第二十五話 プリンアラモード

 100年前。

 魔王討伐の旅を続ける一行の中に、勇者のあとをとてとてと付いて回る少女がいた。

 エルフ族の少女はその時わずか8歳。喪った妹の復讐のため旅に同行していた。

 天才児と称された彼女は幼いながらも魔術に長け、空間を操る魔法は勇者の戦いに少なくない寄与をおよぼした。

 当然、ゲスワームをはじめとする四天王たちにとっては、その少女もまた倒すべき敵の1人だった――




 それが今、カフェの同じテーブルでプリンアラモードを食べている。

 エルフの魔法使いラピス・ロゼは100年前の勇者パーティ中、現在でも唯一生存している。108歳になった今、その容姿は幼い頃の面影をそのままにしっかりと成長していた。

 謎の少女の暴走を収めた後、レオンの力でカフェなどの壊れた街を修理し、改めて話し合いの場を持つべくそのカフェの一画を借りて四天王と魔法使い、ラピスは席を共にしていた。

「あなたたちのことはロルス王から聞いたのよ。姫が四天王だった、ってね」

 エルフの魔法使い、ラピスは好物のプリンを口に運びながら上機嫌で言った。ひとまず敵意はなさそうだ。かつて命を奪い合った者同士の奇妙な茶会は彼女の笑顔と、まったく空気を読まずにパスタを貪るかおるにより緊迫感はなかった。

「それから少しあなた達の足跡を追ったの。エルフの森、火の村、そしてここマルクス・ポート。それぞれの場所で話を聞いたのだけれど、私の予想とはだいぶイメージが違ってたわね。勇者の剣を持ってるのがゲスワーム、姫様がセーレライラ。元気っ子がウッデストで、おチビちゃんがダグニールね」

「ああ……その折は、迷惑をかけた、というのも変だが……」

「そう固くならなくてもいいのよ。今のあなたたちと戦う気はないわ」

 ラピスはプリンアラモードをあっさり平らげると店員に追加を注文していた。それにならうように顔をパスタソースまみれにしたかおるも追加を頼む。人の心を読むことができるかおるがこうも警戒していない辺り、ラピスに敵意がないというのは本当なのだろう。

「私の方も恨みはないわ。一度殺した相手まで恨み続けてたら終わりがないものね。100年前にあなたたちは死をもって償ったし、あなたたちにも事情があったのでしょうから……ね?」

 ラピスは意味ありげに笑い、レオンにウインクした。レオンは思わず目を逸らし、消え入るような返事を返す。何を隠そうラピスが幼い身で旅に出ることになった理由である妹を殺したのは、ゲスワームなのだ。レオン自身には誕生直後の自我が曖昧だった時期なのでほぼ記憶はないが――少なくとも100年前、ラピスはゲスワームを憎悪した。

 ラピスは彼をからかうつもりだったらしく、レオンの反応に満足げに笑っていた。

「エーラちゃんがあなたたちを認めてるのなら私から言うことは何もないわ。もっとも完璧に認められているわけでもなさそうだけど」

「エーラ?」

「あら、知らなかった? あなたが背に背負ってる子のことよ」

 ラピスが指し示したのはレオンが負う勇者の剣だった。剣に意思があることは知っていたが、名前もあるとは知らなかった。だが考えてみればこの剣もまた100年前の戦いの一員、ラピスにとっては旧友ともいえる存在だ。剣は特に何も語らなかったが、ラピスは懐かしそうな視線を剣に送っていた。

「まさかこんなに早く次の仕事をすることになるとは彼女も思っていなかったでしょうね。それも自分が斬った敵に使われることになるとは、ね……あ、ありがとう」

 注文したプリンアラモードが来て、ラピスはまた食べ始める。彼女が100年前から甘いもの好きだったかは、単なる敵であったレオンたちにはあずかり知らぬことだ。

「懐かしいわ、あの旅路。大変だったけど楽しかった……辛いこと、悲しいこともたくさんあったけど、それでも、あの人がいたから……」

 プリンを食べながらラピスは遠い目をして過去を振り返る。レオンたちもまた少し過去を偲んだ。もっとも彼らの場合は後悔や苦痛の方が多いのだが――

 しばしかおるがパスタを食べる音だけが聞こえる。だがそんな中、ラピスはいきなり切り出した。

「あなたたちは魔王の復活について何も知らないの?」

 その問いが重要な意味を持っていることをレオンたちは無論察していた。かおるを除いて。

 返答はレオンがした。

「ああ……何も、知らない。俺らが蘇った理由も、魔王の現在も……そうだ、奇妙なことがあるんだ。俺ら以外の魔王軍に属す魔物が何体か蘇ってるのだが、その中にダグニール……その肉体だけが勝手に動いている奴がいたんだ。精神はここにいるファイに転生したことは間違いない、だがまるで肉体だけが別個に生まれ変わったような奴がいる。あんたは何も知らないのか。それに、この子についても……」

 レオンは今膝の上ですやすや眠っている少女に目を落とし逆に尋ねた。かつての勇者と魔王の戦いに参加し、それからの100年間を生きてきたラピス。彼女こそが四天王の周りに渦巻く数多の謎の鍵を握っているのではないか。

 尋ねたが、ラピスは無言のままプリンアラモードを食べ続ける。食べながら、頭の中で何かを巡らせているらしかった。レオンたちはしばしその沈黙を見守る。

 やがてスプーンを置くと、顔を上げた。

「知らない……と言えば嘘になるわ。でも全てを知っているわけではない。それに、私が語っても信じられないかもしれない」

 その曖昧な言い方が、逆に真実への到達を予感させる。だがラピスは全てを話す気はなさそうだった。

「あなたたちが旅を進め、魔界に至り……その終着点まで行く頃にはわかるでしょう。きっと進む道は変わらないし、過程と結果の積み重ねの順序を変えられないこともある。でも、いくつか種は撒いておきましょう……その方がきっと受け入れやすいでしょうから」

 意味深な言葉を連ね、ラピスは微笑む。敵意はないが、どこか邪悪ですらある意思が根底にうねっているようにも見えた。

「あなたたち、魔王のことを覚えてる? 魔王デストのことを。その姿、声、力……意思。魔王と呼ばれる存在がどういうものなのか。今一度記憶に尋ねてみなさい。そしてもうひとつ、100年前の私たちの旅は勇者、私、戦士、僧侶ちゃんの4人だったけれど……なぜ4人だったのかしら。魔王を討つのならばもっと数を揃えた方がいいのにね」

 生徒に課題を与える教師のように、ラピスは訳知り顔で嘯いた。そしていつの間にか食べ終えていたプリンアラモードの器にスプーンを置いた。

「そろそろ行くわ。私も私でやることがあるの」

「やること?」

「ええ。悪いけどあなたたちの旅に同行したりはできないの。今回は非常事態にたまたま居合わせたから手を貸しただけ、今後の協力はあまり期待しないで。その子のこと、任せていいわね?」

「ああ……だがラピス、この少女についても話してはくれないのか」

「残念だけど、その子については私もわからないの。あの魔力の暴走、正常でないことは確かなのだけれど、100年前のことに関係があるのかもわからないし……それも含めて任せるわ」

「そうか……わかった」

 レオンは膝の上で呑気に眠る少女を改めて見た。この少女の正体が何なのか、実はレオンにはある予想があったのだが、ここで口にすることはしなかった。確かなのは、レオンたちがこの少女を守り、またはこの少女から他の何かを守らなくてはならないということだ。

「それじゃ、いずれまた会いましょう。ここのお勘定お願いね」

「え?」

「慰謝料よ慰謝料、それくらいは気を遣ってくれてもいいでしょ? じゃね」

 ラピスは悪戯っぽく笑って手を振ると、次の瞬間には消えていた。空間を操る魔法の力だ。やられたな、とレオンは苦笑し、ひとまず必要な情報として二杯のプリンアラモードの値段を確かめるのだった。

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