第十九話 女
大陸の西、魔界にあるとある山。
かつての噴火の跡にできた洞窟に、ひとつの影が飛来した。
『クソッ……』
消耗した体を引きずるようにしながら、淫魔イモルが帰還する。翼を小さく収め、毛皮を持つ魔物の死体を雑多に積み上げたものに腰を下ろす。ゲスワームとの戦闘で使用した黄色の槍は彼女の魔力を際限なく攻撃に変換する魔法、疲労は激しかった。
その眼前に魔力が渦巻く。イモルは特に気にすることなく、次の瞬間には転移魔法を用いて1人の女が姿を現していた。
「お疲れのようね。あなたが逃走を選ぶなんて、心中お察しするわ」
『ならば今すぐ俺の前から消えろ。貴様とはただでさえ話したくない』
「あら怖い。それじゃ手短に」
女はイモルを手玉にとるように微笑む。その目は笑っていなかった。
「確認するけど、任務は果たしたのよね?」
『ああ。俺とて惨敗したわけではない、連中は俺の襲撃が本目的と疑わなかった。1人、ダグニールの転生体だけは喰えない顔をしていたが……』
「やっぱりあれには要警戒ね、どこまで知っているのやら……うん、たしかに本当の目的は成功してるわ」
女は手の平を宙にかざして魔力を探る。探っていたのはイモルが戦っていた位置――そこにある魔力の気配を女は感じ取っていた。
「途中で敗走したのもある意味正解だったかもね、再襲撃の機を伺っていることにすれば、転移魔法を使わなかったのも怪しまれにくいし……」
『おい、訂正しろ。敗走じゃあない、俺はまだ負けてない』
「あら失礼。でも契約は失敗だったわね……これじゃああなたが他の四天王を襲えないだけ。せめて相手にも同じく、あなた以外と戦えない制約をかければよかったのに」
『俺だけしかいない状況で、俺以外と戦わない契約を持ちかけるのか? すぐにダグニールに看破されるぞ』
「それもそうね……状況的に仕方がないか。今は主目的の達成を喜びましょう」
意味ありげに言葉を連ねる女、その目が、口が、声が、イモルは嫌いだった。この女は自分たちを利用している、自分たちの敵だ。そうわかっていても抗えない――そんな自分のふがいなさにも腹が立つ。もっともそうでなくとも、いつも自分たちよりも頭がいい、先のことを考えてると言いたげな立ち居振る舞いに虫唾が走るのだ。
「ゲスワームと戦ったそうね。どう、感想は」
『……強い。やはり四天王、侮れん。今はさらに勇者として力を増しているようだ。このままの俺では悔しいが勝てん……貴様こそどうなんだ、貴様の力ならば奴ら4人相手とっても戦えるのだろう?』
「どうかしら。私でも4人同時は難しいし……たとえ一騎打ちでも、楽勝はできないでしょうね」
『だがシー・ソー・ゲイズの奴はセーレライラを追い詰めたのだろう?』
「あれは環境と相性が完璧で、その上でやっと互角だったってことよ。あの子はダグニールもまとめて相手するみたいだったけど結果として一蹴されてるしね。魔王の力を受け継ぐ四天王、やはり正面から戦って勝てる相手ではないわ」
イモルはこの女の事を嫌ってはいるが、その実力は認めている。その女ですら四天王の相手は難しいという――高次の戦いの世界に胸が躍ると共に、戦慄した。
「……でも、その後ろは掴んだ。人間になったのならば相応の弱点もある……障害は必ず取り除いてみせる」
女から笑みが消える。その殺意が自分に向けられていないことはイモルにとって幸運だ――そう思ってしまうほど女の邪悪は深い。
「イモル。奴らが東にいる間はあなたに任せるわ。ただし、必ず殺しなさい」
『貴様に言われるまでもない……だが俺は、あの勇者に集中させてもらうぞ』
「それでもいいわ。それじゃ、また会いましょう」
イモルの返事を待たずに女は転移魔法を使い、その場から消えた。転移魔法をこうもたやすく操れる人間がいるということをイモルは改めて見せつけられる。
強くならねば――本懐のために。
イモルは胸に強く、決意を抱いていた。
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