第四話 勇者の誕生
封印の山の山頂。
勇者の剣の目前で、レオンは水の四天王――セーレライラと再会した。
「私たちの魔力は特殊な魔王様の魔力。だから私たち四天王は、互いの位置や状況をある程度察知できるのよ。もっともその感度には個人差があって、私はかなり正確に探知できるけどあんたはそうでもなかったみたいね」
レオンを小馬鹿にしながら語るセーレライラは清楚なお姫様とは真逆のどこか品のない態度だった。実はレオン、四天王時代からこの女は苦手だった。
セーレライラはいわゆる人魚型の魔物だった。もっとも顔は醜くただれ髪は腐りとても見れたものではなかったが、彼女自身は醜いものが大嫌いで、知性・品性に欠け醜く汚いゲスワームなどはまさしく毛嫌いしていたのだ。
「お前は相変わらずだな生魚。仲良くはできそうにない」
「こちらこそゲス虫さん。同じく願い下げよ」
2人は互いに毒づきあうが、これでも四天王時代よりはマシな関係なのだ。かつては魔王への忠誠心がなければ会うだけで殺し合ってもおかしくないほどだった。もっともそれは理性のないゲスワームと、憎悪に満ちたセーレライラだからというのもあったのだが――
「俺もお前の気配は感じてたさ。だがまさかロルス王国の姫君が四天王とはな……」
「あら、これでも私元々はちゃんとした血の魔族だったのよ? あんたと違ってね」
「いちいち毒を吐くなよ……相変わらずだな」
清楚な姫の仮面を脱ぎ捨てあくどい四天王の顔を覗かせるセーレライラ。性悪であれど敵意はないようだが……レオンは彼女に疑問をぶつけなければならなかった。
「セーレライラ。お前、なんで魔王に敵対した?」
その質問にセーレライラの笑みが消えた。レオンは続ける。
「四天王の中でも随一、人間への憎悪を燃やし、魔王への忠誠を誓っていたお前が……人間の味方をするなんて、俺にはにわかに信じがたい。いったいどんな変心だ?」
『幽水』のセーレライラは四天王の中で、火の四天王と並んで知性に長けた存在だった。だがその分単に狂暴なだけのゲスワームよりはるかに感情として人間への憎悪は深く強い。そんな彼女が今ゲスワームを魔王の手先から救い出した――
セーレライラは少しの間沈黙する。その心の中ではいったいどんな感情が渦巻いているのか、想像すらレオンには難しかった。四天王としての憎悪も本物なら、女王として見せた父と国を想う姿も、レオンには演技とは思えなかったからだった。
やがて彼女は口を開いた。
「私ね……復讐のために、四天王になったのよ。ある人間に、大事な人たちを殺されてね。復讐のための力を与えてくれた魔王様は尊敬してたし、復讐を考えて生きてると人間全てが憎くなっていたわ……あんたは知らないでしょうけど、私の復讐の相手は当時の勇者一行の1人だったのよ?」
憂いの姫君は再び小馬鹿にしたような微笑を浮かべるが、それは先程のものと比べるとはるかに悲しいものだとわかった。
「結果として復讐には成功したわ。因縁の相手を私は殺した……でもそれを終えて気付いたの、復讐なんてくだらないって。復讐したことに後悔はないわ、でもそこに至るまでに、私はあまりにも多くの人間を殺したし、余計な憎悪をふくらませすぎた。復讐を終えたら急に自分が愚かに思えて……すぐに勇者たちによって『復讐させた』わ。彼らの目には、ほとんど自殺に見えたのかもね」
くす、とセーレライラは笑った。抑えきれない悲しみをごまかすためだったのは間違いなかった。
「そうして私は転生した。この国の王女として、四天王の記憶なく育った16年間……言っておくけどね、セイラベルザ姫の立場も演技ってわけじゃあないのよ。体面上ある程度芝居がかってはいるけど、私が王女としての責任を感じているのは本当。だからこそね……100年前、ロルス王国全土に、魔王と四天王たちに……失われた命、物、人に地に残る癒えない傷跡。それを見る度にすごく心が辛かったし、罪悪感があったわ。なんでこんなに辛いのか疑問だったけど、『魔王の産声』が世界を覆って、ようやく理解したわ」
セーレライラの笑みが自嘲気味に歪む。だがそれでいて、瞳には決意が満ちていた。
「私が転生し受け継いだのは力と記憶だけじゃあない。『罪』もまたそう……けして消えない膨大な罪がね。私は瘴気に侵された父親を治療するときに正体を明かしたのだけど、父は私を許さなかったわ。きっと私が四天王と知れば国民たちも私を許さないでしょう……それほどに私の罪は重い。私はこのまま、この国の王女としてのうのうと暮らすことはできない」
笑みが消える。唇が硬く結ばれ、レオンはその背後に四天王の幻を見た。
「私がなすべきことは贖罪。復活した魔王を倒し、私自らの手で国民への安寧をもたらすこと。それで許されるとは思っていないわ、でも何もしないままではいられない……! かつて四天王だった者として、今のロルス王国王女として、私は自分のなすべきことをしたい、この身を投げ打ってでも!」
真摯に訴えるセーレライラ――いや、セイラベルザ。レオンはその胸中を理解した。経緯は違えど彼女もまた、四天王としての力を世界の為に使う覚悟なのだ。
レオンは彼女が味方であったことに改めて安堵し、手を差し伸べた。
「俺も……理由があって、目的はお前と同じだ。かつての仲間同士、立場を変えてたが、協力しよう。セーレライラ」
「ええもちろんよ。あんたが勇者になるなら同行してあげるわ」
2人は固く握手を交わした。100年の時を越え、かつて邪悪の限りを尽くした2体の魔物は、善なる心で誓い合ったのだった。
「まっ、あんたがどこまで役に立つかはわかんないけどね。所詮は最弱の四天王だし?」
――もっとも仲良くできそうにないのは変わらないようだったが。
「さて……それじゃあそろそろ、こいつをやらないとな」
セーレライラの思惑を確認した後、レオンはいよいよここに来た目的を果たすことにした。視線を送った先にあるのは、きれいに加工された頑丈な石の台座に突き刺さる形で封印された――勇者の剣。
石の台座に刺さった勇者の剣。見た目はさほど特徴はなく、鳥にも似た装飾と鋼の身が光る、切れ味がよさそうという程度の普通の剣だ。だがその実刀身には『勇者の力』と呼ばれる特別な魔法が宿っており、それは100年前に魔王を下し、そして今なお輝きを保つ魔剣でもある。実はレオン自身もこの剣により命を絶たれたのだ。
「勇者選抜は俺が一番ってことでいいんだよな?」
「ええ、もちろんよ。きっとあんたが一番になると思ってたわ。でも、だからといってあんたが勇者になれるとは限らないわよ」
セーレライラの言葉にレオンは驚きと疑問を呈した。勇者選抜は封印の剣への到達が条件、剣を手に入れさえすれば勇者になれるのではないのか。するとセーレライラは、それが難しいのよ、と語った。
「やってみればわかるわ。剣を引き抜いてみなさい」
セーレライラに促され、ひとまずレオンはその封印へと歩み寄った。瘴気に包まれているが剣からは磁場のような特殊な力を感じ、それがただの剣でないとわかる。石の台座に立ち、ついに勇者になれるという興奮を伴って、レオンは剣を握りしめ、力の限り引いた。
だが、抜けなかった。
「ん? ぐっ……このっ!」
両手でつかみ、渾身の力を込めて剣を引くレオン。だが剣はまるで地面と一体化しているかのように硬くレオンを拒み、まったく抜ける気配がしなかった。
やっぱりね、とセーレライラがこぼす。
「勇者の剣は誰にでも抜けるわけじゃあないの。選ばれし者……勇者の資質を持つ者にしか抜けないのよ。だからこその封印だし、100年間そのままに保たれてきたの。もちろんどんな魔法を使っても無理矢理引き抜くのは不可能だし、外道な方法で手に入れてもただの剣としてしか使えないわ」
「……こいつ……」
石の台座に突き刺さったまま微動だにしない勇者の剣を見下ろし、レオンはそれに触れる手からあるものを感じ取っていた。
「選んでるんだ、こいつが。この剣の意思で勇者を、持ち手を選んでいる……」
「そうらしいわね、100年前も、勇者が剣自体と対話しているみたいなことがあったもの。たぶん私たちが元四天王ってこともこの剣は感じ取ってるんじゃないかしら」
「ああ、それで間違いない。こいつは明らかに俺を拒絶しているんだ」
剣に振れたレオンの手には、レオンを嫌い跳ね除けるような感覚が絶えず伝わっている。それはまさに意思を持ったような魔力の波動で、レオンは剣に嫌われているということを実感せざるをえなかった。
だがレオンは拒絶の裏に、別の感情をも感じ取っていた。
「剣が、泣いている……」
僅かだったが悲哀の感情が剣から溢れている。その悲哀の理由にレオンはピンと来た。今一度剣を握り、今度は引き抜くのではなく、強い想いを込めて語り掛けた。
「なあ、剣よ。お前が俺らを嫌うのはよくわかる、だが今はそうも言っていられない状況なんだ。魔王が復活し、世界に混乱が訪れつつある……それも100年前よりずっと奇妙に、邪悪にな。お前がこの瘴気を抑えきれなかったのがその例だ」
剣に対して声をかける、という奇妙な状態だったが、レオンは握った剣から放たれている意思が僅かに揺れたのを感じた。手ごたえを覚えたレオンは続ける。
「お前……俺らと同じ魔力を宿してるな。魔王との戦いで染みついたのかどうかしらないが、お前が封印されたのもそれが原因なんじゃあないのか? そして『魔王の産声』を受けてその影響が高まり、抑えきれなくなった瘴気が溢れだしたんだろ。違うか?」
剣の嫌な感情が一瞬弱まる。そうだ、と剣が頷いているように感じた。
「お前も知っているだろうが、この国の国王が今瘴気に侵されて苦しんでいる。そのためには誰かがこの瘴気を受け止めなきゃいけない……吹き出した分だけじゃあなく、お前が吸収してしまっている分もな。そしてそれは俺らだけにできるんだ」
四天王たるレオンやセーレライラならば瘴気を受け止めてもなんら問題はないが、普通の人間が瘴気を受ければそれだけで死に繋がる。それも勇者の剣が抑えようとして抑えきれなかった瘴気だ、その濃さも邪悪さも尋常ではない。
剣は応えなかったが、否定もしなかった。
「お前もまた、勇者の剣としての使命を抱いている……だから泣いているんだろ? 自分のせいで人を苦しめている、と。ならわかるだろう、今はえり好みしている場合じゃない。きれいごとだけじゃあ済まない時が来ているんだ」
レオンは改めて剣を握りしめた。
「いきなり竹馬の友になろうとは思っていない、利用し利用される関係でもいい……だから、俺に力を貸してくれ。それがこの国にとって、いや世界にとって、最良の選択になるかもしれないんだ」
剣が放つ魔力から拒絶の色が薄くなっていっている。レオンは決心し、ついに。
「俺は勇者になる……! さあ応えてくれ、勇者の剣よ!」
レオンは今一度、渾身の力と熱意、そして勇気をもって、剣を自らのもとへと引いた。すると。
ガコン、と音を立て、勇者の剣は石の台座から抜けた。
「ぬ……」
「抜けた! やったぁ!」
レオン、セーレライラの表情がほころぶ。だがその途端、結界の中に異変が起こった。
周囲をドーム状に覆っていた結界が震え、だんだんと縮み始める。漂っていたどす黒い瘴気が急激に渦を巻き、一点へと収束している。レオンが言った通り、剣が瘴気をレオンへとぶつけるつもりなのだ。
「いいぜ、来い! 全部受け止めてやる」
レオンは腕を広げて瘴気を待ち受ける。その瞬間、真っ黒な瘴気が次々にレオンの体に流れ込んでいった。
「ぐっ……うっ」
レオンは僅かに苦し気な呻きを漏らしたが、瘴気はどんどん彼の体に吸い込まれ、やがて周囲の黒い気配は完全に消え失せた。
それと同時に彼らを外から覆い隠していた結界が解け、結界の周りで二の足を踏んでいた他の参加者たちに中の様子が明かされる。そうして彼らが見たものは。
邪悪な瘴気を全て受け止めたレオン。その傍らに佇むロルス王国王女。そしてレオンの手には、勇者の剣がしかと握られていた。
「勇者だ……」
「勇者が、瘴気を消した」
「決まったんだ」
参加者たちがざわつき始める。そんな彼らをまとめるように、セーレライラが声を張り上げた。
「皆様! 剣は1人の勇者を選びました! 彼こそがその勇と力により、我がロルス王国そして皆様に光をもたらすでしょう……ここに、勇者が誕生したのです!」
王女セイラベルザによる直々の宣言。一瞬の沈黙の後、参加者たちはわっと声を上げた。レオンも声に応じるように剣を掲げ、勇者であることを誇示する。
ついに、元四天王の勇者が誕生したのだった。
その日の内に、レオンは次の目的地に向け旅立った。
目的と存在を同じくする仲間と共に。
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