

「あの魔力は本物だ、ラピスが来なければ俺かこの子のどちらかが死んでいた。途方もなく膨大で、俺ら以上に邪悪な魔力だった」

 少女は街を破壊した魔物を一瞬で消滅させ、数分も経たない内に街を壊滅させた。放っておけば街全てを滅ぼしたかもしれない。あれほどの魔力を持つ者は、この少女の他にレオンはひとつしか心当たりがなかった。

「もうひとつ奇妙な点は、この子の周囲では変死が起こり続けているらしい。俺らと会った時に連れていた猫も、この子の両親も衰弱し死んだそうだ。セイラ、心当たりはないか」

「ええ……わずかだけれど、感じるわ。この子は瘴気に侵されている」

 四天王随一の感覚を持つセイラが少女に手をかざし、そこに宿る瘴気――魔王の魔力より生まれる邪悪な気を感じ取る。その感覚が鈍いレオンには感じ取れなかったが、やはり少女の周囲に起こる変死の原因は瘴気だった。

 セイラはより詳しく少女を診る。

「完全にこの子に定着しているわね。この子と関わらなければ問題ないけれど、長期間密接に関われば常人はまず死に至るレベル。両親が亡くなったのも頷けるわ。だけどわからないのは……」

「この子自身がなぜ、瘴気によって死なないか……だな」

 レオンの言葉にセイラは頷いた。瘴気は人間にとって毒、魔法によって防げなくもないがそれにもかなり高度な魔術が要求され、また体内に宿したまま生活を送れるようなものではない。周囲に影響を与えるほどの瘴気を持ちながら少女が生存できているということはつまり――

「……ひとつ、この子について考えたことがある」

 おもむろにレオンは切り出した。

 それはとても、奇妙な仮説だった。




 その場はひとまずという形でカフェを後にし、かなり日も傾いてきたために宿を探して一室を借り、落ち着いたところでようやく、眠っていた少女は目を覚ました。

「ん……あれ、私……」

 宿のベッドに寝かされていた少女は起き上がるときょろきょろ辺りを見渡す。自分がどこにいるのかわからず混乱しているようだったが、レオンに気づくと安心したように彼を見た。だがその近くにいる見知らぬ3人に警戒している様子でもあった。

「気が付いたか。体調はどうだ? どこか痛くはないか?」

「え? 体調……はい、ちょっと体が痛いし、だるいです。でも、ちょっとだけです」

「そうか、ならよし。何があったか覚えているか?」

「えっと……あなたに言われてカフェで待ってて、それから……あまり、覚えてません」

「やはりか……」

「あ、あの、何が、あったんですか……?」

 レオンは膝をつき、ベッドに腰かけた少女と同じ目線になる。柔らかな笑顔で安心させる、といった器用な真似は彼にはできないが、その分真摯に彼女と向き合った。

「落ち着いて聞いてくれ」

 そうしてレオンは説明した。自分たちが勇者と呼ばれる存在であること、魔王を追って旅をしていること。さらにかつて四天王と呼ばれ、今もその力を身に宿していることも隠さず。少女の体質についても教え、そして、少女が気を失っている間に起きたこと――邪悪な魔力が体から溢れだして街を滅ぼそうとしたことも、包み隠さずに教えた。

 レオンの想像通り、少女は自らの身に起きた幼い身には受け入れがたいであろう暴走のことを聞いても取り乱すことなく、ただただ悲しげな瞳をしていた。

「君の力がいつ、なぜ宿ったものなのかは俺たちにもわからない。君の方はどうだ? 以前に同じようなことは……そうだな、大怪我をしたり、誰かから襲われたりしたことはなかったか?」

「んと……ない、と、思います。みんな、私に近づくのも嫌がっていたし……大ケガも、したことないです」

 レオンからの質問にも少女は整然と応じた。強い子だ、改めてレオンは思った。『幼さ』を未熟さと定義するならば、悲哀において彼女は幼くないのだろう。親を失い、誰からも拒否され、それでなおも生き続ける彼女は。

 その強さを見込んで、レオンは正面から語った。

「君が持っている力はあまりにも危険だ。これまで大きな事件が起きていないのは幸運だったにすぎないだろう。今回襲われた原因は俺にあるとはいえ、力の出自も性質も不明である以上、今後同じようなことがより危機的な状況で起こり得る」

 少女は首を傾げた。真剣に話しているのは表情で察したようだが少し言葉が難しすぎたらしい。精神的に強いといっても本質はまだファイよりも幼い子供であることを思い出し、レオンは頭を抱えた。

「あー……つまりだ。今日みたいな暴走がどんな理由で起こるのかわからないから、もっとヤバイことになるかもしれないってわけだ。誰かに襲われたりしなくても、下手すれば道で転んで暴走するかもしれないし……そうなった時に無事に済むとは限らない。周りも、君もな」

 少女はレオンの言葉を理解し、小さく頷いた。よし、とレオンも頷き、いよいよ本題に入る。

「そこでだ。君は、俺らといっしょに来てほしい」

 少女はまた首を傾げた。今度は意味が分からなかったというよりは困惑しているのだろう、これまでの人生でずっと他者から拒絶されてきたがゆえに、手を差し伸べられたことに驚いているのだ。

 レオンはやはり優しく語り掛けたりはできなかったが、真っ直ぐに少女と向かい合った。

「俺らなら君が暴走してもなんとか止められるし、君の瘴気で死ぬこともない。君が残飯を漁って独り生きることもないんだ。勇者としても君を放っておくことはできない、周囲への被害も含めてな。どうだろう、いっしょに来てくれるか?」

 少女はしばし目を泳がせて迷う。だがやがて顔を上げ、その目に決意の色をにじませながら言った。

「はい……お願い、します」

 その返答にレオンは安堵し微笑むそれと同時にその頭をセイラが殴りつけた。

「あんたねえ、小さい子相手になんって無愛想なのよ! ごめんね、きっとこいつ育ちが悪いのよ。怖いことじゃないから安心してね、私はセイラ、こっちの子はかおるちゃん」

「かおるです!」

「儂はファイ・インセンディオ。そういえばお主の名前を聞いていなかったな」

「名前……」

 ファイに尋ねられ、少女は困ったように眉をひそめた。

「名前……忘れちゃいました。呼ばれること、なかったから……」

「ム……そうか。だが呼び名がないというのは不便だな」

「あ、じゃあ……私、アイゼンヴァルト・クーゲルシュライヴァーがいいです」

「ア、アイ……?」

「アイゼンヴァルトクーゲルシュライヴァー。かっこいいから」

 少女のあげた名前にレオンたちは顔を見合わせた。いくらなんでもアイ……とやらは名前にしては長い上に複雑で呼びにくすぎる、だがその名前をあげた少女は今珍しく目を輝かせており水を差すのも忍びない。思えばこの少女、連れていた猫の名前もそうだが名づけのセンスはかなり独特なようだ。レオンと出会った時のように図書館に絵本か何かで読んだのかもしれない。

「あ、じゃあアイちゃんって呼びましょ。いいかしら?」

 セイラの提案に少女は少し不満げな表情を見せた。だがレオンたちが頷くと、渋々といった形で略称を了承する。さすがにここは譲歩してもらわないと今後が不安だ。

「それじゃあ改めて……アイ。険しい旅にはなるが、俺らが君を守ろう。これからよろしく頼む」

 レオンはそっと片手を差し出した。黒髪の少女あらためアイもおずおずとその小さな手を差し出し、2人はややたどたどしく握手をかわしたのだった。



 勇者一行が、いや、四天王たちがアイを迎え入れたのには理由がある。

 アイに対していったことも事実だが、それよりももっと重要な理由。

 それは彼女が、四天王たちが復活した理由の鍵を握ってるかもしれないということ。

 少女と四天王が出会ったのは偶然か、それとも――

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