第三十一話 最悪の真実
馬車を飛ばし、俺たちは軍事都市ジオルクへとやって来た。
ジオルクは盆地にある中型の都市。マルクス・ポートと同じく魔物の侵入を阻むために周囲を塀で囲っているが、ことこのジオルクの防壁は鋼鉄製で頑丈、高さも大人数人分以上もある。軍事都市の名にふさわしい厳重さだ。
「ここがジオルクか……」
「相変わらずね、ここは。100年前ならともかく今ここまで厳重にする必要はないと思うんだけど」
「セイラは知っているのか?」
「そりゃね。このジオルクで訓練された兵士がロルス王国の軍隊だもの、たびたび視察に訪れていたわ。でないと軍隊ってやりすぎがちだからねえ」
マルクス・ポートでもそうだったが、今回もセイラの王女の身分が役に立ちそうだ。
俺らが馬車を止めたのは軍事都市の正門だ。厚い鋼鉄の扉はぴたりと閉ざされており、中から開けてもらう以外に入る方法なさそうだ。
「じゃ、セイラ頼む」
「しょうがないわねえ。ま、私に感謝することね」
「お願いしますっ!」
「やれやれ」
いつものように恩着せがましくしたり顔をしてから、セイラは門へと歩み寄った。レオンたちからは確認できないが門があり見張りがいない以上向こうから覗ける仕組みがあるのだろう、セイラに気付けば門は開くはずだ。
案の定動きがあった。門の上部、分厚い外壁の上に人影が見える。それは厳重に鎧を着た兵士のようだ。兜で顔は見えないが兜の上に羽飾りをつけており、相応の地位にあることがわかる。
兵士はセイラを見下ろすと、なぜか剣を高く掲げた。
その瞬間。
「全隊ーッ! 構え!」
外壁の上からぞろぞろと兵士が現れ、一斉に矢をレオンたちに向けて番えた。
「討てーッ!」
セイラをも狙いに含め、無数の弓矢は一斉に打ち放たれた。
だが当然それでやられる四天王ではない。
「『土壁』!」
「風よ!」
レオンが土で壁を作り矢を防ぎ、かおるが風で弓矢の軌道を逸らす。全ての矢は防がれて地に落ちた。
だが攻撃の理由を問う暇もなく、兵士たちは次の弓矢を番えている。
「かおる、弓矢は任せるぞ!」
「はい!」
レオンがかおるの後ろに下がり、両手を地につける。打ち放たれた矢は全てかおるの風に絡めとられた。その隙にレオンは大地を探っていく。狙いはあの外壁だ。
「……だいぶ深いな。だが地に立つ限り、俺の支配下だ……!」
レオンは土魔法を打ち放った。四天王随一の力を持つその魔法は大地を駆け巡り、地下深くの外壁の基盤ごと大地を動かす。
すると、鋼鉄製の壁もぐらぐらと揺れ始め、足場を狙われた兵士たちの隊が乱れ始めた。その隙に体を水に変じたセイラは壁の上にまで駆け上がる。
「『水鏡』」
セイラが魔法を使うと、水による幻影が兵士たちの隊に混じった。幻影は兵士を攻撃するような仕草を見せて攪乱し、ただでさえ足元が不安定だった兵士たちは見る間に崩れていく。
「くッ……ならば、貴様だけでもッ!」
隊長と思しき初めの兵士は外壁を飛び降りると剣を振り上げ、唯一無防備だったファイへと飛び掛かった。その狙いは正しい、ファイの魔法は直接的な攻撃力は持たず、特攻にもっとも弱い。
だが誤算はレオンが間に合ったことだ。レオンはファイをかばって前に出ると、勇者の剣で敵を受け止めた。
落下の速度を加えた壮絶な剣。だがレオンは自らが踏む地に魔法をかけることで踏み込みの力を倍増させて耐える。そして勇者の剣が与える剣術により、難なく受け流した。
「クソッ……! 偽勇者め!」
体勢を整えつつ苦々しげにこぼした。そして再びレオンへと切りかかろうとしたが、その時すでに、レオンの術中に落ちていた。
「なッ……!?」
「俺の前で不用意に着地すればそうなる」
兵士の足は地中に絡めとられている。レオンの土魔法だ。人が地を駆けて戦う限り、その地を操るレオンは対人戦で圧倒的な有利を誇る。
「クソッ! これしきでッ!」
兵士は手にした剣で地を掘ろうとしたが、地に意識を向けた途端、その背後の土が盛り上がり殴りつけた。
「がはっ……」
兜の奥まで響く質量攻撃、兵士は苦しみ呻く。衝撃で兜も吹き飛んだ。
すかさず土は細かく兵士を絡めとり、あおむけの状態で四肢を地に縛り付ける。レオンが上を見ると、セイラにより弓兵たちの制圧も完了していた。
「くっ……! 殺さば殺せ! だが必ずやジオルクの兵たちは貴様らを討つぞ!」
拘束された隊長は大声でわめいた。その声と素顔で、レオンは彼女が女性であることを知った。ブロンドの、隊長としてはかなり若い美人だ。
ひとまず兵は蹴散らしたのでセイラも戻ってくる。レオンたちがしなければならないことは、この隊長から話を聞くことだった。
「おいお前。俺たちのことを知っているのか? どこまでだ?」
傍らに立ち剣を向けて問う。女性兵士は答えた。
「知っているとも、勇者を騙る悪鬼ども! 四天王の成れの果てだとな!」
四天王……そこまで知られる方法は限られている。ただの早とちりや誤解でレオンたちを襲ったわけではなさそうだ。
「俺らのことをどうやって知った? 誰から聞いた?」
「それは答えられん! 貴様らの益となることは答えない」
「賢明だな。じゃあ、どのように聞いた? 俺らがこれまで何をしてきたと聞いている?」
「何を……貴様らがもっともよくわかっているであろう!」
レオンはこれまでの旅路を少し振り返った。王都シウダッド、エルフの森、火の村、マルクス・ポート――それなりに騒ぎは起こしてきたが、人間から命を狙われるほど恨まれる覚えはないはずだ。
「いいから言え。俺らが知っているというならば別に益にもならんだろう?」
剣を突きつけて重ねて問う。女兵士はくっと悔し気に呻いたあと、観念して語った。
そしてその言葉はレオンを含め、四天王全員を、戦慄させた。
「無論……貴様らの、虐殺だ。貴様らは王都、エルフの森、火山の集落、そしてマルクス・ポートを滅ぼし……その住民を、皆殺しにした……!」
レオン、ファイ、かおる、戻ってきていたセイラ。全員が硬直する。
それが単なる嘘だという判断は、この兵士がレオンたちが四天王であることを知っているゆえにできなかった。むしろ思い浮かぶのは最悪のシナリオ。
『一行が去った後、魔王軍がそれぞれの場所を襲撃し、四天王の名を騙りつつ、滅ぼした』。
「まさか……いや……!」
最悪の情景が脳裏によぎり、レオンはめまいを覚えた。もしもその仮説が事実ならば、滅ぼされたのは挙げられた場所だけではない。魔王軍の狙いが四天王ゆかりの地の殲滅ならば――レオンの故郷たる農村も、その対象だ。
そしてその時。
「すみません、皆さん……私は、みんなの様子を、確かめたいッ!」
かおるが震える声で呟く。瞬間、猛烈な風が彼女を包んだかと思うと、一瞬にして宙に浮きあがり、飛び去った。いてもたってもいられずにエルフの森へと飛んでいったのだろう、自らの体を吹き飛ばすほどの風を彼女が操るのは初めてだ。それほど、追い詰められたということなのだろう。
「悪いわね、私も行かせてもらう。もし、もしも王都が……お父様が、国民が、やられているのなら……!」
セイラも思いつめた様子で呟くと、その全身を水に変えて地中へと消えていった。地下水脈に乗り移動する気なのだろう。王女としての責任感も未だ持つ彼女にとって、皆殺しが事実だとすればそれより辛いことはない。
レオンもまたその場に留まることはできなかった。
「……確かめなくては」
地を割り、セイラ同様に地中へと潜る。土魔法を駆使して泳ぐ様に地を抜け、一直線に目的地へと向かっていった。
最後に残ったファイには、他の四天王のような奥の手的な移動手段は持ち合わせていなかった。
「まったく、あ奴らは……儂とて、身が壊れそうだというのに」
恨み言のように呟くと、女兵士の方へと歩み寄りちょこんと腰を下ろした。その頃にはレオンが遠ざかったことで女兵士の戒めは解けて起き上がる。その表情には困惑が広がっていた。
「娘よ。ちと、儂の話を聞いてはくれぬか。信じてくれるかはわからぬが、な……」
ファイは女兵士への説明を己の役割とした。そうせざるをえなかった。
責任感でもなんでもいい、今、ここにいることに理由を作らねば――狂ってしまいそうだったから。
そして『竜炎』を除く四天王はそれぞれの地で知る。
最悪の現実を。
全てが、真実であったことを。
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