Ep.1-R Back To Basics

Ep.1-R Back To Basics 1


 焔が、海原のように広がっている。

 地獄のような光景の中、漆黒の三つ首龍――ネメシス・ヴェインは、四肢を失って倒れ込んだディアボルージュを踏み潰していた。

 ディアボルージュからきていたありとあらゆる信号は途絶し、音声通信もやってこない。いや――やってくることはもう無い。

 あの女……エルフリーデは死んだのだ、とレディは認識する。あの女は、自分が、踏み砕いて殺した。

 だが――

 ――本当に?

 そんな事を思ってしまうほどに、感慨が薄かった。

 エルフリーデが言ったこと。その内容を考えて、思考が空白になっていた。そして、その至高の空白に任せて、レディはエルフリーデを踏み潰していた。

 父の目的は悪魔を生み出す事だった?

 危険な悪魔を生み出すことを止めるために、彼等は襲ってきた?

 そして自分は、悪魔を生み出す為の生贄だった?

 なんなのだろう、それは、どういう事なのだろう。

 自分のしている事は、何の意味があるのだろうか。何の復讐で、誰の復讐だというのだろう。この悪夢のような機体に身を包んだ自分は、ただの道化に過ぎないのか。

お嬢さんレディお嬢さんレディ……」

 呆けたようになっているレディに向かって、か細い声で、悪魔が言う。

 その言葉が、少女の空白に染み込んでいく。

 ねぇ、悪魔さん。あの女の言ったことは、本当なの? そう、レディは問わざるを得なかった。

「……ほぼ、事実だよお嬢さんレディ

 そうなんだ――と、レディは何処か他人事のように考える。

 悪魔が自分に向かって言うことなのだから、きっと嘘ではないのだろう。彼が自分に向かって、嘘を吐いたり、自分のことを騙したりはしない。

 だが、その言葉が、理由はわからないが、酷く距離を置いて感じられるのだ。

 もっと、怒ったり、絶望したりするべきなのかもしれない。だというのに、なんだか全てが空々しい。

 窓ガラス越しに豪雨を眺めているかのような感覚だ。寒々しく冷たい光景を見てはいるけれど、当然のことながら、それによって体温を奪われることはない。

 どうして、とレディは思い、いや、答えをもう、知っているのではないか、と考え直す。

 戦闘の度に変質しながらも人型を保っていた、隻腕の悪魔/ネメシス。

 それを、漆黒の三つ首龍/ネメシス・ヴェインへと作り変え、レディは狂った戦闘力を発揮させた。

 ネメシスが、そしてネメシス・ヴェインが、レディの存在を燃やして駆動しているのならば、その圧倒的な戦闘力の発揮は、レディそのものを著しく擦り減らしている筈だ。

 それは、レディの心や感性と言うべきものもまた、擦り減らしているのかもしれない。

 そうなってしまった場合――記憶に続けて、心や感性を擦り減らしてしまった場合、その前後で、レディは同じ人間であると言えるのだろうか。

 今焔の中で敵を踏み潰した自分は、焔の中で絶望していた少女と同じ人間なのだろうか。

 ああ――意識がゆらゆらと揺れている。まるで海に浮かんでいる海月みたいに、自分という存在の足場が定まらない。

 きっと、自分は復讐するという目的を土台にして、なんとか立っていたのだ――レディはそう自覚する。

 だから、それに疑問を持ってしまえば、自分はこんなにも脆い。

 焔に囲まれて絶望していた、あのときの少女よりも、遥かに脆い。

 ねぇ、悪魔さん……どうしよう?

 レディはそう問う。すがるように。

「すまない、お嬢さんレディ……僕には、何も答えを出してあげることが出来ない。僕には……僕に出来るのは、語ることだけだ」

 なんとか、喉の奥から絞り出すような声音で、悪魔は言った。

 レディはそれに対して思う。一体、何を言うつもりなの、と。それで何が変わるの、と。

「僕が知る、全てを。僕が考えていた、全てのことを。それを聞いて、お嬢さんレディ、君自身が考えてくれ」

 初めから、こうするべきだったのかもしれない――悪魔は、そう続ける。

 そこは、レディにとっても、気にかかる事だった。

 悪魔の言うことをそのまま受け取るならば、悪魔はレディに隠し事をしていたという事になる。だが、悪魔にそのようなことをする理由があるのだろうか、と。

 悪魔が自分を騙そうと、利用しようとしていた――という事は、無いだろう。レディにはそう思える。

 そんな事をする意味がない。そして、悪魔に髑髏面の機体をどうこうするような動機があるとは、思えない。

 悪魔は言う。

「僕が、君に本当のことを言わなかった……言えなかった理由は、唯一つだ。僕が……臆病だったからだよ、お嬢さんレディ

 臆病。

 それはどういう意味なのだろう、とレディは思う。彼に、臆病な要素が何かあったのだろうか、と考える。

「全てを言うよ、それで理由もわかるはずだ。後は……」

 君が、決めてくれ。これから君がどうするのか、僕をどうするのかも。

 悪魔はそう言った。

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