第二十三話 自嘲
「うっ……うおおおっ!」
暗黒に染まった少女の瞳から底知れぬ邪悪を感じ取ったレオンは強く地を踏み土魔法を行使した。するとカフェのオープンテラスの外縁が盛り上がり、石と土の壁となってテラスを全体を囲い、中にいるレオンと少女を2人だけにした。この魔力を野放しにしてはいけない、それだけは確信していた。
レオンは勇者の剣が震えているのを感じた。その震えは闘志の猛りではない、恐怖の震えだった。100年前に勇者と共に戦い四天王を含む幾多の邪悪を払ったその剣が怯えているのだ。
さらにその時、人形のように立っていた少女の体がはっきりとレオンを見て、力強く地を踏んだ。
『私は……死ぬわけには……いかない……!』
その声は小さく、また少女のものではない奇妙な響きが混ざっているように聞こえる。だがレオンがそれを気にする余裕はなかった。
少女が手をレオンに向けた瞬間、漆黒の魔力の波が彼へと襲い掛かった。つい先ほど、巨大なゴーレムを一瞬で消滅させた光景がレオンの脳裏に蘇る。
回避するか。右? 左? あるいは土を壁にし……いやあの量では呑み込まれる!
判断は一瞬だった。
「行くぞ、勇者の剣よッ!」
剣に魔力を注ぎ込み、勇者の剣がまばゆい光を放つ。襲い来る暗黒に、レオンは正面から立ち向かった。
剣が持つ二つの力、剣術の極み『勇者の剣』と不屈の象徴『勇者の心』。邪悪な魔力が放つ激しいプレッシャーが逆に功を奏し、『勇者の心』により強化された剣が邪悪な魔力を切り払っていく。壁を背にすることで莫大な魔力も正対するのはごく僅かになり、四天王の魔力と勇者の力を合一したレオンならば対処できる。
だがそれだけだ。レオンは壁を背にしたまま動くことができず、防戦を維持するだけが限界。しかもレオンが盾となっている背後以外の、魔力が当たっている壁はものの数秒で崩壊していた。敵の魔力は底が知れない、このままではいずれやられる。
必死の防御を続けつつ対処策がないかと思考を巡らせていた時、レオンの頭にひとつの作戦が飛び込んだ。それは意思を持つ剣、勇者の剣が彼に伝えたものだ。そしてそれはレオンを嫌うこの剣らしい大胆かつ苦肉の策だった。
「こいつめ……だが……信じるぞ、剣よ!」
レオンはタイミングを見計らい、右足で地を蹴り跳躍した。同時に蹴った地面を土魔法で操ることで跳躍力を数倍に跳ね上げ、一瞬の内に宙へ舞う。だがその一瞬だけでも防御が緩んだことにより、レオンの右足は邪悪な魔力に呑まれた。
「ぐあッ……!?」
右足を襲ったのは圧痛。ゴーレムを消滅させた時のイメージ通り、巨人に満身の力で足を握り潰されるような感覚だ。それだけじゃない、魔力を受けた右足を中心に奇妙な力場が生じ、レオンを体ごと捻じり潰そうとしていた。
すかさずレオンは勇者の剣を振るい、自らの右足を腿から斬り落とした。襲い来る激痛に耐え、切断面は緊急時のため携帯していた土で塞ぐ。右足はそのまま落下し、地に落ちるよりも早く原型を留めずに潰された。
魔力を撃ち続けていた少女の目線が上に動く。ここまで時間にして1秒、斜めに跳んだレオンは少女を土魔法の射程内に捉えた。
「行くぞ……『土葬』ッ!」
渾身の魔力を解き放ち、少女と周囲の地へとぶつけた。石畳が割れて少女を呑み込み始め、上からは崩壊した壁が襲う。
それだけではない。テラス全体の石畳がレオンの力により動き出し、一斉に少女を潰そうと向かっていた。これこそが勇者の剣が立てた作戦――足を捨ててその場を脱することで、窮地に陥れば陥るほど強くなる『勇者の心』を発動させて、強化された魔力による集中攻撃。
そして相手となる少女は魔力こそ膨大だが体は子供、質量は子供の体のままだ。土魔法による大質量攻撃こそがその弱点。
「潰れろォッ!」
レオンが止めの魔力を解き放つと、少女の体の数百倍はあろうかという土石が、一瞬で少女を覆い消した。
だがレオンはすぐにまた魔法を使い、近くの石畳のひとつを宙へと飛ばしそれに捕まる。そして少女を埋めた土石の山から離れたところに降り立ち、失った右足を土で仮に再生した。
土石を吹き飛ばし、魔力と共に少女が再び姿を見せたのはその直後だった。
「ダメか……やはり致命傷を与えても、即死でない限り再生する……」
起き上がった少女は全身から血を流していた。土で圧迫され、呼吸もかなり制限されていたことだろう。だがそれでも全身の傷は見る間に回復していき、また荒れていた呼吸も元に戻っていった。
その正体を探る前に殺すわけにはいかないと、レオンは手加減して攻撃をしていた。それでも幼い少女に対する攻撃としては容赦のない、よくて半殺し、悪ければ瀕死といったレベルの攻撃だ。だがそれではこの少女は止められない。
『死ねない……死にたく、ない……』
少女はうつろな瞳で呟いている。その全身の魔力は健在どころか一層勢いを増している、どうやらレオンの攻撃は下手に刺激するだけだったようだ。
もはや猶予はない。この少女を殺さなければレオンどころかこの大都市が消滅する恐れがある。レオンは覚悟を決めた。
「やっぱり世の中……きれいごとだけじゃあ、うまくいかないな」
レオンは自嘲気味に笑った。少女を救い、街も救う――そんなきれいごとが現実にならない理由が己の無力と傲慢であることは間違いない、それもまた「きれいごとだけではない」、そんな皮肉から来る嘲りだった。
少女を殺すのは危険もあるが可能だ、ここには石も土も無限にある。レオンの能力を使えばたとえ首だけになろうとすぐには死なない。そして死に近づけば近づくほど『勇者の心』は彼を強くする――足一本でも十分な強化だった、瀕死まで己を追い込めばその威力は計り知れない。『土葬』はゲスワームの代名詞だが切り札ではない、切り札も、そして奥の手もまだ残っている。
それに少女の魔力は膨大だが、レオンはそれ以上の魔力を知っている。それはかつて自分が仕えた絶対の王――それに比べれば、目の前の女児を殺すくらいわけはない話だ。もっとも救うことはできないが。
『死ねない……死ねない……僕は……!』
そろそろ猶予はない。少女が高めた魔力をコントロールし始めている、すぐに攻撃が来る。レオンは勇者の剣を自らへと向けた。
その時だった。
「そこまでよ」
突然、聞き覚えのない声が耳に飛び込む。それはレオンと少女のちょうど間、何もないはずの空間からだ。すると転移魔法の光が辺りを満たし、その女は100年ぶりに彼の前へと現れた。
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