第二話 勇者選抜
王城の一室。
聞こえていた穏やかなハープの音がふと止んだ。奏者であった1人の少女はハープを置くと窓のそばに近づき外を眺める。そこから見える城下町と海、そして空は、ひとまずの平穏を取り戻しているように見えた。
少女は数日前の、真っ赤に染まった空を想う。そして改めて理解する、己の運命を。
やがて至る来訪者はどうだろうか――少女は静かに微笑んでいた。
『魔王の産声』が世界を襲ってから数日。
「ようやく着いたか」
土の四天王ゲスワームの生まり変わり、レオン。
彼は王都の門をくぐって街に入り、ほっと息をつく。農村を旅立った彼は数日歩き続け、ここロルス王国の首都にして王都シウダッドに辿り着いたのだった。
やはり大陸の東ほぼ全域をなす大国の首都だけあり、街は市民や商人など大勢の人間が行き交っている。魔王が復活したばかりの割に、住民たちにはそれを不安に思う様子は薄かった。食糧の安定、魔物を阻む外壁、軍隊――住民たちの安心の理由は様々あるだろうが。
「一番はやはり……」
群衆の中、レオンは混じっている鎧姿の戦士や屈強な男たちに目を向ける。勇者志望の人間たちだろう。『魔王の産声』が世界を襲うよりも早く勇者を募集していたというロルス王国、その先見の明とやがて誕生する勇者を、国民たちは信じているのだ。
何を隠そうレオンがこの国を訪れた理由のひとつはこの勇者募集のため――勇者になる、彼はそのためにここに来た。ただの農民であったレオンにとっては勇者など夢物語でしかなかったが、今ここにいる彼にとっては手の届く現実。逆にかつての彼にとっては意味こそ違うがやはり遥か彼方の存在だった――
「因果だな」
レオンは苦笑する。ひとまず宿を探そう、勇者選抜は明日、一応英気を養っておかないとな――歩き出しつつ、彼はこの街に来たもうひとつの理由について考えていた。
レオン、もといゲスワームが宿す魔力は人間のそれとは少し違う、魔王の魔力に由来するものだ。そしてその特殊な魔力を持つ者同士、個人さはあれど四天王は互いをある程度感知できるのだ。もちろんレオンにもその力があり――今現在、感じている。
自分と同じ四天王の力を持つ、転生者たちの力を。
そして次の日。
思ったよりギリギリだったなと勇者選抜の日に間に合ったことを安堵しつつ、レオンは他の参加者に交じって王国中心の大きな円形広場に来ていた。
広場には勇者志望の人間が軽く100人は集まっていた。多くは鍛えぬいたたくましい体の巨漢で、ロルス王国の軍人も数人混じっているらしく、農業をしていたレオンですら小さく見えるような者だらけだった。だがレオンよりも体格的には小さいような人間もそこそこいて、そういった者たちは魔法に自信があるのだろう、もちろんレオンもそのクチだ。
「おっ」
「来たぞ」
「おお、あれが……」
と、その時、周囲がざわつき始めてその視線が一点に集まっていく。レオンも人の間を縫うようにしてそちらへと目を向けた。
何人かの兵士を引き連れて広場に現れたのは1人の少女。兵士がいなくても彼女がただならぬ存在であることは纏う雰囲気でわかった。レオンよりもやや若い程度の年齢ながらも、その静々とした歩み、その度に揺れる淡い水色のドレス、透き通った白い肌、揺れる青色の髪、頭上には純白のティアラも光る。一部の参加者は彼女の姿が見えた途端に跪き、おかげでレオンにもその姿がよく見えていた。
少女は参加者の前で足を止めると一礼した後に口を開いた。その表情は硬く、笑みはなかった。
「皆様、よくぞお集まりくださいました。わたくしはこのロルス王国の王女、セイラベルザ・エル・ラ・ロルスと申します。病床の王に代わり、この勇者選抜を取り仕切らせて頂きます」
少女――セイラベルザ姫の口から王のことが語られ、広場がざわつく。姫は喧騒を沈めるように静かにかつ重く言った。
「皆様お静かに、ご説明します。かの『魔王の産声』の後……王は『勇者の剣』の無事を確かめるべく自らかの封印の地へと至りました。しかし、勇者の剣そのものは無事だったのですが……魔王の毒牙は既にこの地そのものを蝕みつつあったのです」
突然の告白に参加者だけでなく国民も驚き、すがるようにして姫を見ていた。レオンも魔王復活を受けた世界の現実に興味を持つ。人間の立場で見るとやはり魔王は脅威なのだな、などとも考えていた。
「ご存知の通り、勇者の剣は先代の勇者によりこの王国の裏にある山の頂に封印されております。勇者の剣の持つ力により一帯は特殊な結界の状態にあるのですが……『魔王の産声』を受けて以来、その結界全体が、魔界と同様の瘴気に侵されてしまったようなのです。王はその瘴気を受けてしまい、現在臥せっております。瘴気の正体も掴めていない以上、手の施しようがないというのが現状です……」
魔界、それはかつての魔王の誕生により生まれた地域一体の総称だ。人には毒となる瘴気に満ち魔物のはびこるこの世の果て――レオンの故郷だ。
ですが、と姫は続けた。
「勇者の剣は持ち手を認めた時、剣の『力』が持ち主に宿ります。瘴気の発生が剣に由来しているとしたら、勇者の剣の持ち主が決まれば……すなわち勇者が決まれば瘴気は収まるはず。それは奇しくもこの勇者選抜と目的を同じくしました」
いよいよ本題に入るようだ。レオンは楽しげに指を鳴らした。
「勇者選抜の内容は簡単です。この街の北にある封印の山、そこにある勇者の剣を手に生還した者を勇者と認めます。どの道魔王のいる魔界には瘴気が満ちており、それを攻略できることもまた勇者の資格と言えましょう……山には狂暴化した魔物も多く存在しております、勇気と無謀を取り違え功を焦ることなく、どうか自信のある方のみ挑んでください」
姫は改めて参加者たちを見渡す。そして確かめるようにうなずいた後。
「それでは勇者選抜……開始です」
姫が一礼し話を終える。その途端、熱気に沸いた大勢の参加者が走り出し、広場を出て真っ直ぐに目標となる山の方角へと向かっていった。ただしそれは参加者の半分ほどで、もう半分は準備を整えるためかすぐに動くことはなくそれぞれ別の方へと散っていく。
レオンは前者のグループに交じり、迷いなく封印の山へと向かっていく。このグループの者はなんらかの特殊な魔法を持っているかよほど腕に覚えのある実力者かバカかだろうが、レオンはそのどれでもなかった。
はっきり言ってこの試験、レオンにだけ圧倒的なアドバンテージがある。あるいはもう1人――とにかくレオンがズルをしているも同然なのは間違いなかった。
「やっぱきれいごとだけじゃあ回らないよな」
レオンもまたそのアドバンテージをフルに活かすつもりであり、参加者の中で1人ほくそ笑む。つくづく運命というものはわからないものだ――と。
もっとも、それは作為的なものだったのかもしれない。
封印の山は姫が警告した通り危険な場所だった。
近隣の山と同様に木々が生い茂って視界は悪く、『魔王の産声』により狂暴化した魔物が次々に襲い掛かってくる。瘴気のある結界に辿り着く前に何人もの脱落者が出ているようだった。
レオンは参加者に交じり山を進んでいく。
「そこだっ!」
飛び掛かる魔物に対し土柱を作り出し迎撃し、足を止めずに駆けるレオン。ただし魔法の使用は最小限にとどめていた。
スピードに特化してるわけでも超人的な身体能力を持つわけでもないので、何人もの参加者が彼を追い抜いていっている。移動に土魔法を使えないわけではないが――彼はその必要を感じていなかった。
ぬるい。
魔王と戦う勇者を決める場だというのに、レオンは参加者たちからまるで覇気を感じていなかった。おそらくは魔王が倒されてのち100年続いた平和が彼らを弱くしてしまったのだろう、身体能力、魔力、オーラ、いずれもレオンが危機感を覚えるような相手はいなかった。
「ま、それだけ世界が平和だったってことなんだが……」
別に人々の戦闘能力が衰えているのは悪いことではないが――やはりレオンがこの時代に転生したのは天命だったのかもしれないと確信する。彼が持つ力は100年前、血で血を洗う地獄の世で戦う力なのだから。
だがひとつだけレオンが危惧していることがある。それはこの街全体から感じた気配。もしもその気配の持ち主が勇者選抜に参加している場合、レオンでは勝てない可能性が高い。もっともその場合は協力して――
「ま、考えるのは後だ。俺は俺のやり方でやろう」
ゲスワームの力じゃなくレオンの力――理性とひとつの魔法で。
レオンは一旦足を止めて地面に手をかざした。その横を他の参加者がさらに追い抜いていくが意に介さず、しばらくそのまま佇む。
やがてレオンはうんと頷く。
「よし」
彼は方向を少し変えると駆け出した。
レオンを追い抜いていった者たちはその後、切り立った崖や大きな湖、魔物の巣などに行く手を阻まれていた。
他の参加者も狂暴化した魔物と様々な山の難所に遭遇して足止めをくらう。
多くの参加者が功を焦り地図すら準備せずに山に踏み込んでいたために、彼らの山越えは相当過酷なものになっていた。
だがただ1人レオンだけはそういった地形や魔物の気配を器用に避けて進むことができていた。
彼が使ったのは土壌分析魔法――農業用の下級魔法だ。少し学べば誰でも簡単に使える。
だがそのたいしたことない魔法は土の四天王の力と融合し、地面を情報の宝庫と変える魔法になっていた。
土の振動や魔力を察知できる土魔法に、土の成分や地中の要素を分析できる農業魔法。
レオンはもてる武器をフルに活かし山を突き進む。
やがて彼は『そこ』へと辿り着いた。
僅かな疑問と疑惑を抱きながら――
勇者選抜の試験が行われている頃。
「う……ぐ……」
王城の一室にて、ロルス王国が国王ロルス12世は病に臥せっていた。
「王、どこか痛みますか」
「すぐにお薬をお持ちいたします」
付き従う家臣たちが王の汗をぬぐいつつ心配そうに声をかける。髭をたくわえた国王は青白い顔色で微笑んだ。
「心配するな、じきに治まる……勇者がまず我を救ってくれるはずだ、それまで耐えるのみ……」
瘴気に侵された国王は苦しみつつも家臣を心配させまいと気丈に振る舞う。その王の心遣いを理解しているばかりに家臣たちも辛かった。
とその時、部屋の戸が静かに開き、セイラベルザ姫が姿を現す。姫は王の寝台まで近づき、そっとその顔を覗きこんだ。
「お父様、具合はいかが?」
淑やかに微笑みかける姫を見た瞬間。
王は怒号を上げた。
「私を父などと呼ぶな、この魔性がッ! 皆、早くこいつを外に出せ!」
「し、しかし国王様、姫様もあなたの身を……」
「こいつは姫などではない! 悪鬼だ、魔物だ! ぐっ」
病の身で声を張り上げたばかりに王はせき込んで呻き、慌てて家臣たちが王を支える。
その様子をセイラベルザ姫は微笑んだまま見ていた。どこか邪悪な笑みで。
「無理しない方がいいわよお父様、あなたにはこの国を支えてもらわないと困るんだから。安心して勇者の訪れをお待ちなさいな」
広場にいた時とは打って変わった砕けた口調で姫は語るが、それが彼女の本性だった。
「そ、そうだ、勇者が……勇者の剣に選ばれし者が現れればそれまでだ。貴様など……!」
王は苦しみつつも姫への呪詛を浴びせ掛けたが、ついに耐え切れずに気を失った。そんな王と狼狽する家臣たちを一瞥した後、セイラベルザ姫は窓のそばに立ちそこから見える封印の山に視線を送る。
「勇者、ね……はたしてそれは私にとって敵なのかしら。それとも……?」
ふふ、と含みある笑い声をこぼし、彼女はそこに在った。
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