第十八話 一騎打ち



『さあ……この俺の槍を凌いでみせろ。勇者ッ!』

 土山の上に立ったイモルが槍を構え、投擲した。見切れない速度ではない、レオンは難なく勇者の剣ではじく。

 唯一の武器をいきなり捨てる? 疑問に思った矢先、イモルの手元に新たな槍が出現した。

「そうか、魔力を固めて作った奴だったな……厄介だな」

 魔力の武器化は物理魔法の発展形である高度な魔法、イモルの持つ赤い槍もその産物だ。

 だが先程飛んできた槍をなんなく払ったように攻撃力自体はさほどではなかった。あの程度ならば多少攻撃されても――レオンはそう思っていたが。

 イモルの背後に、同じ槍が数十本出現した。

『死ね!』

 イモルが殺意の声を上げる。その瞬間、数十本の槍全てがレオンへと襲い掛かった。

「『土壁』」

 完全に見積もりを誤ったレオンだが、土魔法で地面を壁上に隆起させ防御した。やはり槍自体のパワーは弱く、槍は全て土壁に阻まれる。

「今度はこっちの番だ」

 土壁はレオンの魔力により持ち上がり、槌と化してイモルへと振り下ろされた。鎧の淫魔はすぐさま後ろに飛び退き、巨大な土塊は無人の土山を叩き砂埃を舞い上げるだけに終わった。またその砂埃と土壁の残骸に阻まれレオンはイモルを見失う。

 淫魔は機動力に優れる種族、奇襲はもっとも警戒すべき戦法。レオンは全方位へ集中し敵を待つ。

 やがてイモルは土からもっとも遠い場所から現れた。

「そこッ!」

 直上からの一撃を勇者の剣が受け止め、イモルの槍、レオンの剣、両者が衝突する音が響き渡った。

 イモルはすぐさま空へと飛び退き、急降下による槍撃を次々に繰り出してくる。直接手に持った槍による攻撃は投擲のそれよりも数倍強力だが、レオンもまた勇者の剣による剣術で一撃もヒットを許さない。

『やるな……だが!』

 イモルは戦闘用に拡張した翼を折り畳み、更に速度を上げて槍を繰り出した。レオンは辛うじて剣で受け止める。

 その瞬間、レオンの周囲を囲うようにして槍が出現した。

「『土壁』ッ!」

 すぐに輪の形に地面を隆起させ槍を振り払った。イモルは翼を広げて退避し、やや離れた場所に着地して戦闘は仕切り直しとなった。

 ひとまず攻撃をしのぎ切ったレオンは余裕の笑みを浮かべていた。

「お前の能力はだいたいわかった、槍を生み出せる範囲はお前を中心に3から5m、範囲内ならどんな形でも出現させられるが動きは直線のみ。強度はお前が手に持つ、投擲する、魔力で飛ばすの順に強くなり、数と反比例する。無数の槍を飛ばして牽制、淫魔の機動力を活かしたヒット&アウェイ……淫魔にしちゃ素直な戦術だな」

 レオンは地に足をつけて戦う相手に滅法強く逆に飛ぶ相手は苦手だが、イモルの攻めは直接的であり圧倒的なパワーを誇る極大土魔法はそういった戦いには有利。相性は五分と五分ややレオン優勢といったところだ。

 だがそれはイモルの能力が今見せたものだけだった場合――目の前のイモルが不気味に微笑んでいるのに嫌な予感を感じていた。

「今度はこっちから行こうか……うっ!?」

 余計な手を出させる前に倒そうとレオンは駆け出そうとしたが、できなかった。動こうとした途端体が何かに引かれるような感覚がして引き留められる。

 振り向けば、背後の地面にいつの間にか1本の槍が刺さっていた。それまでイモルが飛ばしていた赤ではなく緑色の槍は、レオンの影を突き刺すように魔力を放っていた。

『赤の槍は肉を貫き、緑の槍は影を貫く。動けまい』

「言ったそばから少し悪魔っぽいことしやがって……こっちの格好がつかないだろ」

『死に行く者が心配することではない。さあ今度の攻撃はどうだッ!』

 動きを封じられたレオンに対し、赤い槍がまた次々に飛んできた。レオンは剣で襲い来る槍を叩き落としていくが、イモルはだんだんとその距離を詰め攻撃は熾烈さを増していく。

 その手に緑色の槍が握られた。

『そこだッ!』

 緑色の槍が投擲される。高速で打ち出された槍はレオンの横をすり抜けると、その背後の地面に突き刺さった。見れば、レオンの影の左腕の部分に緑の槍が刺さっていた。これでレオンは左腕を動かせなくなってしまった。

 その間にもイモルは接近してくる。緑の槍が赤の槍と同じ本数生み出せるのならば、じわじわと全身全てを拘束されてしまう。

「くっ……『土槍』!」

 魔力は拘束されていない。イモルに対抗するようにして土の槍が地面から無数に生まれ、彼女を貫こうとする。だがイモルは一切動じることなく翼を広げて舞い上がり、地からの攻撃は空しく外れた。

『そんなものか勇者……いや、四天王ッ!』

 イモルは上空から一気に五本もの緑の槍を投げつけてきた。内三本は切り払ったものの、二本が影の右足、そして腰の部分に突き刺さる。レオンは動きを大きく拘束され、苦し気に呻いた。

 だがまだまだと言わんばかりに上を見上げたレオンの目に映ったのは、降り注ぐ数えきれないほどの緑の槍だった。

「ぐっ……!?」

 緑の槍は周囲の地面ごとレオンの影を隙間なく突き刺した。剣を持った右腕を動かせず、首すら動かせないレオンにはもはや成す術はない。だがイモルは勝ち誇ることなく、余分な緑の槍を消すと、レオンの真上に構えその魔力を滾らせる。

『土の四天王、貴様は不死の能力を持つと聞いた。貴様に致命傷というものは存在せず、欠損部分もすぐに土で埋め合わせると……だが同時にそれは有限であるとも。ならば、貴様が死ぬまで殺し続ける!』

 その手に握られたのは黄色い槍。赤の槍ともまた違う魔力で作られたその槍が、これまでのものとは比べ物にならない威力を持っているということは地で固まるレオンの肌にも伝わっていた。

『俺が貴様の能力を知るように、俺もこの槍について教えてやろう。この黄の槍は赤の槍と違い飛び道具にはできず、俺の手で持たねばならない。だがその分俺の魔力を直に敵へと突き刺し……この槍が触れている間、攻撃は続く。いわば「無数の槍で貫き続ける」という行為を、この黄の槍の一突きで代えることができるということだ』

 イモルは槍の切っ先をレオン目掛けて構えると頭を地へと向け、その翼を折りたたむ。

『死ね、勇者!』

 イモルは一直線にレオンへと突っ込んだ。

 だがレオンはその瞬間を待っていた。

「『土葬』ッ!」

 自身の切り札たる土魔法を行使する。するとレオンの周囲の土がうねりあらゆるものを飲み込み始める。それは影に突き刺さった緑の槍も例外ではなく、全ての槍は地中に消えた。イモルの表情に驚愕が浮かぶも、もはや攻撃は止められない。

 地を支配するレオンには最初から影を縛る魔法など効きはしなかったのだ。攻撃を誘い、迎撃するためのフェイク。それは武人然としたイモルの性格も予想しての作戦だった。

「悪いが、俺は悪人でね」

『グッ……ウオオオオオオッ!』

 邪悪に笑うレオンに対し、どうせハメられたのならばと考えたのか、イモルはより一層の力を黄の槍の一撃に込め突っ込んできた。

 そして黄の槍はレオンの胸を貫いた。レオンは防御しなかったのだ。

「グッ……がはっ……ぐああっ!?」

 深々と胸を貫いた槍から魔力が迸り、レオンが苦痛に呻く。イモルは一瞬驚いた顔をしていたが、レオンの苦悶を見て勝ち誇ったように笑った。

『槍を受け止めて反撃するつもりだったか、あるいは迎撃の余裕がなかったか……! いずれにせよ見込み違いだったな! 俺の槍は、貴様を死ぬまで追い詰める! 反撃の芽など苦痛に埋れる!』

 黄色の槍がより一層の光を放ち、それによりレオンの苦悶も強く高く響いた。

 だが――レオンもまた笑うと、剣を持たない左手でイモルの首を掴んだ。その予想外の力に驚いたイモルが振り払おうとするが、苦痛にあえいでいるはずのレオンの腕はイモルを掴んで離さなかった。

「ああ……さっきのお返しに、俺も教えてやる。この、勇者の剣の力は二つ……! ひとつは『勇者の剣』、剣自身が剣術を記憶し、所持者の技術と融合させ戦う力! もっとも俺には剣術はさっぱりだからこいつに任せきりだったが……もうひとつは、俺の力でさらなる価値を見せる能力だ」

 ギリギリとレオンの腕がイモルを締め上げる。一方でイモルもまた槍に力を込め、両者とも苦痛に脂汗がにじむ。だがそれでおなおレオンは笑っていた。

「それは『勇者の心』……自分が、仲間が、死に近づくほどに所持者の力を強める! 無数の命を持ち、何度でも死ねる俺ならばその力を最大限に発揮できるッ!」

『ぐっ!?』

 レオンは一気に体を翻し、左腕一本、抑えた首のみでイモルの体を振り回し、地面に組み伏せた。その途端地面の一部が隆起しイモルの四肢を抑え込んだ。同時に黄の槍が消え、レオンの胸に空いた穴が土で埋められる。

「きれいごとだけじゃあうまくいかない……苦しんで、喘いで……そのうえで生き残れるなら上等! さあいくぜ剣よ、その力を示せ!」

 必要のなくなった左腕を離すとレオンは両手で剣を構えて掲げた。その真価を発揮した勇者の剣が眩しく光り輝く。狙いは唯一拘束されず、隠れ場所もなくちろちろと動く――イモルの尾。それを斬ればこの戦いは終わりだ。

 だが、その瞬間。

『フフ……こんな格好をさせて、どうする気だ?』

 苦しんでいたはずのイモルが妖艶な笑みを見せる。魔力で作られた鎧がフッと消え、その蟲惑的な肢体が露わになる。そこにいたのは手足を拘束されて地に組み伏せられ、瞳に妖しげな光を宿す淫魔。

 イモルの目から魅惑魔法が発せられる。不意打ちの形で心を襲われレオンは反射的に攻撃をやめ後ろに飛び退いた。その隙を突き、イモルは出現させた赤い槍で手足の拘束を砕くと同じく飛び退く。

 思わぬ奥の手を使われて止めを刺し損ねたレオンは舌打ちをしたが、それ以上にイモルが表情を悔しさで歪ませていた。

『この、俺に……淫魔の魔法を、それも魅惑魔法を使わせるとは……! 切り札の槍をも防がれた上で、こんな、こんな侮辱を……!』

 イモルの瞳に怒りがにじんだ。まるで淫魔が淫魔の魔法を使うことをタブーとする言動に、少なからず興味を持ったレオンは尋ねてみた。

「なあ……お前、何者なんだ。100年前、魔王の部下にお前はいなかった。淫魔のくせに淫魔らしからぬ性格と戦い方で、むしろ淫魔であることを恥じるようなことを言う。俺らの正体やその由来についても詳しいようで、かつ魔王への忠義を誓っている……何者だ、お前」

 尋ねたのは戦闘中のコーヒーブレイクのような気持ちで、すぐにでも『うるさい』とか『お前の知ったことか』とか言われて襲い掛かられるかと思ったが、意外にもイモルはその問いに対し何か思うことがあったのかハッと目を見開いた。そして首をぶんぶんと振り、レオンを睨みつける。

 思えばその反応はすでにイモルの息が上がっており、体力も魔力も消耗していたことも理由だったのかもしれない。

『俺のことは……貴様には、関係ない! 俺は魔王様のために戦い、魔王様のために死ぬ! そのためには犬死はできん……名誉の死よりも恥辱なる生を選ぶ! 俺はまだ貴様には勝てんようだが……方法はある。待っていろ、いずれ必ず貴様を討つ! 我が槍を覚えておけ、勇者!』

 イモルはそう啖呵を切ると翼を広げ、急速で空へと飛び立っていった。あっとレオンが気付いた時にはもう遅く、イモルの姿は森の彼方へと逃げ去っていく。レオンはその時ようやく、戦いの前に結んだ契約が戦闘時間の長さと逃走について一切触れていないことに気付いたのだった。

 つまりイモルは逃走したが契約の上では『距離を置いただけで戦闘続行中』。結局情報は効けずじまいになり、レオンは無念の思いで剣を収めた。

 せっかく自分たちがこの世に蘇った理由を――自らの存在意義を知るチャンスだったのに。そう思った時、レオンはふと先程の自分の言葉が自らに返ってくるのを感じた。

 お前は何者だ。

 人に訊いてる場合じゃないなと自嘲しつつ、レオンは仲間たちのもとへと歩いていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る