第二十四話 ラピス

 光の中から現れたのは、大人の女性だった。

 深緑のローブとつばの広がった三角帽子はいかにも魔術師といった容姿。ゆるくウェーブしたブロンドから覗く尖った耳は魔法に長けたエルフ族のそれだ。佇まいは悠然としてどこか余裕があり、容姿から年齢の推測が難しいエルフ族だが、その立ち姿と魔力は豊かな経験と智慧を感じさせた。

 レオンはその姿に見覚えがあった。かつて見た時からかなり変貌していたので一瞬誰かわからなかったが、彼がその姿を忘れようはずもない。深く、重い因縁を持った人間の1人。

 女はレオンを一瞥したが、すぐにその意識は邪悪な魔力を滾らせ続ける少女へと向いた。

『死ねない……!』

 漆黒の魔力に塗られた瞳が、突如現れた女を敵と見なす。少女はレオンにやったように、膨大な量の魔力を女へと放出した。触れただけでレオンの土壁をたやすく浸食する魔力の波が迫る、だが女は動かず、レオンも彼女を守ろうとはしない。わかっているからだ、そんな攻撃は効かないということが。

 まるで見えない壁に阻まれたように、黒い魔力は女の目前で遮られ届かない。さらに零れた魔力も街を襲うことなく途中で遮られ、レオンにも届かなかった。

 女は邪悪な魔力をものともせずに少女へと歩み寄っていく。少女は敵対心を露わにすると、より一層の魔力を解き放った。

 だが次の瞬間、女は少女の真後ろにいた。

「眠りなさい」

 女が一言呟き、なんらかの魔法を放つ。淡い光が少女を包んだ後、次第に少女の黒い影が収束し――消えると共に、少女は気を失った。

 少女の魔力の奔流が消え、住民が逃げ去った街には静寂が戻る。破壊され尽くしたカフェテラス、レオンが作った壁とその残骸。戦いの跡を一通り見渡してから、女はレオンに視線を向けた。

「あなたが今の勇者ね。この戦いの跡から察するに土魔法……ゲスワームで合ってるかしら」

 女に正体が知られていたことにもレオンはさほど驚かなかった。そして虚勢を張りながら返事をしようとした時、遠くから数人駆け寄ってくる気配がする。見れば図書館の方角から、ようやく騒ぎを聞きつけたのか他の3人の四天王がやってきていた。

「レオン、無事!? 今の魔力は……」

 セイラの声が途中で止まる。女は現れた3人に順に視線を送り微笑んだ。かおるはその顔を見てもピンと来ていない様子だったが、ファイはすぐに険しい目を見せた。

「貴様……どうやら儂らのことを知っているようだな」

「ええ、それは勿論よぉく知ってるわ。でもさっきの魔力は私じゃあないわよ」

「え? ファイちゃん、お知り合いですか?」

「見知っているのはお主もだ。よく見ろ、100年が経ち成長しておるが、あの目、髪……間違いない」

「目と髪……うーん……あっ!?」

 じーっと女を見て、ようやく正体を察したかおるは女を指差し、大声で叫んだ。

「勇者パーティの魔法使い! エルフ族で天才の、ラピス……さん!」

 女はかつて殺し合った相手の今の姿を見て、意味ありげに微笑んでいた。

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