Ep.5 Death & Taxes
Ep.5 Death & Taxes 1
夜も明け、雲もひき、空も黒から青へとその色を変じさせようとしていた。海面が現れた陽光を反射してきらきら輝き始める。
そんな海上を、ネメシス・ヴェインが高速で飛行している。
上空を飛翔しているにも関わらず、その速度が生み出す衝撃波が、海を二つに割って波を立てていた。
ネメシス・ヴェインの飛行速度は、三首龍という空気抵抗の大きい姿に変化したにも関わらず、黒焔の外套を纏ったネメシスのそれを大きく上回っている。
吹き飛んでいく風景が、最早レディには視認も覚束ない。
それだけ、機体の出力が上がっているということなのだろう。ネメシスとネメシス・ヴェインでは、比べるのも馬鹿馬鹿しい程に全てのスペックが異なってしまっている。
仮に真正面からの殴り合いをしたならば、ネメシスの方が三秒と保たないのではないだろうか――それほどまでに異常な強化だ。
もっとも、それ相応の代価も支払ってしまっている。
こうして飛翔しているだけでも、レディには分かってしまう。自分はもう、長くないと。勝っても負けても、次の戦いが最期になるだろうと。
ならばこそ、全てをやり遂げなければならない。
これが自分の最後の勝負。自分の人生の終わり――復讐の終わりになる。負けて、何も成し遂げずに終わるわけにはいかない。
……エルフリーデに指定された時間が近付いていた。
指定された場所は、島。悪魔からの情報によると、そこは住民などは存在しない、無人の孤島らしかった。
島の所有者は、I3。
で、あるならば、それがただの無人島と言うわけも無いだろう。相応の迎撃体制が用意してあると見るべきだ。
だが、それが何の意味がある。
どんな罠が待ち、どんな敵が居たとしても、レディに出来ることは正面から突っ込んで、全てを蹴散らす事だけだ。
そう考えて、レディは高速で飛翔する。
と――
「
悪魔の声が飛び、情報が直接レディにやって来る。
ネメシス・ヴェインに高速で向かってくる物体が複数。速度から見て、間違いなく孤島から発射された巡航ミサイルだ。
四方八方から、まるでネメシス・ヴェインを五指で掴んで握りつぶそうとでもいうかのような軌道で、巡航ミサイルはやって来る。
レディは思う。無駄だ。こんなもので、ネメシス・ヴェインは止められない――と。
飛翔速度を落とさないまま、ネメシス・ヴェインは両腕――それが変化した龍の頭部、その顎を大きく開く。
それは、主砲の砲門を開いたに等しい行為だ。
開いた口の中に、超高温のプラズマが集まり、空気を歪め蜃気楼が生まれる。その歪みを突き破るように、ネメシス・ヴェインは漆黒のプラズマを開放した。
プラズマジェットストリーム。
漆黒の光が一瞬で空中に二本のラインを描いた。片方は天へ/片方は海へ。
天へ伸びたプラズマは雲を突き破り、消滅させた。海へ突き刺さった方は、一瞬で触れた海水を気化させて、水蒸気爆発を起こさせた。水の柱が立ち昇る。
龍の首を、プラズマを吐き出させたまま、まるで指揮棒を持っているかのように振るう。それによって、漆黒のプラズマジェットストリームが空中を舞った。
それはまるで、ネメシス・ヴェインが長大な漆黒の剣を軽々と振るっているかのようですらあった。
空の軌道上では陽炎が揺らめき、海の軌道上では爆発が連鎖してプラズマのラインを追う。
プラズマの剣を振るい、寄ってくるミサイルをレディは薙ぎ払う。プラズマが直接触れずとも、その熱は大気を伝播してミサイルを炙り、爆発させた。
轟音/噴煙の華が咲く/連鎖する。
ネメシス・ヴェインの行く手が白煙で埋まった――その瞬間だった。
「……!?
悪魔の必死な叫び。
……ただ事ではない。
そう感じたレディは、機体を捻らせて上昇する。無理やりな軌道変更に、衝撃波がネメシス・ヴェインに襲い掛かってくる。
だが、襲い掛かってきたのは、超音速由来の衝撃波だけではなかった。
……白煙が丸く/細く貫かれる。
それを視認した時には、もう遅い。
――うっ……!
ネメシス・ヴェインは攻撃を受けていた。
左から生えていた筈の首が消えていた/宙を落下している。
なんで――とレディは思う。レディが視認したのは、光。ネメシス・ヴェインが吐き出すプラズマとは別種の、光のライン。
いや――あれは、矢だ、とレディは思う。白煙を貫いた光の矢が、ネメシス・ヴェインの左頭部を焼き落としたのだ。
「粒子ビームだ……」
悪魔が呟くように言う。そんな静けさも、最初だけだ。
「あれは荷電粒子を粒子加速器で加速させて放つ……荷電粒子砲だ。いくらネメシスでも、アレを食らってもノーダメージというわけにはいかない!
言われるまでもない。二の矢、三の矢が飛んでくるのは必然なのだから、無視する訳にはいかない。
直線的な動きから、意図的に軌道をずらし、時々進行ラインを変更させながら、ネメシス・ヴェインは飛翔する。
超高速かつ急制動を忌避しない事により、ネメシス・ヴェインによって空中に描かれる軌道は、まるで定規を使ってデタラメに直線を引いたかのようなものとなる。
直線的でありながら方向を変えるときは急角度かつ高速。三次元空間を蹴って跳ね回っているかのような動きだ。
敵が放つ荷電粒子砲の狙いは正確では有るが、ネメシス・ヴェインの動きに対応出来ていなかった。
直――角/左/右上――上/下――右――左――
飛翔しながら、焼き切られた左頭部を再生させる。
溶断された傷口の内側から、ごぼごぼと泡が立つ/その泡が龍の頭部を形作り/瞬時に冷え固まって元の姿を取り戻す。
こうして再生するのにも、情報質量は消費される。ネメシス・ヴェインは無敵だとしても、レディには限界があるのだ。
だが、もげた首をそのままにしておくわけにはいかない。これから戦闘に入るというのに、戦闘能力を下げたままにしておくわけにはいかない。
――光の矢が、ネメシス・ヴェインを舐めるように走った。
流石に、直撃はしない。
最初の一撃が直撃したのは、敵が巡航ミサイルを牽制にして、爆風と白煙を文字通りの目眩ましとしたからだ。
結果としてレディの回避が遅れて、左頭部を飛ばされることになった。
だが、こうして荷電粒子砲による光の矢だけを放たれるのであれば、ネメシス・ヴェインの速度ならそうそう当たるものではない。
「――もうすぐだ! 耐えてくれ
悪魔に言われずとも、分かっている。もう孤島が、いや、それをも越えて、孤島に立つものの姿も見えている。
それは森林の中に立つ、白いギアドール。
白銀の重装鎧を纏っているかのようにマッシブなシルエットをしたその機体は、巨大な銃砲――いや、縦に大きくウィングともブレードとも取れるパーツを展開した姿は、まるで大弓のようだ――をこちらに向けていた。
悪魔の言う通りならば、あれが粒子加速器を備えた武器――荷電粒子砲なのだろう。
その頭部は、当然髑髏面。
そう、あれこそが、レディにとっての最後の標的。I3スペシャルセクションのギアドール。
その姿を間違いなく確認した瞬間、レディの思考は全て吹き飛んだ。
これで、最後だ。これで最後になってしまうのだ。
名残惜しいような、解放されるかのような。形容しがたい思い。その勢いのままに、ネメシス・ヴェインの暴力性を解き放つ。
ネメシス・ヴェインの中央頭部が開口し、咆吼する。
突撃――
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